19 旅立ち
話し合いは済んだ。
考える事が多すぎて大変だったが、俺達は成し遂げたのだ。
いや、まだ何もやってないし今日も準備のための金稼ぎという、準備の準備をする予定なのだが。
とにかくもう一度、検討結果を整理していこう。
まずはチームメンバーの拡充について。
これはバーランドさんの話を聞いた時点では荷役一点に絞られていたが、奴隷館での看破結果から少し方針が変わった。
つまりは荷物持ち兼後衛補助/後衛火力を加入させるという事だ。
当初の予定なら大柄な男一択だったが、この変更により多少体格に劣っても魔法が使えればOKとなった。今のチームだとズーグがタンク、俺が斥候兼アタッカー兼補助兼回復と俺に仕事が集中しているしな。補助と回復を一部肩代わりしてもらえるだけでも大分消耗度合いは変わってくるだろう。その人員が荷役を兼務してくれれば非常に助かる。
後はズーグ並みのガチ戦力の加入についても検討してみたが、これはほぼ俺の甲斐性の問題でボツになった。片腕片目状態ならともかく、最初のズーグの値段は俺が買った時の五~六倍らしいので、たとえ欠損治癒魔法を習得してそれで荒稼ぎするとしても割と先の話になるからだ。
なので、現状は荷役用に安い奴隷の中から俺が看破で魔法技能持ちを選別し、購入するという話になった訳だ。
まあ俺としては荷役としての能力オンリーで選別しなくてよくなり、女性も選べるようになってチームに華が得られる可能性ができただけで御の字である。俺も若い男。我慢は毒という言葉もあるものな。
次は俺自身(とズーグ)の鍛錬に関するもの。
これは選択肢が多すぎてどうしようか一番悩んでいたのだが、ズーグの「他の迷宮はどうでしょう」と言う発言により一発で大体の方針が決定した。
彼自身特に深い考えが無い状態での発言だったらしいが、これぞブレインストーミングの効力よ。ふと頭に浮かんだ案や考えを口にし、それを複数人で検討する。自分の中だけで完結する事による視野狭窄を防いだり、無意識に浮かんだキーワードを他人が検討する事で新たな視野を得られるという事だな。
さて、「他の迷宮」と言う言葉を受けて俺はいかなる考えに至ったのか。
それはすなわち第一ないしは第二迷宮の地下七階以降を探索する、というものである。
バーランド師範は、地下七階以降の迷宮の広大化は、マイトリス以外の迷宮では十階以降で現れる特徴だと言っていた。門番に至っては他の迷宮では最深層だとも。
したがって、マイトリス以外の迷宮であれば、俺達は順当に地下九階までを荷役無しに探索できる……可能性がある。
いや、可能性があるとしたのは急な広大化が無かったとしても迷宮は階を重ねる毎に広くなるので、単純に物資が足りなくなるかもしれないからだ。
しかしマイトリスでいきなり広大化した地下七階に挑むよりは、必要物資の増加量は少ないだろう。一応後衛の俺が持っても良いし、分担持ちでズーグの持ち分から消費する感じにしても良い。
少なくともマイトリスで探索を続けるより少ない準備で深い階層を探索できると、そう俺は判断したのだ。
問題は……第一、第二迷宮都市では王立資源探索隊が組織され、狩場の占有が起きている可能性がある事だろうか。
マルティナさんにその辺りの事を聞いてみたところ、フリーの探索者を完全に締め出す事はしないだろうと(マイトリスを離れる事に関する嫌味と共に)言っていた。
まあ実情は流石にリアルタイムには分からないので、行ってみての確認になるだろう。俺はこのマイトリスしか知らないし、単純に興味があると言えばその通りなので、情報収集と観光だけになってしまっても別に良いしな。
そういう訳で、俺達は地下六階で鍛錬と魔石回収に励む事から始める事にしたのだ。
そしてあっという間に時間は過ぎ。
目的が定まってがむしゃらな金策を行った俺達は、僅か二週間で必要なお金を貯め終えたのであった。
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「よしズーグ、準備は良いか?」
「ええ、問題ありません」
どっこいしょと荷物を担いで、俺達は第一迷宮への馬車の待合所に向かう。
金策が終了した俺達は、その金で必要なものを買い込み、組合に報告などをしてようやく出発に漕ぎ着けたのである。
購入した物資は多岐に渡るが一番デカイ買い物はズーグの背負う袋……マジックバッグだろう。
これは本当にクソ高かった。
中に入っているズーグのプレートメイルと合わせれば、ズーグ自身の半分くらいはする。
たった二週間でこれだけ貯金できたのは色々なもの(主に人間性)を投げ打って、金策に邁進した事による。
僅か二週間くらいでこれだけの魔石を回収してマルティナさんも大喜び……となれば良かったんだが、実際には俺達が第一迷宮に行くとなって機嫌が急降下したのでそれと相殺である。
いや、相殺じゃないな。
マルティナさんの押し殺した複雑な負の感情を浴びせられ、マイトリス探索者組合のホールは一層閑散としていたものである。
