22 魔法の師匠
馬車の旅路の途中、とある町で、俺はアルメリアさんと夕食を摂っていた。
彼女は後二つ先の町まで行くと学会側の用意した迎えと合流するらしいので、魔法の事を詳しく聞くために少し時間を取ってもらったのだ。
馬車の中の雑談で話すような事でもないしな。
「ズーグはどうしたんだい。姿が見えないけど」
アルメリアさんが目の前のシチュー(のような食べ物)をスプーンでかき回しながら言った。
「ズーグは町を見て回ると言ってましたよ。飯代も渡して、許可を出しました」
「珍しいな。いつも君の護衛をやるためにくっついて回っている印象だったんだが」
「あいつも護衛は無意味だって気付いたんでしょう。どの町も治安は良いですからね」
馬車で通ってきた町はどこも非常に治安が良く、スラムのような場所は無い所ばかりであった。
これは恐らく、魔導列車網の敷設予定地となってより多くの人員が治安維持に割かれるようになったのが理由だろう。もともと港湾都市デンタールや三つの迷宮都市など、人の多く集まる所には重点的に治安維持のための国軍が配備されていたようではあるがより一層という事だな。
マリネが警備隊と言っていたように、もしかすると国軍とは違う治安維持組織が新たに発足するのかもしれない。
ちなみに各都市の位置関係は、西に海があって沿岸部に港湾都市デンタール、そこから少し東に王都がある。試験的な魔導列車の運用が行われたのはこの王都-デンタール間である。
そして王都から更に東にキンケイル、キンケイルの真南にマイトリス、キンケイルの北東には第二迷宮都市エッテンバルトがある。補足をすれば東西に並ぶ王都~エッテンバルトの北部にあるのが北方領域である。そして北方領域にある幾つかの城塞都市の内一つが、ズーグが初期の奴隷時代に働いていた場所という訳だ。
「それで、魔法の話が聞きたいんだったか。……しかし君は魔法が使えているのだろう? わざわざ私に聞く必要があるとは思えないが」
「何と言いますか、俺の知識は少し偏ってまして。魔術学園の教員であるアルメリアさんに聞けばその偏りも無くなるかな、と」
こうは言ったが、実際のところアルメリアさんに魔法の事を聞こうと思ったのは、今後を見据えての事である。
魔法技能のレベル上げについては今のところは問題無い。多少ペースが緩やかになったとは言え成長が止まった訳じゃないからな。しかし今後壁にぶち当たらないとは限らないだろう。と言うかそうなると俺は予想している。なぜならスキルレベルは高レベルになるほど「才能のある人間が努力した結果」であると気付いたからだ。
バーランドさん然り、ズーグ然り、あとは戦争で名を馳せたグラウマンさん然り。
まあ技能のレベルなんだから当たり前と言えば当たり前か。
ともかく才能の器の効果があるとは言え、彼ら並みの技量を、ただその技能に即した動き・行動をしているだけで身に着けられるとは思えない。現実にどうなるかは現時点で分かる事ではないが、今のやり方でそのレベルに達する事を俺自身が想像できないのだ。
そういう訳で、魔法技能の先達であるアルメリアさんに助言を貰おうと、そう思ったのである。
ちなみに以前鑑定した時は分からなかった彼女の看破内容は以下の通りである。
【ステータス画面】
名前:アルメリア・エルメイル
年齢:27
性別:女
職業:学士(8)
スキル:理力魔法(8)、料理(0)(SP残1)
料理は手を付けたはいいが諦めたんだろうか。
いやそれは置いといて、圧巻の理力魔法レベル8である。
達人クラスの使い手なので、彼女に話を聞けば何らかの方針は見えてくるはずだ。
目の前のアルメリアさんは俺の言葉を聞いて、ひと匙シチューを口にし、それを呑み込んだ後に口を開いた。
「偏り、か……なるほど。つかぬ事を聞くが、ズーグは君の奴隷って事で間違いないね?」
話題が唐突にずれて困惑したが、ひとまず頷きを返す。
彼女は真面目な様子だが、何を聞かれるのだろうか。
