2 探索者組合
2019/3/21 改稿
迷宮探索者になる。
そう考えて俺が向かうのは、探索者組合だ。
創作でみるギルドとかの互助組織ではなく、歴とした国営の組織である。
迷宮探索を行うにはまずここでの登録が必要になるらしい。
「えーっと……」
俺は路地裏から出て、道行く人に組合の場所を聞いた。
予備知識にはここが第三迷宮都市マイトリスであるという情報はあったが、都市の地理に関するものは無かったのである。
ほんの少し前に感じていた全能感はどこへやら、微妙に使えないというか偏りのある知識であるらしい。
さて、俺は組合に足を進めながら、探索者になるにあたって考えるべきことを整理することにした。
まずはスキルについて。
ステータス画面にはSP残:3とあった。これはスキルポイントが三点、そして恐らくは現時点で三つのスキルを選べるということだろう。
スキルは迷宮に潜るのだから戦闘系を選ぶべきだが、スキル一覧を眺めているうちに少し趣味に走りたい気持ちが湧いてきた。
斥候と魔法使い技能を取るのはどうだろうか。スカウト/キャスターとか渋くないか? 渋いよな。渋すぎる。
……いやまあ、もちろん合理的な理由もあって選んではいる。
才能の器という謎の職業は、おそらく字面的に普通より多技能かあるいは成長が早くなる効果があると予測している。
その異常性に気づかれると良くなさそうだから俺は仲間を作れない。つまり基本ソロでやっていくことになるわけで、それを考慮したスキルビルドというわけだ。
そういう訳で、歩きながら俺は「斥候」「片手武器」「理力魔法」のスキルを取った。
表示は「斥候(0)」のようになっているが、レベルアップの方法についてはおいおい調べることにしよう。
次にお金。
手ぶらで持ち物無しの俺は当然金が無い。
しかしこれは予備知識からの情報で解決している。
どうやら迷宮活性化の黎明期……およそ三十年ほど前に、より多くの探索者を集めるため国は奨励金を出す制度を作ったと言うのだ。
一定数の魔石を集めると最初にいくばくかの奨励金が支払われる。当時は無一文で探索者になろうとする者も多かったらしく、探索者組合への登録金を立て替えてもらい、後になってこの奨励金で支払うということも結構あったらしい。
なのでこのまま突撃していって大丈夫だろうと判断した。
最後に装備。
お金の件にも絡むが、手ぶらで迷宮探索ができるのか。
予備知識からは、できないと判断できる。魔法を覚えたとは言っても魔力には限界があるし、最低でもナイフくらいは欲しい。
これは多少賭けになるが、組合にあるという武術指南所で武器がレンタルできればいいんだが……。これは行ってみて考えよう。状況に応じて臨機応変に、だ。
まあ要するに無策ってことだが。
「よし、ここだな」
いくつかの角を曲がって辿り着いた探索者組合。
建物は石造りで、木造住宅もありつつな街並みを考えると、しっかりした公共の建物という感じだ。
中に入ると少し空気がひんやりとしていた。
取光窓があって暗くはないが、人影もなく雰囲気は暗めだ。
「……なんか、思ってたより閑散としてるな……」
「すみませんね田舎で」
思わず口に出した言葉を聞き咎められてしまったか。
睨みつける受付嬢さんと目が合い、気まずい感じになって苦笑いを浮かべるしかなかった。
「いや……ははは、すみません」
「今は第一、第二迷宮都市で王立資源探索隊が組織されてるところですからね。皆さんそちらに行っているんですよ」
「な、なるほど、そうなんですね。……あの、登録をお願いしたいんですが」
正式な資源探索隊ってのは予備知識には無かった情報だなと考えつつ、受付に足を向ける。
眉根を寄せている受付嬢さんは怖いが男は度胸だ。
「まったく、王立探索隊のことも知らないなんて、ここよりよほど田舎から来たんですか? ……まあ、それはいいです。登録ですが、ここで探索者登録をするとフリーということになりますがよろしいですか?」
「あまり、縛られるのは好きではないのでむしろここの方がいいですね」
王立なんたらへの志願は、才能の器の件を隠したい俺にとっては良くはないだろう。名前からして正式な資源採取部隊だろうし隠し事とかできなさそうだ。迷宮へ潜る目的も金儲けが主眼なわけではないし、フリーで問題無いだろう。
「保障は最低限になりますが」
「大丈夫です」
「そうですか……では、登録金五〇〇ゴルドを。それとこちらの書類に目を通した後、署名をお願いします」
「ああ、それなんですが……」
