112 北方領域 その四
最後の魔獣が討ち取られ、一回目の定期討伐が幕を閉じた。
「ふう……終わったか」
「みたいっすね。はぁ、長かった……もう夜が明けかけてんじゃねえっすか」
トビーの言う通り、時刻は未明、ないしは早朝と言ったところか。
空は青みがかかり、地平線はオレンジに染まっている。夜間に役立った篝火や魔道具の光が薄く感じられるほど、辺りは明るくなってきていた。
「ったくとんでもねえ戦果だぜ。戻ったらやべえぞ、お前」
戦斧を肩に担いでガウムが言った。
何がやべえのかは分からない……と言いたいが、皆で倒した魔獣は百体は下らないだろうし、被害もほとんど出ていないはずである。対して掛けた時間は夕刻から夜明けまで。これを「やべえ」と思うくらいには、俺も北方の常識というものを理解しているつもりだ。
と言うかそもそもだ。
兵士たちが「大物」と呼ぶ強力な魔物は、ほとんど俺一人で討伐してるからな。
北方領域の兵士が小物相手に後れを取ることは無いからこそ、これほどの結果を得られたのだとは言え、今回の戦果の主たる要因が俺であることに間違いはないだろう。
「まあ、目論見通りと言えばその通りだしな。とりあえずさっさと帰ろうぜ」
戦場の随所から勝鬨の声が上がっている。
ガウムはやれやれといった様子で肩を竦め、俺たちと共に砦へと向けて歩き始めた。
そうして戻る道中、同じく砦へ帰還する兵士たちからたくさんの感謝や賞賛の言葉をもらった。
やれ「ありがとう! 生き残れた!」だの、やれ「凄まじい魔法でしたね! 助かりました!」だの、そういう感じである。一晩休まず戦ったのも俺くらいのものだろうし、賞賛は素直に受け取っておくことにしよう。
で、砦に戻ったわけだが……。
「リョウ殿! その力、感服いたしました! ささ、寝具を整えておきましたので、今はまずごゆるりとお休みください!」
ヴェンデリン卿のこの態度である。
もちろん兵たちにも囲まれやんややんやと褒められたのだが、彼が一喝して黙らせ、俺を手ずから休める場所へと案内してくれることになった。
「トビーはどうする?」
「俺は後片付けをちょっと手伝っときます。ご主人はしっかり休んで下さいよ?」
「いやに念を押すなあ。別にまだ辛くはないぞ? ちゃんと補給は受けてたし」
魔獣の襲撃が散発的になった時に水や戦場食を持ってきてもらって摂取している。だから常時飢餓状態で戦っていた試練に比べれば、そう大したものでもない。
と言うかそうしたサポートの大切さだよな。一人じゃない戦いって色々と楽なもんだ。それが身に染みて分かった。
「いいえ、リョウ殿はまずはお休みを。休憩を拒まれた時は正気かと思いましたが、リョウ殿がその魔法で戦場を支配して下さったお陰で、被害は極小と言っていいでしょう。貴方が優先して休まれたとして、ここには誰一人文句を言う者はおりませんよ」
ヴェンデリン卿にも念を押されたし、観念するか。
きっちり整えられたベッドのある部屋をあてがわれ、俺は休息を取ることになった。
装備を外し、湯で体を清め、着替えて就寝である。
強がりを言っていたわけではないが、俺だって疲労が無かったわけではない。
ベッドに横になってしまえば、すぐに睡魔がやってきて……、
そして、起床である。
試練を経験してからこちら、あまり夢を見なくなった気がする。
睡眠の質が良くなった感じで、寝たら起きた、ということが多い。
個人的には微睡むあの感じも好きだから、なんか損した気になるんだよな。まあ良い睡眠が取れてしっかり疲れが取れるのは良いんだが。
起床したのはおおよそ昼頃といった時刻だった。
魔獣の死体の処理はまだ続いていて、砦やその周辺から作業の声が聞こえてくる。
部屋では軽く食事もいただいて、身支度を整える。
定期討伐後の予定とかは聞かされていなかったので、ひとまず戦果を確認でもしようかと、砦の広場に行ってみることにした。
「リョウ殿! みんな、リョウ殿が起きられたようだぞ!」
「おはようございます、リョウ殿!」
「リョウ殿!」
「リョウ殿!」
すると、こんな風に兵士たちに出迎えられる。
リョウ殿リョウ殿うるせえやつらだが、まあ歓迎されてるのに違いないし、悪い気はしない。
どうやら彼らは血抜きなどの処理を終えた魔獣の肉を運び込んで、バーべキューをしているようだ。交代で休憩を取っているところらしい。
「リョウ殿もおひとつどうです? こいつはあのクソでけぇワームの肉ですよ」
「そうなのか? じゃあもらうよ」