「そうか。であれば、恐らく君は何事かを秘しているのだろう、と推測できる。その上で聞こう。……君は、アカシックレコード型の魔法使いではないのか?」
アカシックレコード? それは、元の世界でもあった言葉……世界の全ての事象を記録しているとか言う「世界記憶」の事だろうか。中二病を患っていた時に知った言葉だが、まさかこんな所で聞くとは思わなかった。
いやしかし、同じ意味である必然性は無い訳だし、それも含めて聞かねばなるまい。
「俺はその、アカシックレコード型の魔法使い? それかどうかも分からないんですが、それはいったい何なんです?」
「ふむ、確かにこれは学術的な区分けのための名称だ。君が真にそうだとして、この名前を知らなくても不思議ではない。……では分かりやすく説明するために、少し歴史の授業をしようか」
アルメリアさんは教師然とした物言いで、俺に魔法に関する歴史を語って聞かせてくれた。
曰く。
魔法というものは、原初においては希少な適性を持つ者だけが扱える妖精魔法のみであったと言う。その後、古代魔法文明によって神聖・魂魄・理力魔法が確立された。
古代魔法文明の滅亡に伴って一度全ての魔法技能・魔法技術が喪失。しかし前近代において細々と伝わっていた魔法が再発見され、現代に至るまでに新たに魔法文明が築かれてきたらしい。
そして、その魔法技能再興の初期においてとある不思議な現象が確認されたと言う。
それが「魔法を知らない人間が、ある日突然術式や呪文を理解し、魔法を扱えるようになる」という現象だ。
非常に稀ではあるが、それは老若男女問わず発生し、周囲の人々を驚かせた。
魔法に触れた事がある、という条件はある様だったが、いきなりただの村人が魔法を使えたらそれは驚くだろう。
当時の魔法学者もこの現象について研究していたようだが結局原因は不明。
しかしとある学者の提示した「過去に確立された魔法が世界記憶として記録され、その情報を現代の適性ある者が呼び出している」という仮説が、現在ではもっとも信憑性があるとされ受け入れられている。
新魔法文明、つまり現代において開発された魔法は、この現象では扱えるようにならない。その事実がこの仮説の裏付けとされているが、そもそもアカシックレコード型魔法使いの発生が新魔法文明初期に偏っているため現在では疑問視されている。更に検証の母数も少なくアカシックレコード自体を観測できた訳ではないので、証明とはならず未だ仮説に留まっているらしい。
「その、突然魔法を使えるようになった者が俺だと?」
「魔法が使える、奴隷を従えてまで何かを隠そうとしている、貴族ではないと思われる。学園出身者なら隠すのも変な話だ。アカシックレコード型の魔法使いと私のような普通の……勉強してなる魔法使いの間には、言わば天才と秀才の軋轢と言うか、そういうものが長年の歴史の中形成されている。君は自身の力が異端だと知っていて、それを隠そうとしているのだと、私は推理した訳だ」
どうだ、合っているだろう? とアルメリアさんに視線を向けられたが、相変わらずギリギリ惜しい所で合っていない。いや今回の場合は途中まで合っていると言うべきか。
俺が隠し事をしたいのは確かで、その理由には勝手に呪文を覚えていく世界記憶型の魔法使いである事も含まれている。
しかし、それ以上に開示したくないのは才能の器、そして恐らくそれに付随するステータス画面の事である。
その事について俺がどのように答えるべきか考えていたところ、アルメリアさんに眼前に掌を翳されて思考を遮られた。
「いや、無理に詳細を話せとは言わないよ。君のその反応こそが雄弁に語っているからね。ただ……ひとつ、ひとつだけ答えてくれないか? 君は……世界記憶型の魔法使いなんだね?」
彼女の問いに、今度こそ俺は首肯を返した。
「ふむ……では、そうだな……」
アルメリアさんは俺の答えを受け、少し前のめりになっていた体を椅子の背にもたれ掛けさせた。
