113 新魔法 その一
少し遅れました。
ストックは切れましたので、次話はできしだいとなります(恐らく週明け)。
引き続きよろしくお願いいたします。
第一砦での定期討伐を終え、一週間が経過した。
今日は魔法開発について報告があるということで、一つ用事を済ませた後、トビーとカトレアを王都駐留軍の訓練に届けてから師匠の居室へと向かっている。
いやまあ、報告と言っても途中経過は色々と知ってはいるんだけどな。
ちょくちょく師匠のところには顔を出してたし。
例えば、魂魄魔法の術式はかなり解析が進んで実用化一歩手前までいっているらしい。俺が扱える呪文の名称と効果を教えたこともあって、呪文の必要性に優劣をつけられたのが、この進捗の一助になっている。
それからロミノが持ち込んだ術式理論は、論文承認後すぐに公開され、多くの研究者の手で色々な呪文の開発に着手され始めているとか。もとから効果が一瞬の魔法(例えば跳躍とか)に対しては、ほぼ利点しかない理論だしな。魔法史に名を残すため、研究者たちも死に物狂いでやってくれているみたいである。
俺の専用魔法については、俺の気が散らないように方針程度しか教えてもらっていない。今日は恐らく、その話が主になることだろう。
通いなれた王都魔法学会の会館を進み、師匠の居室へとたどり着く。
ノックすれば中から反応があり、中へと入った。
「失礼します」
「よく来たね、リョウ」
以前にも増して資料の散乱する部屋のデスクから、師匠がちょいと手を上げる。
フェリシアは迷宮に戻っているのか、ここには居ないようだ。
「今日もクリス殿の訓練に付き合っていたのかい? 彼女の様子はどうだい」
「いつも通り頑張ってましたよ。そろそろ長時間の訓練に移行できそうです」
クリスと言うのは、御前会議で話に上がっていた次代の聖女のことである。
名前はクリス・グレイリィ、年齢は十二。現聖女に力の宝珠を貰いに行った際に、会議での話の通り同行を要請された。ただいきなり運動も碌にしたことのない少女を同行させるのは少々無理があったため、まずは体力作りをやってもらっているところである。
もちろん、俺に同行すると言ってそれが戦闘や訓練ばかりでもないんだが、話し合いなんかは御前会議であらかた済んでしまってるからな。それならばと、時間のかかる体力錬成を第一の目標としてもらうことにしたのだ。
「それより、今日は何かご報告があるとか」
資料をどけつつ応接の席に着いて師匠に問うと、うむと一つ頷きが返ってきた。
「たぶん気づいてると思うけど、君のための魔法開発に一つ進展があったからね。今日はその報告と、完成した術式については訓練も始めてもらおうと思ってる」
「いよいよ来ましたか……」
当初は俺も魔法開発に携わる予定だったが、流石にタスクが多すぎて手が回らなかった。
ただ今日からは、これまでより多く魔法に関しての時間を割くべきだろう。
何故ならこの「俺専用の魔法」の開発こそが、決戦へ向けた最大の一歩になるからだ。
「私とフェリシアで検討し、準備した魔法は三つ。そのうち二つは理力魔法、残りは神聖魔法の一種だ。神聖魔法はフェリシアが戻ってから説明するとして、まずは理力魔法から説明するとしよう」
「はい、お願いします」
「よし。じゃあまず一つ目」
師匠が人差し指を立て、手元の資料をガサガサと漁って、一枚の紙を取り出す。
「これがその術式だ。君はこれをどう見るかね?」
「これは……」
渡された紙に書かれた術式の描写を辿って読み解いていけば、どのような魔法であるかが見えてくる。
その魔法は、簡単に言うと収束した魔力を炸裂させるものであった。
「とても……なんと言うか、かなり構造が単純な魔法ですね」
率直な感想を述べると、師匠はくすりと笑みを浮かべる。
「そうだね。この魔法は、かつて君も見学した学会で発表された竜の咆哮という魔法を改良したものだ。名を極大魔力破という」
師匠は俺の持つ術式の書かれた紙を指さしながら、どのような意図が込められたものであるか、説明を始めた。
曰く、この魔法のコンセプトは最速・最大効率で純魔法、つまりエーテル的なダメージを相手に与えることを目指したものらしい。
