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18 奴隷調査



 バーランド師範に地下七、八階の話を聞き、今後の展望を想像して胸がいっぱいになった状態で、俺はクロウさんの奴隷館を訪れていた。


「ようこそ、リョウ様」


 ハンスさんが出迎えてくれ、応接室に通される。

 ズーグは後ろに黙ってついてきている。


「それで本日のご用件はなんでしょうか」

「クロウさんと少し取引がしたくて来ました」

「内容について伺っても?」

「そうですね……」


 クロウさんも忙しい身のはずだし、今日はアポイントを取るための事前連絡である。

 俺はハンスさんに来訪の理由を詳細に告げ、クロウさんに伝えてもらう事にした。

 興味を持って少しでも時間を作ってくれれば御の字だ。


 ハンスさんに話した内容はズーグに話したものと大体同じである。

 内容が外向けになっているが、要するに俺の回復魔法を使いませんかという売込みである。売込みの中には身体欠損治癒術の訓練を盛り込んで、他より優先してもらえないかも画策している。

 さて、果たしてどうなるか。最低限アポイントを取れればいいが、間に合ってますとかだと最悪だな。


 ハンスさんは俺の話を聞いて、クロウさんにお伺いを立てに行った。彼の権限では判断できなかった事らしい。小間使いみたいにして悪いが単純な奴隷の買い付けじゃないから仕方ないか。


 ズーグと共に部屋に残された俺は、胸の中にもやもやと漂っている今後に関する霧を晴らすため、思索に沈んで彼の帰りを待つ事にした。




「お待たせいたしました」

「ん? ああ、クロウさん、お時間はよろしかったんですか」


 集中していてどれくらいの時間が経ったのか把握していなかったが、応接室の扉を開いたのはクロウさんであった。


「ええ、リョウさんのお越しという事で仕事を片付けて参りました」


 社交辞令とは思うが、彼が来たという事は興味を持ったという事だろう。

 これは良い返事が期待できそうだ。


「それはありがとうございます。今回伺った理由については再度お話しした方がよろしいですか?」

「そうですね。念のためもう一度伺いましょう」


 ハンスさんの能力を疑う訳ではないが、又聞きによる誤解の余地を残さないのは社会人の鉄則である。

 俺は再び訪問の理由について説明し、話を聞いたクロウさんは一つ頷いた。


「奴隷の治療ですか……。実は、こちらからもいずれお願いしようと思っていたのです。商売柄、神殿はあまり協力的ではないんですよ。彼らにしてみれば奴隷にならないように貧民たちへの慈善事業などをやっている手前、奴隷商の事業を助ける真似はできないという事でしょう」


 神殿というのはあの「超越存在」を神と崇め、信仰する宗教組織だ。超越存在の力を利用した魔法に回復などが多い事もあり、弱者救済や相互扶助を謳い、市民にも根強い信者が多く居る。

 元の世界の過去の歴史にあるような、権力組織に対して強い影響を持つ事は無いみたいだが、無視する事もできないくらいには大きな組織である。


 その神殿勢力としては、奴隷に対しては否定的な立場をとっている。今回話題に上がっている例で言えば奴隷商に治癒を提供しない事で、奴隷事業の抑制、ひいては縮小に繋げようという考えの様だ。


「ただまあ、それは建前の話です。傷ついた者を無視してもそれはそれで神殿の印象に傷が付く。なのでこっそり・・・・奴隷に治癒を施している、という事が知れ渡って・・・・・います」

「なるほど」

「私としては事業抑制の観点で腰が重く、毎回小言を連発されるので彼らに依頼するのは前々から避けたいと思っておりました。それが安易な奴隷の調達の抑制に繋がっていましたし、見事に策に乗せられた訳ですね」


 そこに俺が現れたと。

 基本的に在野の神聖魔法使いは存在しない。

 通常は神殿で神に関する説話を聞き、信仰心が芽生えた者が使える魔法だからだ。

 魔法三技能持ちである事を知った時の驚きには、神聖魔法に関する常識外れも含まれていたのだろう。あの時は魂魄魔法と神聖魔法を両方持ってる事に焦点が当たっていたけどな。