納得したような考え込んだ様子の彼女に俺は声を掛けようとしたが、再び掌で制される。
「よし、こうしよう」
「はい」
「リョウ、君は私の弟子になりなさい」
いつの間にか食器が下げられて空になった机に肘を着き、組んだ手の上に顎を載せて彼女が言った。
「え?」
「君は特殊で希有な魔法使いだ。私も君の能力に興味はある。そして君は私の魔法に関する知識が欲しい。マイトリスにある魔法学園の研究室なら資料も多くあるし、そこでなら色々教えてあげられるだろう。しかし魔法学園は関係者以外立ち入り禁止だ」
「つまり……」
「つまり君は魔術学園の生徒になるという事だな。私の弟子として推薦して途中入学させてあげよう。通常入学でカリキュラムを全部こなさないと一級魔法資格はもらえないが、君は構うまい」
えぇ。マジですか。
結構シリアスな話をしていたはずが、突然弟子とか学園の生徒とか言われて肩の力が抜けてしまった。
と言うか学園編ですか。物語だったらエターナルするコースだぞ。
いや、そんなしょうも無い事を考えている場合ではない。
「なるほど……俺の秘密にも配慮してもらえてるという訳ですね」
「そうだね、研究室なら話が漏れる事もそうは無いだろう」
「でも、俺達は今から第一迷宮で修業を積む予定なんです。帰るとしても三か月は先になると思いますけど……」
「それは別にいいだろう。まあ君にしてみれば早く一般並みの知識を得て、自身の秘密が秘密と悟られないようにしたいのかもしれないが……。そうだ」
今度は何だ。
さっきから突拍子もない案が(理屈がくっついているとは言え)出てくるので少し身構えてしまう。
「学会は一か月後くらいに本大会が開催されるんだが、それまでにこちらに一度来ないかい?」
「王都に、ですか」
「うん。マイトリスの研究室ほどではないが資料も持ってきているしね。本格的に始める前に概論と宿題くらいは出してあげよう」
概論! 宿題!
学生の頃を思い出すワードが並んだな……。
聞いただけで気が滅入ってくる。
「嫌そうな顔だね、やはり学のある人間のようだ。ただの探索者ではないと思ってはいたけどね」
流石に鋭い。宿題と聞いて嫌がるのは社会人も同じだが一般的に使うのは学生だしな。
まあ彼女は教員だし、生徒のこうした顔を見慣れているのもあるだろう。
「じゃ、話はまとまったね。店の人にも睨まれているし、そろそろ行こうか。それとも少し飲んでいくかい?」
気付けば店内は夕食時の混雑が過ぎ去って、酒を飲む人がちらほらといった感じだ。
俺は余程集中していたのか、蘇ったように周囲の話し声が聞こえてくる。
「うーん、今日はやめておきます。色々話して胸いっぱいですし、ズーグにも報告しておきたいですから」
「そうかい? じゃあ私は少し飲んでいこうかな……」
長時間会話した後特有の疲労感から席を辞そうとしたが、アルメリアさんは残るのか。治安は良いが女性だし、送っていったりした方が良い……よな?
「どうしたんだい、突っ立って」
「いや、アルメリアさんは女の人だし、宿まで送った方が良いのかなと。なんで俺も付き合います」
気恥ずかしくてつい苦笑が浮かんでしまう。
俺のその様子がおかしかったのか、アルメリアさんは笑い声を上げた。
「あっははは! そんな、私を女扱いなんてしなくてもいいよ。それに治安が良いって言ったのは君じゃないか。……でもまあ、付き合いがあるならそれに越した事は無い。店員さんを呼ぼうか。……それと」
「それと?」
「これからは師匠と呼ぶように」
どや顔である。
俺は「まだ師匠じゃないですよ」と返して席に着き、ウェイターを呼びつけた。
そして俺達は夜更けまで、酒を酌み交わすのであった。
アカシックレコードは本来的な意味とは少し違います(Wiki参照)。
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