そもそもエーテル的なダメージ、例えばエナジージャベリンのような魔法が相手にダメージを与える原理と言うのは、魔力が魔力を「押しのける」性質を利用したものである。あらゆる物質は大きさの違いはあれ魔力を帯びているが、そこに魔力をぶつけた時、帯びた魔力は押しのけられる。一方で魔力は物質を押しのけることはないので(そうした性質を魔力に帯びさせなければだが)、その齟齬が物質に対してダメージとなってフィードバックされるのだ。
魔力に対する抵抗力と言うのは、その物質が魔力を「保持」する力が強いことを意味する。それは物質自体の魔力親和性もそうだし、生物で言えば意思の力だったりするわけだな。
「このマキシマイズ・エーテルフレアという魔法は、極限まで収束した魔力を打ち出し、着弾点で炸裂させて一瞬でエーテルダメージを発生させるものだ。ドラゴンズロアでも用いられた風魔法による収束を用いることで、魔力反発の原理を利用して瞬間的な炸裂を生み出したわけだね」
そんな風に、師匠は説明を終えた。
多少専門用語が混じっていて理解できない部分もあったが、大体理解できた。
師匠によればこの「瞬間的な炸裂」というのがミソらしく、これによって従来の純魔法では考えられないほどのダメージが出るらしい。
「これはまた……世に出たら騒ぎになりそうな魔法ですね」
「そうでもないさ。これくらいは時間があれば誰かが開発していただろう。半分はドラゴンズロアの術式を引用したものだしね。……それより、こっちの方がヤバいよ。恐らくだが、こちらは本当の意味で君にしか使えないような魔法だ」
そう言って、師匠がもう一枚の紙を取り出した。
そこに書かれていたのは……、
「ポータル……バニッシュメント?」
「そう、小転移消滅だね。これは君も扱っている転移という魔法を、ロミノ君の持って来てくれた崩壊術式の理論で応用し、指定した範囲の空間を暴走転移させて抉り取るというものだ」
簡単な説明を聞いてもえげつない魔法だった。
本来、テレポートと言う魔法は指定した物質全体を転移させるものである。
俺は才能の器の力からアカシックレコードを通じて習得したから知らなかったが、テレポートと言う魔法はこの「物質の認識」に加え、時空間に対する認識があやふやだと失敗することがあるらしい。そしてその失敗は、例えば人間の体の一部だけが転移されたり、いわゆる「壁の中にいる!」みたいな転移先へのめりこみという結果に帰結する。
要するに、このポータルバニッシュメントは、意図的に転移失敗を発生させて攻撃する魔法だと言うことだ。
「この魔法の恐ろしいところは、相手の物質的防御力を完全に無視できるところにある。魔法的抵抗力を突破する必要はあるが、現在の君の魔法力とこの魔法自身の魔法的出力を考えれば、容易に耐えられるものでもないはずだ。それに……」
説明の締めくくりに、師匠は言葉を濁した。その表情も硬い。俺はその理由を、この魔法の威力……殺傷力と言うべきものが他と一線を画すものだからだと認識していたのだが、他に何かあるのだろうか。
そう思っていると、部屋の隅で光る物体が目に入った。
フェリシアが出現するために使用している宝珠である。
発光は彼女が出てくる前兆で、果たして光は形をとって、フェリシアが姿を現した。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「何言ってんだ。師匠からできた魔法の説明を受けてたんだよ」
「そう……」
ふわりと飛翔するようにして、フェリシアがこちらに移動してくる。
そして俺の手に持っている資料に視線を落とした。
「なるほど、理力魔法の方は説明を受けたのね? それじゃあちょうどよかった。私からもう一つの新魔法について説明させてもらうわ」
物に触れないフェリシアの代わりに、師匠が資料を取り出す。
それを俺に渡す際、師匠が躊躇するような仕草を見せたのが少し気になった。
「それじゃ、説明を始めましょう」
フェリシアはそれを務めて無視するように、大きく手を広げる。
大仰な動作だ。彼女の芝居がかった動きは、あの迷宮の底でのことを想起させて、何か嫌な予感がするな。
「術式名は神気憑依、コールゴッドを改良した、神聖魔法・魂魄魔法の混合魔法よ」
その予感が当たったのかどうか。
それは分からなかったが、少なくともとんでもない魔法であることに違いは無かった。
コールゴッドを改良した魔法か……。
果たしてどんな魔法なのか、心して説明を聞くことにしよう。