「一応聞いておきますが、神殿との繋がりは?」

「無いですね。アレを神と思った事は無いので」

「アレ、ですか。神殿の者には聞かせられない言葉ですね」


 クロウさんは俺のぞんざいな物言いに苦笑している。


 いや、俺だって超越存在に対する畏敬の念は持ってるんだけどな。

 だって尋常な量のエネルギーじゃないし。

 でもあれは宗教になるような逸話なんて残さないし、説教もしない。弱者救済しろなんて言わないし、相互扶助が良いなんて言う訳がない。こっちに興味を持ってるかどうかすら分からない、人間なんてちっぽけな存在には理解しようのない存在だ。

 信仰の対象にするのは百歩譲って良いとしても、都合良く解釈して宗教にするとか言語道断である。

 あれは人の尺度で語ってはいけないものなのだ。


「まあ、それも俺の尺度での話なんで、もしかすると神殿の話が正しいのかもしれませんけどね」


 俺は神聖魔法への考え方をクロウさんに語り終え、そう締め括った。


「なるほど、中々興味深いお話でした。……それで話は戻りますが、今後は奴隷の治癒については神殿に依頼するものを少しずつ減らして、貴方に対応してもらおうかと考えております。神殿側に最初から事情をつまびらかにする事はありませんが、明るみになった場合、神殿勢力と敵対する可能性はあります。それでも協力いただけますか?」


 確かに神殿としても否定的とは言え収入の一部を潰される訳だから、恨まれる可能性も無くはないだろう。当然だな。

 ただ……こういう人間臭い矛盾を孕んでいる所も何か気に食わない。

 あの超越存在を崇めているくせに。


 考えれば考えるほど、超越存在を人間が宗教の対象として利用している事に腹が立ってくる。

 俺ってこんなに敬虔な信者・・だったのかと、内心少し笑えてしまうほどだ。


「私としては、奴隷制度はある種の慈善事業的な感覚を持ってやっているのですがね……。奴隷制度は持たざる者の最後の砦です。無くなればみだりに貧民を増やす事にも繋がる、そう言っているんですが中々理解されないのですよ」


 クロウさんは俺が考え込んでるのを違う意味で読み取ったか、そうまくし立ててきた。

 たんまり儲けてるくせに何言ってんだと思わなくもないが、確かに最後のセーフティネットとしては機能しているのだろう。無くなった時にどうなるのか、その更に未来に社会が良くなるのかどうか、そんな事を予測できる知識は無いが。まあ正直それは俺が考える事じゃないと思う。

 

「ズーグはどう思う? 俺が奴隷に治癒を施す事について」


 判断に迷った俺は、当事者にも聞いてみる事にした。

 奴隷本人に対してちょっと意地が悪いかもしれないが、ズーグなら気後れなんてしないだろうし、ちゃんと答えてくれそうな気がする。


「俺は構わないのではないかと思いますが。神殿は私の集落も救ってはくれませんでしたしね。……そういった感情論を抜きにしても、相手は奴隷制度に否定的なのですから無理に協力してもらわなくても良いでしょう。それに旦那は鍛錬のために治療をするのですから、胸を張っていれば良いのです」


 そういう考えのようだ。

 と言うかここにも神殿否定派が居たか。

 そりゃ弱者救済なんて言ってる所があったら、救いを求めて行くに決まってるよな。しかして神殿も人間の組織である以上、見知らぬ竜人とその集落にポンと莫大な金を与えるような事は無かったと。

 しかもズーグのこの言い様だと、他の方策も何も無く突っぱねられたんじゃなかろうか。

 いかんな、神殿の悪い情報ばかりが入ってくる。


「そうだな。じゃあ、奴隷の治療に関しては協力させてもらいます。よく考えれば欠損治癒の魔法を習得したら同じように神殿に睨まれるかもしれないですし、同じことですよね」

「ええ、そうですね。では急ですが本日からお願いしてもよろしいですか? 丁度今朝新しい奴隷が輸送されてきたのですが、衰弱している奴隷が何人かおりますので……」


 治癒魔法の売込みは何とかなったようだ。

 俺はその後別室に移り、連れられてくる奴隷の治療を行う事になった。



 ======



「じゃあ、次の人」

「は、はい」


 並んで待つ奴隷を呼んで、目の前の椅子に座らせる。


生体探査センスバイタル……膝の横に小さな打ち身だな。回復ヒール。他にはなんか異常は無いね? じゃあお大事に。……次の人どうぞ―!」


 俺は少し予定を変えて、この奴隷館に居る奴隷を全部診察する事にした。理由は治癒魔法の習熟と看破・鑑定の熟練度上げ、それによる奴隷の能力調査だな。

 もちろんクロウさんが言っていた衰弱した何人かはすでに治療済みである。


 アレは何と言うか、奴隷の実情を思い知らされたな。

 それくらい酷い状態だったのだ。

 連れてこられるまでの道中、どこかで折檻でも受けたのだろう。内出血と骨折、内臓にも多少のダメージがあった。女の子も居たがその子はどうやら折檻の途中で強姦されたらしく、陰部の裂傷も見られた。隠していたし分かりやすい外傷も無かったが、魔法の前では丸裸だ。何となく申し訳ないが治療ができたのは僥倖である。