さっきの食事がやけにあっさり系だと思っていたが、こういうのを計算に入れてのことだったのかもしれない。
肉にかぶりつくと肉汁が滴り、塩と香辛料の良い味付けと相まって旨い。
これは自分が倒したからというのもあるのだろうか。迷宮では敵を倒すと魔石を残して消滅するから、思えばこういうのは初めてかもしれない。
「リョウ殿、指令がお呼びです」
そうしてしばらく肉に舌鼓を打っていると、伝令らしき兵士が俺を呼びに来た。
論功行賞的なやつをするらしい。
俺も最終的な戦果は知りたいと思っていた。
伝令の人にトビーも呼びつけるようにお願いして、俺は司令部へと足を向けた。
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「おお、リョウ殿、よくお休みになられましたか」
「ええ、しっかりと。下で魔獣の肉にもありつけましたよ」
「ハッハッハ! それは良かった。新鮮な肉は今しか味わえませんからね。夕食にはモツを使う予定です。それも楽しみにしておいてください」
この世界では冷蔵という方法が無いわけではないが、魔法がベースになっているためコストは大きい。加えて北方領域の砦が人里から遠く離れていることもあって、内臓など足の早い部位はここでしか食べられないらしい。
この後の食事がちょっと楽しみになる情報である。
「では、前置きはさておいて、戦果のご報告をさせていただきましょう」
総大将からの戦果報告というのも変な感じだが、今回の定期討伐は「王家が」「俺の目的のために」実施したものという体になっている。
そのため、主体である俺にヴェンデリン卿が報告するという形式になっているのだ。
「ではまず、討伐合計数から……」
語られた戦果は、予測していた数から大きく外れるということは無かった。
小物(と言っても中型から大型ではあるが)の魔獣が百数十体。
大物と呼ばれる、百人近い兵士で挑んでなお被害の出る魔物が八体。
今回は掛けた時間に対して大物が多かったらしい。
対する被害は死亡者無し。そして重症者が十数人といった感じだ。
軽症者は無数にいるが、ポーションや魔法兵の回復でほぼ対応できているようである。
この結果はあり得ないほど良いもので、ヴェンデリン卿からは改めて感謝の言葉をいただいた。
戦闘の結果は上々だと言えるだろう。
ガウムをはじめ、幾人か強い人を見繕う余裕もあったし、定期討伐の目的の半分以上はきっちりと達成できたというわけだ。
一方、修練と言う意味では多少の物足りなさはあったと言える。
仲間がいた分、戦闘強度は試練の時の方が間違いなく高かった。加えて俺はほとんど遊撃として動いていたから、あまり多人数戦闘の訓練にはならなかったのもある。
次回はちゃんと大人数で動く戦闘も試してみたいが……もしかすると、今回のような動きが俺には合っているのかもしれない。俺が自由に動いて他がそれを補佐する、という感じだ。思ってたのとは異なるが、それもまた多人数戦のひとつの形ではあるだろう。軍人たちのような連携が俺には難しそうだと知れたのは、収穫と言って差し支えないはずだ。
それから開発したい魔法に関しては、いくつか思いつくものがあった。
後半に現れた鷲頭の巨人との戦いでかなり苦戦することになり、そこで色々自身に足りてないものが見えてきたのである。
フレスベルグという魔物は、迷宮で出会った時は「暴風と眷属で行動阻害をする魔物」であった。
だが今回の戦いでは空を飛び回り、降りてこずにチクチク攻めてくる戦法をとってきたのである。近接攻撃はもちろん届かないし、魔力を帯びた風でこちらの魔法射撃を跳ね返してくる、いやらしい戦法だった。
幸いにも直近で習得した魔法の中に風の大魔法があったおかげで、なんとか対抗することはできた。それでも最終的には風魔法同士の力比べをするハメになり、ドレインの魔力供給を背景にゴリ押しで倒さなければならなかった。本当に、風魔法を勧めてくれた師匠には感謝してもしきれない。
大魔法が飛び交う戦闘だったから、見ていた兵士たちは大歓喜だったけどな。俺としてはとんでもない量の魔力を吸収・放出することになって、精神的にも身体的にもかなりキツい辛勝だったと言える。
この戦いの中で、俺があったらいいなと思った魔法は二つ。
一つは単純な理論のようなものではあるが「後から魔力を追加して強化できる魔法」である。
これはフレスベルグが使っていた防御的な風魔法を参考にさせてもらった。大魔法を放って最初はこちらが押していても、羽ばたきに合わせてどんどん魔力風が追加され、最後には押し返されるということが何度もあったのだ。
