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才能の器 ~素敵なスキル横伸ばし生活~  作者: とんび
第一章

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116 身の上話と欲しかった言葉


 自身が造られた存在で、元になった人間が居る。

 そのことをフェリシアから聞かされて以来、俺にとってその存在はある種忌まわしいものとなっていた。

 だからこうしてフラットな気持ちでのことを考えたのは、試練を経て以降、もしかすると初めてのことだったかもしれない。


 師匠が隣に居てくれる安心感があったからだろうか。

 それは分からないが、俺は不思議な気分で自身の来歴を反芻し始めた。



 ======



 斎藤遼。俺の元となった、現代日本人。

 彼……いやは、現代日本においてはごくごく平均的な家庭に生まれた。


 都会とは言えない小さな街で生まれ育った俺は、どちらかと言えば外で遊ぶのが好きな子供だったと思う。野球にサッカーに釣りに山登り、他にも色々……。部活にも入っていたが、小中高と続けたものは無く、やることをコロコロ変えるような子供だった。


 そのせいか、俺はあまり何かを得意だと感じたことはなかった。

 逆に興味を多方面に向けても、そこそこやれてしまう器用さは、あったように思う。

 

 ある時、妹に「よくそれだけ色んなことやってるのに、集中力続くよね」と言われたことがあった。

 俺は自分に集中力があるとは思っていなかった。むしろ集中力が途切れるから、次々と違うことに手を出すのだ。そして最初は集中して取り組み、飽きれば次に移る。それをどんどんと続けて、一周回って戻ってくるのだ。だから周囲からは、何事にも真剣に取り組む人間だと思われているフシがあったように思う。

 実際の俺はいかにもチャランポランな人間なのにな……。


「妹がいたんだね」

「ええ、二つ下の生意気なヤツでしたよ」


 師匠の問いに笑って返したが、自分自身を反芻する過程でようやく彼女の存在を思い出したことに、自分で驚いた。共働きの両親だったから、俺が良く面倒を見ていたっていうのに。


 自分を異世界転移者だと思っていた時は、寂しくならないようあえて思い出さないようにしていたんだよな。自身が造られたと知った後は、忌まわしき記憶になってしまったし、仕方なかったとも言える。


 ともかく、そんな子供時代を経て、俺は都会の大学へと入学した。

 それからも色んな出会いや経験があったが、まあありふれた大学生活から逸脱したものではなかったと思う。そこそこに勉強し、サークルに入って友人たちと青春を謳歌した。相変わらずどこにでも顔を出して、色々とかじって・・・・みる癖は治っていなかったが。

 

 そうして就職、となるわけだが、このころには家族とは疎遠になっていた。

 大学入学以来、自身の生活にかまけてあまり家に戻っていなかったのだ。

 家族と過ごした年月の方が長いというのに、薄情なものである。

 それを思えば、あまり俺は孝行息子ではなかったということだろう。


「親孝行は、元の世界の君がやってくれるさ」


 過去を順に語ってゆく俺に、再び師匠からそんなコメントがあった。

 確かにそれはあっちに任せるしかないもんな。

 俺にはできないから、ぜひとも親孝行はやっておいて欲しいところである。


「とりあえず、仕事に就くまではこんな感じですか。その後は……仕事が忙しくってあんまり楽しい思い出じゃないですね」

「そうなのかい?」

「ええ、俺の『趣味』は時間がかかりますから、どうにも……」

「なるほど、それは確かにそうだろう」


 色んなことに興味を向けるその時間は、生きるための仕事に奪われていったという訳だ。


 そして……そんな仕事漬けの毎日を過ごしていたある日、俺が造られたのである。


「ほう! じゃあこの辺りから私の知っている君が登場するわけだね?」

「もうちょっと後ですよ。まあ、師匠に出会ったのはこちらに来てからすぐのことですけど、とにかく来てからの目まぐるしさといったら……」

「ははは! そりゃそうだろうね。いきなり違う世界に放り出されたんだから」


 あの時の混乱は正直あんまり思い出したくない。

 自分でも良く分からない行動をしていたような気もする。


 けれど、大方針としては迷宮探索をすることにしたのだ。

 あの時は色々他の可能性も考えはしたが、最終的にはそうなった。


「結局のところ、フェリシアが大地の精霊に依頼した思考誘導というのは、どの程度のものだったんだろうね」

「さあ、どうなんでしょう。でも誘導されてなくても、俺は迷宮探索をしてた気がちょっとするんですよね」


 才能の器というチートな能力を与えられて、舞い上がってたからな……。

 それに元の生活と切り離された不安もあったとはいえ、そもそも俺は興味があったのだ。

 自分に与えられた力や、自分の境遇そのものに。


 だから俺は不安を差し置いても……いや、不安を横に置いておくために、迷宮に向かっていた可能性は十分あると思うのだ。もちろん好奇心だけが理由なら、次々とやることを変えて、いつかは迷宮から離れていった可能性もあるとは思うが。


