13 武具店その二
「あー、何か疲れたな」
奴隷商の館を出た後、疲労感でつい独り言が出てしまった。
「単に奴隷を買う以上の事をしたのですから、余計な疲労も当然でしょう」
ところがその独り言に返答がある。
後ろに付き従う竜人の奴隷ズーグだ。
……そうか。これからは俺にもボヤく相手がいる訳だな。
情報秘匿が奴隷契約に含まれ、印章術によって魔法的に縛られた彼の存在は、俺にとっては小さいようで大きい。
才能の器の事とか、彼には話しても良いのだ。
それを改めて認識して何やら肩の荷と言うか、心の痞えが取れたと言うか、そんな感じがした。
どうやら俺は異世界に独り、隠し事をしながら生活するのが意外と堪えていたらしい。今は少し楽になった気分である。
「どうか……されましたか?」
俺がズーグの顔をまじまじと見ていると彼は不思議そうに(かどうかは表情からは分からないが)そう言った。
「いや……自分の事だろうに、冷めてるなと思って」
とっさに、頭に浮かんだ疑問でそう誤魔化す。
さっき考えた通り彼には隠している事を話してしまって良いのだが、条件反射みたいなものだな。
俺の疑問を聞いて、ズーグは首肯する。
一応俺のとっさの質問には納得したようだ。
「なるほど。俺にとってこれは三度目の事ですから、変な話、慣れているのですよ」
「ふーん、そういうもんか……。ところで、敬語使うんだな。イメージではそんなの気にしないんじゃないかと思ってたんだが」
「俺とて別に、生まれてから奴隷戦士だけをやっていた訳ではございません。これでも集落では頭領の血筋でしたし、ただの無頼漢と思われるのは心外です」
いったい何故そんな血筋の奴が奴隷落ちしてるんだと思うが、まあそれもおいおい聞いていけばいいだろう。これからいくらでも時間はある。
「そりゃ悪かった。お前の来歴に興味はあるけど、とりあえず装備を買いに行こうか。疲れてるけど、わざわざ明日にする程でもないし、できたらすぐ迷宮に潜りたいしな」
俺はもともと奴隷購入用……の、その一部にと思って一万ゴルドほど貯金した訳だが、クロウ氏との契約でそれが丸々浮いてしまった。いや「しまった」とか言って悪い訳ではないんだが、とにかく他に回せるお金ができた訳だ。
それで少し先になる予定だった装備類を買いに行こうと考えたのである。
そういう訳で、俺達は連れ立って武具店へと向かった。
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エルメイル武具店。
俺が以前に立ち寄り、推理と言う名の妄想を口から垂れ流す変な女性に出会った所だ。
今俺が着ているレザーメイルやらを購入した場所で、その時にも無駄に惜しい推理を聞かされたものである。
相変わらず正解ギリギリを攻めてきてちょっと聞いてて面白かった。
今日も何気に少し楽しみだったりする。
「こんちはー」
「おう、らっしゃい」
しかし扉を開けた先に居たのはちょび髭のおっさんだった。
「あれ、今日はアルメリアさんじゃないんですね」
「おお、あいつは授業があるらしいんでな」
アルメリアと言うのはあの残念お姉さんの名前である。鑑定では27歳、職業は学士、総合レベルは8だった。
彼女の年齢で学士、授業と言うのも変に思えるが、実は彼女「授業をする方」なのである。つまりは先生という事だ。しかも魔法の研究者らしく授業は片手間なんて言っていたから、いわゆる大学教授みたいなかなり賢い人なのである。
……まあ、研究者としての能力と推理力は必ずしも比例しないと言う事だな。
「もしかしてお前さん、アルメリア目当てか?」
俺がそんな事を考えていると、おっさんはちょび髭を触りながらそんな事を言ってきた。
「いやあ、あんなんでも看板娘になるかと思ってちょくちょく店番させてたが、酔狂な奴もいたもんだ! はっはっは!」
「いや、違いますって。これまで丁度アルメリアさんが店番の時だけ来てたんで、そう思っただけです」
「なんでえ、そうなのかよ。面白くねえ」
面白いとかそういう話なのかよ。あんなんとか言ってるし微妙に酷い。
アルメリアさんが本名「アルメリア・エルメイル」、このおっさんを看破したところ「アーガス・エルメイル」だったのでたぶん彼女の親だと思うんだが。
それでいいのか親として。
「それで、今日は何の用だ? 後ろの竜人の装備か?」
人の用事を言い当てようとするのはこの店の流儀らしい。
おっさんは見事に正解してきた訳だが、面白くないのでやっぱりアルメリアさんの方が良いな。
それはともかく、目的は間違ってない。
俺の装備はひとまず大丈夫なので、ズーグのものを買おうと思っていたのだ。