もう一つは攻撃魔法だ。師匠にも以前言われた「強力な結果を瞬間的にもたらす魔法」である。フレスベルグとの戦いで、強くそれが欲しいと思った。欲を言うなら距離も無視してくれるならなお良い。
ここまでくると「僕の考えた最強の魔法」みたいになってくるが、要望は要望だ。師匠たちに提出してみる価値はあるだろう。
そんな風に、第二思考以下で俺が今回の戦いを省みている間に、ヴェンデリン卿からの報告は完了していた。
戦果以外にも、消費した物資、戦闘状況の推移の振り返り、それに対するヴェンデリン卿の所感などである。
「結論から申し上げると、もう半歩、リョウ殿には我々と歩調を合わせていただければと考えております」
「ほう、その方が良い結果を得られると?」
「その通りです。リョウ殿の戦闘能力が突出していることについては、今回の戦いで理解できました。そして今回相対した以上の敵を想定していることも、戦い方から十分に伝わっております」
実は魔法を多少制限して戦って時間帯があったのだが、しっかりバレていたらしいたらしい。そして俺が自分の強化に気が急いていることも悟られていたようである。
「それはなんというか、お恥ずかしい限りで」
「いえ、リョウ殿の力量を考えれば、意図としてはそれでよろしいのです。ですが、今回程度の敵であれば、我々に半歩譲っていただきたい。それが最大効率を求める、最適解となりましょう」
ヴェンデリン卿は俺が何と相対するつもりか知っている。
その上での、この提案ということだ。
確かに、糧食や水を持ってきてもらったり、大物をこちらに追い立てたりといったサポートが、戦闘の途中から多くなってきたように思う。それらは恐らく、俺の持つ戦闘力を最大化するための方策として、ヴェンデリン卿の指示で行われたものだったのだろう。
「なるほど、承知しました。もともと決戦時のための修練は迷宮内で行うのが最適だと考えております。定期討伐では、私を最大効率で使っていただく、その方法を探る場とするのが良いのでしょうね……」
俺がそうまとめると、ヴェンデリン卿は頷いた後、苦笑いのような表情を浮かべた。
「もとよりそのつもりではありましたが、我らが北方駐留軍の最大目標が、前哨戦で消耗しないための練習台とは……恐れ入ったというところですね。まあ今回でも、スノードラゴンやスケイルワームを単独で討伐したリョウ殿のことですから。驚きも今更というものでしょうが」
達観したような彼の言葉ではあるが、一つ忘れていることがある。
蛇足のようでもあるがそれを思い出してもらわなければなるまい。
「ヴェンデリン卿、その驚きはもっともなものであると言えるでしょう。ですがその先にある、更なる戦いに供給いただく戦力を選抜することも、この度の定期討伐の目的でもあります。勝つつもりではおりますが、卿には重々お覚悟を」
定期討伐を練習台にするような戦いが待ち受けており、そんな激しい戦いに、ともすれば死地に戦士を送り出してもらうことになる。俺がそう語調を強めて言うと、彼も重苦しく、視線を伏せて頷きを返してくれた。
と、意思疎通ができて安心したのも束の間。
彼は顔を上げて息を吸い、両手を広げて破顔する。
「まあ、今後のことはこの辺りでよろしいでしょう。今宵はそれよりも、喜ぶべきことが一つある」
彼の言いたいことは俺にもすぐ分かった。
部屋の外からも漏れ聞こえてくる。
勝利を祝う、音頭が聞こえてくるのだ。
「いさおし、おとこの、ちからの、かぎりよ……ってなもんです。珍しいですよ、鎮魂の言葉が入ってないのは」
ヴェンデリン卿が音頭に合わせて軽く歌い、その歌詞の内容に言及した。
定期討伐は、北方駐留軍の最大目標なのである。
それを被害も少なく、掛けた時間も短く、完了したのだ。
歌う男たちの声は明るく、歌う声に笑い声も混じっている。
なんというか、すぐにでも飛び出していきたい気持ちになった。
俺だ。俺がやったんだぞ。
お前たちがやったんだぞ。
きっとそういう会話が交わされているに違いない。
「そうですよね。今日は……今日は力の限り、まずは祝わないとですね」
司令部の窓の外に視線を向けながら言うと、ヴェンデリン卿がガタっと席を立った音が聞こえた。
「一年に一度ですよ。さあ、参りましょう!」
彼のそばに控えていた秘書も、俺のそばに立っていたトビーもにやりと微笑んだ。
俺たちは再び勝鬨を上げ、歌う男たちの輪に突撃していった。