「実際のところ、俺が造られた理由から考えると、そうしてくれて感謝もしているんですよ」

「思考誘導をかい?」

「ええ。どちらにせよフェリシアからのネタばらしはいつかあったでしょうし、迷宮探索に専念することで培ったものがなければ、あのまま死んでたと思いますから。師匠や皆に出会えたのもそのおかげですしね」


 まあ、これはちょっとフェリシアを擁護しすぎかもしれない。

 思考誘導が無くてあちらこちらに興味を移していたとしても、試練を突破できなかったとは言い切れないからな。


「それはそうかもしれないが……それは考える必要のないことだよ。なにせ君は『一人しかいない』んだからね」


 斎藤遼から造られ、迷宮探索をしながら今に至った俺は俺しかいないし、そうでない俺は存在しない。

 君は君しかいない。そう強調するように言う師匠の言葉に、胸を打たれる。


 もしかすると、俺はこれを誰かに言って欲しかったのだろうか。

 それくらいの衝撃を受けた。


 もちろん、こんな当たり前のこと、誰だって知っている。誰もがそうと信じられるだけの何かを持っている。けれど俺は持っていたその何かを、フェリシアとか言うヤツにはたき落とされて、もう一度自分で作り直さなければならなかったのだ。

 本当なら何年もかけて形作られていくはずのそれは、自分で何とか作ってみても実に弱々しいものだった。それでも決戦に向けて、弱々しいままでも、大事な何かのために俺は立ち上がることを決断した。


 そうして立ち上がった。立ち上がることができた。

 だから大丈夫だと思っていたのだ。

 

 けれど、彼女の言葉を聞いて「そうか」と納得した。

 彼女の言葉が俺のその弱々しい何かを、後ろからそっと支えてくれたような気がした。

 支えられて、ようやく自分が虚勢を張っていたことに気が付くことができた。


 ……ちょっと泣きそうだ。

 声が震えそうだから、話を続けることができない。


「そもそもフェリシアは基本聞かないと情報が出てこないんだよねえ、どうにかならないものか。この間も延々こちらから質問攻めにしないとだったし……」


 師匠が隣でブツブツと文句を言っていて、何とか間が持っている。

 いや、多分彼女は気付かないふりをしてくれているのだろう。

 大の男が一言聞いて唐突に泣くなんてみっともない。


「……師匠、フェリシアが困ったやつなのは今に始まったことじゃないですよ」


 声が震えていないか、恐る恐る会話を再開する。

 師匠は俺の言葉に肩を竦めるだけで、気にした様子もない。


「そうかい? 段々人となりが見えてきて、より困った感が増してきてるような気もするが……。まあそれはそれとして、続きを聞かせてくれないか? まだ君の物語は、折り返しといったところだろう」


 もっと彼女に自分のことを知って欲しい。そんな風に思うのは、俺の甘えだろうか。けれど彼女に知っていてもらえるだけで、どんなにか心の支えになることだろう。

 俺は促されるようにして、自身の続きを口にする。


 まずはこの世界に来て、何から始めたのか。

 強くなるためにどんな日々を送ってきたのか。

 他人にあえて話したのは初めてだったけど、こんなにコツコツやってたのかと、自分で驚いたくらいだ。師匠は平然と聞いていたから、傍からみたら実際そんな感じだったということだろう。


 それから俺の物語の登場人物たちとの関わりも。

 ズーグをはじめとした仲間たち以外にも、色んな人たちとの交流があった。

 マルティナさんやバーランド師範、奴隷商のクロウさん。フレッドたち他の探索者や、キンケイルに向かう時に馬車に同乗したマリネとピール。エイトやロミノ、アルセイド公爵にレイチェル嬢。この辺りまで話が進めば、もう最近という感じだ。