予備知識に含まれていた言語の知識を活用してサインしつつ、俺は無一文であることと奨励金制度を活用したいことを伝える。
受付嬢さんには片眉を上げて胡乱気な視線を投げかけられたが、「ではこちらの誓約書にも署名を」と言って新しい書類を取り出しただけなので問題は無さそうだ。誓約書は立て替えてもらうためのやつだな。
「後は武器もナイフ程度でいいんで借りられませんか? 武術指南所というのがあると聞いたんで、そこで使っているものを借りられないかと思ったんですが」
「本当に、体ひとつで来られたんですね。……そうですね……武術指南所で使う武器はすべて木製なので貸し出す意味はないと思いますが……。少々お待ちください、師範に相談してみます」
そう言って受付嬢さんはどこかに行ってしまった。
若干嫌味を言いつつだが対応方法はちゃんと検討してくれるようだ。下手したら突っぱねられるかと思ったが、丸投げじゃなくて組合の方でちゃんと考えてくれるのは好印象だな。
我ながら上から目線のコメントだなと内心苦笑している間に、受付嬢さんが大柄な男を伴って戻ってきた。
「おお、お前さんか。今時珍しい無一文志願者ってのは」
体もデカイし声もデカイ。刈り込んだ短髪と頬にキズ。軽鎧を纏って腰に長剣を帯びた、絵に描いたような戦士である。
「武器が欲しいんだってな? 貸せるようなもんはねぇが、俺のお古で良けりゃこいつをやろう」
そう言って差し出されたのは刃渡り四十センチほどのショートソードだ。
鞘にも柄にも目立つ傷は無く、ぱっと見では新品にも見える。
「貰ってもいいんですか? あんまりお古って感じじゃないですけど……」
自分で言い出したことなのについ遠慮の言葉を言ってしまう。
レンタルとかもっとボロボロのお古っぽさ満載なら気兼ねも無いんだが、流石にな。
「ああ、構わねぇよ。現役の頃に俺が予備の予備として買ったヤツなんだが、引退するまで結局使う機会が無くてな。なんか使い道があるかと思ってここの備品室に置いてたけど埃被ったまんまだし……まあ丁度いいから貰ってくれ」
武術の師範である男はあっさりとそう言うが、やはり気兼ねは残る。
しかし、俺が戸惑って受け取るか悩んでいると隣の受付嬢からしれっと補足が入った。
「身一つの青年が先輩戦士に剣を与えられ、という英雄譚もありますので」
それに準えたということか。
「おい、変なこと言うなよ俺は別にな」
男が焦ったような反応を見せる。
反応を見るにどうやら本当にそうらしい。
であればここは俺もその英雄譚とやらに倣って剣を受け取るのが筋というものだろう。
「ったく。えーっと、うおっほん……その剣だが、鞘は腰の裏にベルトで固定するようになってるから。抜剣がやりにくきゃ、そこは変えないとダメだが。まあ使ってやってくれ」
俺が苦笑していると師範の男は変な咳ばらいをしながらそうまとめた。
剣を受け取り、俺はさっそくベルトを腰に巻き、剣を固定してみる。
腰の裏にぴったりと据え付けられブレないからあまり重さも感じない。
抜いてみれば取り回しの利く長さで、非常に良い感じだ。
「すごく良いですね。本当に、ありがとうございます」
「ああ、ちゃんと役立ててくれよ。……それより、今から迷宮に行くんだろ?」
師範の男に言われ受付嬢さんに目を向けると首肯が返ってきた。
もう行ってもOKのようだ。
「はい。お金も無いですしね」
「はっははは! そりゃそうだ。そんなら、今日は一階までにしておくといい」
「どうしてです?」
「奨励金は微小魔石十個で貰えるが、一階の敵から十分獲れる。そして一階の敵は弱いが、二階からは不注意で人が死ぬような魔物が出る。それが理由だな」
「奨励金が無駄にならないように、十分注意をってことですね」
そう言ってにやっと笑いかければ、師範からも太い笑みが返ってくる。
「男同士でニヤニヤ笑いあってないで、さっさと出発したらどうですか? 迷宮は終日開放していますが、迷宮区にありますので内門の閉門時間を過ぎると行けなくなりますよ」
受付嬢さんマジでキツい性格だな。これどうなのと師範に苦笑を向けると彼は肩を竦めるだけだった。いつもこんな感じなんだな……まあいいか。
「受付嬢さんの言う通りですね。では出発することにします」
「私の名前はマルティナです」
「え?」
「お見知りおきを」
ここで名乗るのかよと思ったが、マルティナさんね。覚えておこう。
忘れたらめっちゃ嫌味言われそうだし。
「俺はバーランドだ。これからよろしくな」
「俺はリョウって言います。これからよろしく。……では、行ってきます」
名乗り返した後二人に手を振り、俺は組合を出て迷宮に向かうのであった。