「そういや、ズーグは武器と防具に希望はあるか? 片腕になってからも多少は戦ってた事あるんだろ?」
とりあえず、購入にあたって俺はズーグの考えを聞く事にした。
看破はしたが今の彼が使える武器については分からなかったしな。
防具については正直、戦士としての経験が長いズーグの方がよく知っているだろうし。
ちなみに彼の看破の内容はこの通り。
【ステータス画面】
名前:ズーグ・ガルトムート
年齢:58
性別:男
職業:戦士(19)
スキル:両手武器(7)、竜魔法(2)、槍使い(8)、片手武器(2)(SP残0)
見れば分かるが達人である。
竜魔法と年齢も気にはなるが、バーラント師範並みの近接戦闘スキルの方がインパクトは強かった。ただ今は片腕なので死にスキル……そして恐らく片腕になった事で「片手武器」のスキルが伸び始めたんだろう。
あとひとつレベルが上がれば次のSPを獲得できるが、果たして何を取得するのか……。
いや、もしかしたら俺が何かを示唆したらそのスキルを得られるかもしれない。
これについては俺も少し考えておく事にしよう。
「では武器は剣をお願いします。防具は可能であればプレートメイルを」
「じゃあ、こいつに合うやつを持ってきてもらえますか。……あ! 予算は一万ゴルドです」
「ああ? そんなプレートメイルはねえよ。ペラペラの紙みてぇな粗悪品ならいざしらず、うちじゃ扱ってねえ代物だな。……一応教えとくが、ちゃんとしたプレートメイルの底値はだいたい三万ゴルドだ」
マジかよ。およそ三十万円とか。
いや、よく考えたら剣道の防具でも十万ちょっとするらしいし、確かに他の探索者も金属防具の奴は少なかった。やっぱりそんくらいはするか、全部金属な訳だしな。
それに俺のレザーメイルとか一千ゴルドくらいだったのを考えると、元の世界の基準を当てはめるのも変かもしれない。流石に何故革製品が安く金属防具が高いのかまで予備知識にある訳もないので、理由は不明だが。
「旦那、すみません」
俺がそんな事を考えていると、買えない防具を提案した事に対しズーグが頭を下げてきた。
やめてくれ、もの凄く情けなくなるから。
「まずは武器だけあれば大丈夫です。俺には鱗もあるので人間よりは頑丈ですし、身体強化もできます」
「へえ、凄いじゃないか。身体強化できるレベルの戦士か」
十分な鍛錬を積んだ戦士は、魔法とは異なる理屈で魔力によって体を強化する事ができる。
通称「戦士魔法」。一流の証とも言われている戦闘技法の一種だ。
ズーグがこれを使えるとは知らなかったな。
基準は近接戦闘スキルのレベル7とかだろうか。
……いやそれよりも、やっぱり話し合いを先にするべきだったか。
彼と腹を割って話をして、今後の方針を立てた方が良かった。明日すぐに迷宮に行く事を優先し過ぎてその辺が疎かになっていた。ちゃんと相談して彼から予備知識以上の知識を入手していれば、こんな風に死ぬほど情けない気分にならなくて済んだのに。
「じゃあ、剣だけで」
「はっははは! 若者よ、残念だったな! 今度から奢る時は下調べをすると良いぞ!」
「……そうします」
くっそー、腹立つなこのちょび髭親父が。
俺は心の中で悪態を吐きつつ、剣の代金八千ゴルド(これも高い!)を支払って店を出た。
そして気を使って話し掛けてこないズーグの優しさ(?)に包まれながら、宿へと向かうのであった。
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「すみません。旦那に恥をかかせてしまいました」
宿に着き、二人部屋に変えてもらって移動した後、ズーグが唐突にそう切り出した。
「いやあれは俺が悪いだろ。割と頑張って貯めた一万ゴルドだったし余裕こき過ぎてた……後、予想以上に金属防具が高かったな」
俺は装備を外し、ズーグに室内の椅子を勧めた後、自分はベッドに腰かけた。
ズーグは生真面目に椅子を俺の方に向け、畏まって腰を下ろした。
「金属防具は材料費だけでかなりするようですから。……まあ、実は俺もそこまで詳しくはないのです。何分奴隷で、自分で購入するような事はありませんでしたからね」
「そりゃそうか。でも前の主人の下では金属防具使ってたんだろ?」
「最初の主人の所ではそうです。北方領域の魔物討伐部隊で仕事をしていました」
北方と言うと、予備知識によると人の住めない寒冷地が広がり、魔物の聖域のような場所になっているらしい。北方領域は一応人の住む場所ではあるが、更に北にある魔物達の楽園から南下してくる強力な魔物との戦闘が絶えない地域だ。そこで戦闘奴隷をやっていたと言うのだから、その戦いの激しさは想像に難くない。
丁度、ズーグの過去話をできる流れになったな。
このまま色々話してしまおうか。