これから魔石回収は打ち止め、しかも俺達という探索者が減るのでホールの冷気はいや増していくだろう。マイトリスの探索者には悪いが、俺達はここを離れるのでもう関係無い。
昨日しこたま嫌味を言われたが、関係無いと言ったら関係無いのだ。
「馬車の準備ができたようです」
「おう」
でかい荷物を預けに行っていたズーグが戻り、俺達は馬車に乗り込んだ。
さて、腰も落ち着けたところでこの二週間での成長について整理していこう。
【ステータス画面】
名前:サイトウ・リョウ
年齢:25
性別:男
職業:才能の器(44)
スキル:斥候(5)、片手武器(3)、理力魔法(5)、鑑定(5)、神聖魔法(5)、魂魄魔法(5)、看破(5)、体術(3)、並列思考(4)、射撃(3)、空間把握(1)(SP残0)
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(23)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(2)、槍使い(8)、片手武器(5)、投擲(1)(SP残0)
まず俺の更新だが、体術、並列思考、射撃の伸びは具体的な作用を実感しづらいので効果は省略だな。
神聖魔法レベル5では「上級回復」「解呪」を習得した。
エクステンドヒールは戦闘中の安定感に寄与。ディスペルはバフ・デバフを解除できるので、今後そういった敵が出れば活躍するだろう。ディスペルについては「呪い」の解除にも使えるらしいが、呪いは魔物が死ぬ際に稀に残すものとしか予備知識に無かったのでよく分からない。ただ迷宮の魔物は厳密には生物でなく、迷宮が魔石を媒介に生物を模して作ったものらしいので、俺にはあまり関係無いかもしれないな。
魂魄魔法レベル5では「衰弱」「呪文強化」「示唆」を覚えた。
プロストレイションは敵の全能力を下げる超強力なデバフ……なのだが接触しないと駄目なので俺の近接戦闘力が上がるまではお蔵入りだ。正直かなり強いと思うのでこの際ちょっと頑張ってみるのもありかもしれない。
スペルエンハンスは単純な魔法強化で、エクステンドマジックのように複数化や拡大はできないが、威力上昇はこちらの方が高い。どちらかと言うと相手の抵抗を抜くための魔法バフとして使う事になるだろう。
サジェストは遂に登場した精神操作系の魔法だな。使える事をあまり大っぴらにできない(したくない)上、スペルエンハンス込みでも効き目が薄く、効能が示唆なのでぱっと見の印象ほど強くはない魔法である。
最後に新たなスキル「空間把握」は魔法の命中精度向上を狙って取得した。
射撃スキルとの相乗も期待できるし、効果範囲をしっかり認識できていれば仲間がいても範囲魔法を使えるようになるだろう。鍛錬は要するが悪くない選択のはずだ。
今回の成長でも身体欠損治癒に関する魔法は得られなかったが、第一迷宮都市では呪文書も買う予定なので、その勉強と合わせて習得できればと思っている。
まあ本当は今回の成長で習得できればと思っていたんだが。
だってズーグに突然腕が生えたら絶対怪しまれるしな。
ズーグの成長は片手武器のみ。俺と比較しがちになるが、他の探索者の最大レベルが5とか6ばっかりなのを見ると、ズーグの成長速度も尋常ではない。
もともと槍の達人(槍使いレベル8)である事も早い成長の理由かもしれないが、それにしたってである。
成長に関してはこんなところか。
俺がそんな事を考えているうちにも、馬車は進み、とうとう外門を抜けて街の外へと進み出た。
「おおっ!」
何気にマイトリスから出た事のない俺にとっては、見知らぬ世界の見知らぬ景色だ。
感慨も一入で、広がる平原に思わず声が漏れてしまう。
隣を見ればズーグも馬車からの景色に目を細めている。
こいつだってずっと奴隷で行動範囲を制限されていたから、こんな風に景色を見た事は無いんだろうな。
「第一迷宮都市はどんな所か、お前知ってるか?」
「さあ、あまり知らないですね。噂では王都からの人の流れがあって、大層栄えているとか」
俺達は境遇は違うが、世界を知らないという点ではあまり変わらない。
見聞が旅の主目的ではないとは言え、共に興味を持って旅に望めるのだから、ズーグは旅の良い道連れだろう。
それにしてもマイトリスでの探索ばかりやっていたからか、俺は視野が少し狭くなっていたのかもしれない。
街の外の風景がこんなにも新鮮な驚きをもたらしてくれるとは思いもよらなかった。このところ、次の行動の事で悩んでいた重い頭の中がすっきりと晴れ渡るようだ。
最終目標が俺が世界に来た手がかりを得る事だとしても、こんな風にこの世界を楽しんだって悪くはないだろう。長い付き合いになるかもしれないこの世界についてもっと興味を持って生きても良いのだ。
それを認識できただけでもこの旅には意味があったな。
まだ始まったばかりではあるが。
旅の始まりで得られた清涼な知見で、すっかり俺は気分が良くなった。
これからの旅路にも何となく期待が膨らむな。
俺達はこうして、第一迷宮へと旅立ったのであった。
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