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才能の器 ~素敵なスキル横伸ばし生活~  作者: とんび
第一章

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122/122

122 告白


「失礼します」


 ノックの返事を待って、師匠の部屋に入る。

 

 北方領域の砦から帰ってきた俺は、魔法の修練に注力することを伝えるために、彼女の研究室を訪れていた。


「やあ、しばらくぶりだね。調子はどうだい?」

「体の方は万全ですよ。定期討伐も全エリア完了して、いよいよ精鋭部隊の選抜を終わらせないといけないのがちょっと頭痛の種ですが」

「なるほどなるほど……」


 頷く師匠に、俺は明日から魔法の修練……ようするにアウェイクン習得のためしばらくここに通うことを伝えた。


「明日から? ああ、今日は休息日なのか……いやと言うことは昨日北方から帰って来たんだろう。もう少し休んだほうがいいよ君は」

「いやぁ、アウェイクン習得の進捗はちょっと気にしてるんですよ、これでも。それにさっき言った通り体力は万全ですから」


 俺が軽く返すと、師匠は「それだって魔法によるものだろうに」とブツブツ言っていたが、それで俺が休みを取る性質たちでないことは承知しているのだろう。明日からの予定については特にそれ以上の追及は無かった。


「それで、今回は何に手を付けるんだい? また新開発の理力魔法習得をやってみるんなら、資料を準備しておくよ」


 現在魔法学会では魂魄魔法研究が最優先で行われている。

 しかし全研究者がそれに従事している訳ではなく、俺の提案やロミノの崩壊術式を用いた改良、つまりは新魔法が次々と開発されているのだ。


 その中で、俺は装填障壁ローディングシールド加速アクセルについては先んじて習得することにした。


 前者は魔力を後から追加していくことで強度を上昇したり保持したりできる魔法障壁で、魔導壁フォースシールドの応用魔法である。フォースシールド自体の魔法強度が不安だったので、より強い魔法障壁を、と要望を出して出来上がったものだ。

 性能は上々で、俺が個人で多量の魔力を注ぎ込むシチュエーションだけの使い道に限られない。例えば多人数の魔法使いが単一のこの魔法に魔力を注ぎ込んで、超強力な壁を作ることもできる。恐らく軍の魔法使い達も現在優先して習得を進めているだろう凄い魔法なのだ。


 一方後者のアクセルは、跳躍リープという一種の移動魔法に崩壊術式を組み込んで、蹴り出した際の加速度を飛躍的に上昇させる魔法である。

 踏み込む力の強化は神聖魔法に脚力強化マイティレッグというものがあるが、瞬間的な出力はこちらの方が高い。ただ加速した先の着地にはまったく寄与しない魔法であり、体を動かし慣れてない魔法使いが使うと着地で足首の骨を骨折したりするので、実質俺専用の魔法になっていた。