 もちろん師匠アルメリアさんについては隣に居ることもあって、念入りに思い出話をした。

 奴隷として購入したヤツら以外では一、二を争うほど関わりが深い人だから、話題は沢山あった。

 武器屋で聞いた迷推理劇場に、弟子入り志願のこと。

 神威事件で頼りにしたことや、学会で見たカッコイイ姿。

 直々に最新の魔法を教えてもらったことや、宴会の席で見た無防備な姿も。

 当人は懐かしがったり恥ずかしがったり、忙しくリアクションを取っていたが、二人であんなこともあったそんなこともあったと話をするのは楽しかった。


「……ふぅ。まあ、俺の話はこんなところですかね」


 話が終わった。

 師匠とお茶のおかわりを入れて、二人で一息つく。


「いやあ、中々楽しかったよ。他人の話を聞くのはやっぱり楽しいねえ」

「よくこう言う話、するんですか?」

「いや、直接聞くのはあまりないけど……実は私は人間観察がちょっとした趣味なんだ」

「へぇ……。そうだ、師匠の話も聞かせてくれるんでしたよね。さっき後のお楽しみだって言ってたし」

「そうだね、君の話を聞いてばかりじゃ申し訳ないし、少し語ろうか。君の後だとそんなに面白くはないかもしれないけど」


 師匠が謙遜しつつ始めた語りに、俺は耳を傾ける。


 師匠……アルメリア・エルメイルは武器屋の一人娘として生まれた。

 両親に子が一人、家業を持つ家ならば、普通なら跡取りとして婿養子でも取るところだろう。しかし彼女の両親は、家業よりも彼女の興味を優先してくれたらしい。

 もちろんその興味とは魔法に向けられたものである。両親の支援を受け、彼女は魔法学園を受験し合格。入学後は勉学にのめり込み、主席を取るまでに至った。卒業時には論文と共に新規魔法を発表し、いきなり准教授位まで取得したらしい。


 そうして魔法研究の道に進んだ彼女は、更にいくつかの魔法を開発していった。

 所属した研究室では若さや性別がやっかみを生んで、色々大変だったらしい。けれどもそんなことで彼女は止まりはしなかった。そして魔法の極大化という、一つの道の専門家と呼ばれるようになるころに、魔法学園の教授となったのである。


 師匠は面白くないと言ったが、聞き終えてみればとんでもない経歴である。

 彼女のせいで万年次席だったイリスさんから、彼女の愚痴を聞いたことがあるが、然もありなんと言ったところか。

 

 それにしても、師匠の語り口は俺とは違って淀みない。

 まるで一つの物語を聞いているようだった。

 最初に言っていた通り、彼女自身、色々な場面でこうして自分を振り返ってきたのだろう。


「どうだい、感想は」

「なんというか……その、面白かったです」


 率直に口にすると「ははは! そうだろう!」と師匠は笑った。

 隣に座っているから、笑顔が近い。


「他人の自分語りがつまらないのは、大抵それがイイところしかないからさ。人間生きていれば紆余曲折、山あり谷ありあるものさ。赤裸々とまでは言わないが、一つの人生を追っていけば、自然と興味深いものになるんだよ。それが何故か、分かるかい?」

「その人の人生は、ただ一つのものだから、ですか?」

「そうとも」


 満足そうに師匠は頷く。


「それで……どうかな? 自分を見つめ直してみて」


 二人で席を共にして語りあったのは、そういえばそれが理由だった。

 長く話したし、途中のこともあったからちょっと忘れていた。


 けれど、今の自分の状態を思えば、結果は明白だ。


「とても気が楽になりました。ありがとうございます、師匠」

「なあに、礼を言われるようなことじゃない。そもそも君のことは、私が聞きたかったんだ。それに……」

「それに?」

「珍しく君が弱音を吐いていたからね。仲間たちとは立場の差があるし、シータはまだ子供だ。私にしかできない役回りだと、そう思ったのさ」


 自分では自覚が無かったが、俺は弱音を吐いていたのか。

 でも確かに今思えば、覚醒アウェイクン習得の遅れで泣き言を言っていた気がする。後はカステリオンのことで無意味な妄想をしていたことも、弱った心がもたらしたものだろう。


 俺は師匠に機会を与えられて、自分を振り返った。

 そして自分が興味で動く人間であったということを思い出した。

 同時に斎藤遼が俺自身であるということも、少しだが取り戻すことができたように思う。


 それに、俺はアルメリアさんに自分のことを語ったのだ。

 自分を語って、彼女に俺のことを少し、預けることができた。

 ついでに彼女のことも少し預けてもらった。

 そのことがとても嬉しくて、甘くうずく何かが胸の裡に生まれた気がした。


「さて、それじゃあ休憩も終わりかな。楽しかったから少し名残惜しいけど。……ん? どうしたんだい?」


 俺は茶器を机に戻したアルメリアさんの姿を見ていた。

 結い上げた紫の髪や、後れ毛。柔和な笑みを浮かべる頬や口元。

 そして野暮ったい眼鏡の向こう、瞳の奥にある美しい光に視線が吸い寄せられる。 

 俺自身も吸い寄せられるように、体が近づく。

 師匠は少し驚いたようだが、距離を取ろうとはしなかった。

 自然、体と体、顔と顔との距離が縮まっていき……、






 唐突に現れた無粋な発光に、それは遮られてしまった。


 「あっ、ごめん!」といって消えていったのが誰か、俺も師匠も知っている。

 と言うかこんな登場の仕方をするヤツなんて一人しかいないが。


「……はぁ、まったく……恨み言が一つ、増えましたかね?」

「そうだね、でも」


 そう言って微笑みを浮かべるアルメリアさんが急に身を乗り出して俺に寄りかかり、


 きっと、そう。

 もし覗き魔が居たならば、俺とアルメリアさんの影が、重なったように見えただろうな。



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