 と言うか正直商品である奴隷に手を出すものかとも思ったが、クロウさんはその情報を聞いてめっちゃ怒ってた(当然商品に傷をつけやがって的な意味で)ので、あまり無い事なのかもしれない。それか明るみに出づらいか。


 できるだけ多くの奴隷を診察する事にした理由には、実はこういう我慢している奴隷が居た事も含まれていたりする。余程図太い神経をしてない限り、奴隷商の事なんて売られる側は信用しないだろうしな。そういう意味でも俺が診察したのは良かったのかもしれない。


「はあ、結構疲れてきたぞ……」

「普段であればもう少し休憩を取りつつ魔法を使いますからね。探索の時とは疲労の度合いも異なりましょう」


 ズーグはこうして俺の背後に控えている。

 俺の護衛役らしい。めちゃくちゃ暇そうなので先に帰そうとしたら断られたしな。


 それにしても、診察をした奴隷はこれでもう三十人目だ。丁度調達されてきたとさっき言っていたし、それが理由だろうな。皆して襤褸みたいな服を身に纏い、栄養失調気味のガリガリの体なのでよく分かる。


「そういえば、奴隷ってどうやって調達するんです? これだけ居るとどこかで攫ってきたんじゃないかと邪推してしまいます」

「ははは、人攫いは犯罪ですよ。すれば重い刑罰の対象です。犯罪者達と関わりのある後ろ暗い商会ならまだしも、ウチは断じて潔白ですよ。調達業者にもたまに内偵を入れて十分吟味していますから」


 俺が放った疑問に答えたのはハンスさんである。

 彼はクロウさんが去った後、俺と共に部屋に残り診察した奴隷の名前などを帳面に付けている。みすぼらしい奴隷を対象に記録を取っているみたいなので、本当に調達直後の確認って感じの作業をしているのだろう。


「奴隷の調達は金貸しから回されてくる借金を求めた方か、こうして貧しい農村で売られた口減らしの子供が主になりますね。冬前に口減らしで売られるケースが多いですが、基本的には通年供給があります。今回のように秋が来る直前に売られる子は……秋まで金か食料がもたないと判断されて売られたのでしょう。相当切羽詰まった家の子ばかりですから、欠食気味なのはそのせいですよ」


 なるほどな。いずれにせよ世知辛い所がこの世界にもあるようだ。

 

 その後十人くらい追加で診察して、ようやく終了となった。

 

 最後にステータス画面を確認してみたが、レベルの変動は無し。

 今日の収穫は、まず魂魄・神聖魔法での治療の練習ができた事だろう。ヒールやキュアの効果範囲の確認もそうだが、センスバイタルによる治療個所の精査や、クリアマインドによる痛みの緩和はちょっとした発見である。

 後は強姦を受けた少女の対人恐怖症に、クリアマインドが割と劇的な効果をもたらしたのも確認した。治療後めっちゃキラキラした目で見られて、実験がてらやってた俺は凄く罪悪感に駆られる事になったが。


 他の収穫と言えば奴隷の中に何人か魔法適性持ち(スキル一覧に魔法技能が表示されている者)が居た事だろう。俺が今求めているのは第一に荷役だが、荷役兼補助的な魔法使いでも良いかもしれない。別に荷役が二人居ても良い訳だし。

 今日見た五十人の内、適性があったのは二人だったがどちらも欠食児童だった(内一人はあの可哀そうな少女である)。流石に彼らを探索に連れ出すのは忍びないので、今後もちょくちょく奴隷の診察をして適切な者を探す事にしよう。


 まあそもそも荷役をどうするか、今後どういった奴隷を増やすかは今のところ保留だ。人生の先達ズーグにも意見を聞いておきたいしな。


 という訳で、俺達は奴隷館を辞して宿へと戻るのであった。


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