 俺の場合は並列思考で脳裏にアクセルの術式を滞留させ、必要な時に発動したりもできるからな。俺との相性の点で言えば相当に使い勝手の良い魔法なのである。


 これらの魔法を才能の器に頼らずに自力習得する。

 それによって術式理解度が上がり、魂魄魔法習得に近づく。


 と言うのが、俺がこれらの魔法を優先的に習得した理由のひとつなのだが、結果はさもありなん。

 アウェイクン習得後に他の魔法を習得する一助にはなっているだろう、と言うことだけが救いだった。 


「とりあえず、今回は理力魔法じゃなくて、もう一度魂魄魔法に向き合ってみようと考えてます」

「ふむ……それじゃあ、カステリオンの手記でも読んでみるかね? 術式理解の足しになるかもしれないよ」

「なにか面白いものでも書いてあったんですか?」

「まあ、そこは読んでのお楽しみだよ。先入観を与えてもいけないしね」


 にっこり微笑む師匠の提案を吞むことにし、俺は資料を準備しておいてもらうよう依頼した。


「それにしても、全体としては順調に進捗しているようで安心したよ」

「陛下のご威光の賜物で。あとはホントに魔法だけなんですよね……」

「賜物はほとんどキミによるものだろう。御前会議の時に陛下に言われたのを忘れたのかい?」


 定期討伐に、次期聖女様の訓練に、魔法やらなにやら全部やるのが俺だって言われたんだったか。

 確かにやるべきことが一番立て込んでるのは俺だと理解はしているんだが……。

 他が順調でも肝心要かんじんかなめの魔法が進まないと進んでいる気がしないんだよなぁ。


「肝心要だからこそ、くらいに考えておけばいいさ。最重要項目が簡単に済んでしまったら肩透かしだろう」


 内心を小さくボヤくと、師匠はまぜっ返すようにうふふと笑った。

 

「まぁ、師匠に免じてそういうことにしておきましょう」


 苦笑いを返しつつ、俺はその後も少し雑談を続けた。


 例えばトビーがエンチャントの発動に成功したらしいのだが、その話をしたら師匠は大層喜んでくれた。もちろん成功率はまだまだだが「一度発動させられたなら習得はすぐそこ」とのことだ。魔法学園教授のありがたいお言葉は後でトビーにも伝えておかなければなるまい。


 後は次期聖女の虚神に関する考え方についても話をした。

 唯神教から見た虚神の認識は俺も興味があって聞いてみたのだ。

 するとどうやら彼女たちも、虚神がこちらになんらかの干渉をしてくるような存在でないことは承知しているらしい。その上で、その観測範囲にいることに喜びや安心を感じていると言うことのようだ。

 単に心酔してるというイメージを持っていたから、聖女から語られたこの話は俺にとっては少々目から鱗のものだった。


 まあ、ファーストインプレッションが悪かったからな。

 多少色眼鏡でいたところはあると思う。

 今はもう共に戦う仲間なわけだし、俺も考え方を改めないといけないな。


 そうして雑談もひとしきり終え、話題も尽きてきて俺たちはまったりとお茶に口を付ける、心地よい無言の時間を過ごした。


 最後の方、師匠は何か言いかけてふと俺の顔を見つめた。

 何かを探るような、そんな視線だったが、なんだったんだろうか。

 