「北方ってかなりやばい場所だよな?」
「奴隷戦士と言う事で激しい戦いに何度も駆り出されましたが、正直片腕で済んで良かったと言うレベルの場所です。正規兵にもかなりの頻度で死人が出ておりましたから」
「使い潰されずに“下取り”に出されたのはそのせいもある?」
「ええ、間違いないでしょう。後方任務のポストは正規兵の傷病者が回されて埋まっているようでしたし、肉壁にしかならない奴隷を置いておく余裕は無く、多少でも金銭に替えて次の戦奴を、と言う判断なのだと思います」
なるほどなあ。平和な国に見えて、そういう厳しい場所もあるようだ。
俺も戦いを仕事にしているが、そんな場所で戦っている人にしてみたら、探索者の戦いなんて殆どがお遊びみたいなものだろう。
「なるほど、そこでえーっと、何年やってたんだ? と言うか奴隷になった切っ掛けもまだ聞いてなかったよな」
「そうですね。最初から話していきましょう」
そういう訳でズーグの長い昔話が始まった。
彼の奴隷遍歴はおよそ三十年前、このオーフェリア王国と小国ローレンとの国境線で発生した紛争の頃に遡る。
当時彼の生活していた竜人の集落は、紛争地帯のど真ん中にあったために戦いに巻き込まれた。当初は中立を保っていたが、その際ローレンからの協力要請を手酷く突っぱねた事が敵対行為とみなされ、集落はローレン軍の度重なる侵攻にさらされたらしい。
個人の戦闘力に勝る竜人の戦士達は勇敢に戦ったが、数の不利を完全に覆す事はできなかった。非戦闘員の被害は食い止めたが、多くの戦死者を出し、集落も略奪に遭って廃墟と化した。
主要な稼ぎ手を喪い、略奪によって当座の食料も種籾も無い。しかし戦士達の勇戦により多くの非戦闘員……つまり食い扶持は残ってしまった。このままでは飢え死にが出る。
その解決策として挙がったのが、戦士を終身奴隷とし、金銭を得て直面する極限の貧困を乗り切ると言うものだったらしい。
もちろん傭兵稼業や多くの人員で街の下働きをするなど、代案はいくつかあったようだ。しかしそのどれもが身売りに近いような条件であったため、犠牲が最小限で済む終身奴隷が採用されたのだと言う。
「全員が傭兵に出る訳もいかない。田舎者の竜人の下働きではまともな稼ぎにならず、賃金を前借りしようとすれば更に条件は悪くなる。そんな状況で、我々に選べる選択肢は無かったと言う訳です」
「なるほど……。お前が選ばれた理由は何なんだ?」
「頭領の血筋で、代表として申し分なかった事がひとつ。それから曲がりなりにも集落の外、つまり人間との接点があった事ですね。俺の集落は本当に田舎で、俺や俺の家族以外には、旦那が俺に抱いていた印象そのままの無頼漢ばかりでしたから」
人間の作った制度により、終身奴隷として人間社会に混じる事になる。そこで上手くやっていける能力は、奴隷としての価格にも関わってくるだろう。集落から見ても、買い取る奴隷商から見ても彼が適役だったという事か。
「そこから約二十年、北方領域で戦奴として戦い、片腕を失って王都近隣の傭兵団へ。そして一昨年に片目を失って、クロウの奴隷館に戻ってきたのです」
「なるほど、それでその後……と言うか今さっき俺に買われた訳か」
「そうなりますね。……しかし反芻すると、俺は戦士としてピークの時期を殆ど全て戦いに捧げた事になるのか……」
最後には自問の様に呟いて、ズーグはそう締め括る。
こいつ六十手前だからな。ピークなんてとっくに過ぎ去って……いや竜人だと違うのか?
その疑問をぶつけてみると、彼は笑みを浮かべた。
「我々のピークは人間とは異なります。竜人は人間と比べて成熟は遅いですが、若い期間が長い。三十歳から俺ぐらい、六十歳くらいまでは一線級の若い時期ですね。そこから体力的な衰えが始まると言うのが一般的です」
六十歳まで体力が衰えないって凄いな。某戦闘民族みたいだ。
「俺はこれから老いる一方ですが、まだまだ現役をやれますよ。片手での戦闘も伸びしろはまだ残ってますし、迷宮での戦闘にも役立ってみせます」
「頼もしい言葉だな。けど、片手での戦闘はすぐにしなくなるさ。なんてったって俺が治すからな。それにせっかく槍が熟練の域なんだ。極めてもらわなきゃもったいないだろう」
俺がそう言うとズーグは驚いたように目を見開く。
「俺が槍を使える事……知っていたのですか」
「そうだな、じゃあ次は俺の話をしよう。わざわざ奴隷契約に情報秘匿を組み込んだ、その理由を」
今度は俺が長話をする番のようだ。
いやまあ、ここ数か月の話だから、ズーグの話と比べたら近況報告なんだけどな。
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