 まああまり気にしなくてもいいか。

 声を掛けられなかったということは彼女のほうでも考えがまとまっていないってことだろうし。




 ======





 その後も研究室に居座ろうとする俺だったが、休息日なのだからととうとう師匠に追い出されてしまった。

 そうして仕方なく家へと戻り、玄関先でばったり出くわしたのはシータである。


「あれ? シータ、教科書でも忘れたのか?」

「あの、いえ……お弁当を忘れちゃって」

「そりゃ大変だ」


 俺の言葉に、シータは気恥ずかしそうにしている。

 まあ思春期の女の子だもんな。食欲のこととか知られたくないか。


「えーっと……あの! リョウさん、もし良かったらなんですけど……夜に少しお時間いただけないですか?」

「え? もちろん良いけど……」

「ありがとうございます! それじゃ私行きますね!」


 思い立ったが吉日と言わんばかりの唐突な提案。

 それがなんの用事か聞く暇も無く、彼女は小走りで去っていった。


 まあトビーもなんか伏線じみたことを口にしてたから、たぶんそのことだろうな。

 申し出自体に驚きは無いが、一体何の話があるのやら。


 ふぅむとひとつ息を吐いて家の中に入る。

 どういう話がされるのかは分からないが、わざわざ時間を取るということもあるし、おいしいお茶っ葉でも買いにいくことにしようか。

 昼食を食べて少し仮眠を取り、俺は再び市場へと出かけることにした。


 そして夜。

 夕食の後、シータから声を掛けられた。


「リョウさん、お昼に言っていた件なんですけど」

「うん、それじゃあ庭の方で話そうか。レイアさん、お茶をお願いできますか?」

「承知しました」


 レイアさんに買ってきたお茶を淹れてもらっている間に、俺たちは庭に出て準備をする。

 物置からベンチとローテーブルを出してきて、簡単に布で(ぬぐ)って設置した。


 これらはレイアさんが時折夜のお茶会と称して、シータやカトレアとお茶を(たしな)む時に使っているものだ。

 そんなに大きな庭でもないが、家の近くは夜の人通りが無いし、落ち着いて話ができるだろう。

 二人きりでの話とはいえ、年頃の少女を自室に呼び込むのも外聞が悪いしな。


「ご主人様、どうぞ」

「ありがとう」


 レイアさんからカップとソーサー、お茶の入ったポットを受け取ってローテーブルに置く。

 三人掛けのベンチに二人で腰を下ろし、ひとまずお茶に口をつけた。


「ふぅ……」


 シータは小さく息を吐き、ちらちらとこちらを見てくる。

 切り出し方に迷っているのだろう。俺は助け舟のつもりで、アイスブレイクがてら少し世間話をすることにした。


「そういや、こうやってゆっくり話すのも久しぶりかもな」

「えっ? ……はい、そうですね。リョウさんはいつもお忙しそうですし。私にお手伝いできることがあればいいんですけど……」

「それについては前から師匠とも話をしててさ、一つお願いしようと思ってることがあるんだけど……シータ、魂魄魔法を覚えてみないか?」

「魂魄魔法って、あの?」

「うん。学会の魔法使いや軍人にはどんどん使い手が増えてるけど、一人でも使える人間は多い方が良いんじゃないかって話になったんだ。もちろんシータには戦闘に参加してほしくないから、攻撃魔法とかじゃなくて防御的なものになるけどね」


 簡単な話として口火を切ったはずが、話題を間違えたかもしれない。

 ちょっと重要そうな話になってしまった。


 ちなみにシータに覚えてもらおうと思っているのは、明晰クリアマインド精神障壁マインドプロテクションのことである。

 敵がどう出るかも分からない現状ではあるが、これらはもし邪神の眷属と相対する場面があるなら、確実に必要になる魔法である。魂魄魔法が半分機密みたいな扱いであるため、冒険者や警察機構の人たちにも教えることは予定されていないが、師匠と相談して町に残る俺の仲間には教えておきたいという結論になった。


 これはまあ、俺による身内びいきの最たるものではある。

 先述の通り必要と言えば必要なのだが、不要だと強く言われれば抗弁はしづらい。

 ただ、俺の大事な仲間である以上、邪神に狙われる可能性が高いのも事実である。そういうわけで、師匠と相談してこっそりとシータに魂魄魔法を教えようかということになったのだ。


「教えていただけるんですか?」

「うん。もちろんシータのやる気次第だけど……」

「ぜひやらせて下さい! 私、魂魄魔法を覚えたいです!」


 彼女が魂魄魔法を使う状況というと結構劣勢だから、怖がらせるかなーと思っていたらこの反応である。

 まあやる気があるのはいいことだ。


「じゃあ、どこかで時間を取ってもらうからよろしく。たぶん師匠の研究室で教えることになるから」


 俺の言葉に「分かりました!」と言って、シータは鼻息荒くうなずいた。


「……で、だ。それはそれでいいとして……本題の方は話せそう?」


 二人してお茶を一口飲んで、落ち着いたところで改めて話を振ってみる。

 シータも思い出したようで、けれど先ほどとは違って気が楽になったのか、少し俺の方に体を向けて座りなおした。


「……すみません。気を使わせてしまって」

「そんな気にするなって、俺とシータの仲だろ? それで話したいことってのは?」


 促すと、シータは自分の胸に手を当てて話し始めた。


「あの……実は私、リョウさんの時折見せる表情が気になってて」

「俺の表情?」

「はい。遠くを見つめるような、そんな感じのお顔です。普段見せないお顔なので、どうしたのかなって、ずっと気になってて……。それで分かったんです」


 そんな顔をしているとは知らなかったが、何が分かったのだろうか。

 表情を見られていた気恥ずかしさもあり、少し浮ついた気持ちで構えていた俺に対し彼女が放ったのは、


「もしかしてリョウさんは……決戦で死ぬおつもり、なんじゃないですか?」


 そんな、鋭い言葉だった。


「……」


 鋭いと、そう思ったのは決して彼女の声色に攻撃的なものを感じたからと言う訳ではない。

 死ぬ覚悟、ではなく死ぬつもり・・・・・と言われ、そんなわけないと言い返しそうになってできなかった。彼女の言葉が図星に刺さって・・・・心臓の鼓動が跳ね、言葉が喉につかえて出てこなかったのだ。


 俺は、結局は俺が死ねばどうにかなると、そんな考えが前提になってしまっていたのだろうか。

 彼女の言葉に衝撃を受けたことを鑑みれば、真実そう考えていたように思える。


「あの、別にリョウさんを否定したいわけじゃないんです。でも……」


 言葉に詰まった俺を見て弁解するように言い、シータは更に続ける。


「これは子供のわがままとして聞いてほしいんですけど……私、リョウさんのことが好きなんです。でもそれ以上に私、リョウさんにはただ死なないで欲しいって、そう思っているんです。生きていて欲しいんです。死ぬことを受け入れないで、最後の最後まで、生きていて欲しい。リョウさんを失いたくないんです……!」


 一気にそこまで言い切って、シータは俺の手を取った。

 彼女の両手に包まれた手のひらから、じわりと体温が伝わってくる。


 彼女の言葉は、確かに子供のわがままそのものだった。

 俺が死ぬ覚悟をしているのは、それがこの世界を守るための最後の方法セーフティとして必要だからだ。

 死ぬことを受け入れずに生きあがくことで、俺がどんな辛さや恐怖に見舞われるのか、恐らくこの子には想像できないだろう。戦ったこともないし、責任を負ったこともない。子供の立場からの意見であるというのはそういうことだ。


 けれど、彼女はきっとそんなことは理解している。

 何も知らないということを知っている。

 その上で、身勝手な意見と拒絶される恐怖を押しのけて、それでもまっすぐな言葉を、勇気をもって俺に伝えてくれたのだ。

 彼女の言葉は、その掌の熱と同じように、とても暖かかった。


「ありがとう、シータ」

「あの、えっ」


 思わず、俺は彼女を引き寄せて抱きしめていた。

 

「たぶん俺……どうしようもなくなったら、死んでもなんとかすると思う。それはきっと変わらない。でもシータ、君に生きていて欲しいって言われたこと、俺は絶対忘れないから」


 決意表明なんて、迷宮の底から帰還してこちら、何度もやってきた。

 だけど今回のはなんだか少し違うような気がした。

 成し遂げるべき目標ではなくて、なんというか、自分自身がどうなのかってことを言葉に出して伝えたかった。


 シータに言ったように、俺のやることは変わらない。

 決戦に挑み、勝てればよし。ダメなら命を賭して状況を打破する。それだけだ。

 

 変わったのは俺のもっと柔らかい、もっと個人的な気持ちの部分のことだ。

 十分準備して戦って、それでも駄目ならやるしかないよな、なんて。そんなある種の諦めに似た考えは消え去り、死を断固拒否する意志が芽生えていた。


 師匠にも「戦いが終わった後のことを考えろ」って、さんざん言われていたんだけどな……。

 言葉でイエスと言っていても、意思が固まっているかどうかなんて分からないものだ。ましてやその「戦後」の直前には、世界の命運と俺の命が直結している戦いが挟まっているのだから、そちらに意識が取られてしまうのも仕方のないことだろう。


 死を覚悟すると口で言うのは簡単だが、実際に気持ちを固めるには時間がかかる。まあもしかしたら軍人たちなら平気で覚悟できるのかもしれないが、俺はそうじゃなかった。そして、覚悟を固めるために物思いに耽っていたのを、シータに見破られてしまったのである。


 俺の胸に顔をうずめるシータは、涙を流しているようだった。

 グスグスと鼻をすする音が聞こえる。


「もう少し、このままでいていいですか?」


 体を離そうとすると、彼女に抱きしめ返された。

 そのまましばらく、シータは俺の心臓の音を聞くようにして、静かにじっとしていた。



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