106 御前会議その2
本日2回目の更新となります。
ブクマいただいている方は前話を読み飛ばしていないか、ご注意いただければ幸いです。
「聖……騎士ですか? 語感から察するに、唯神教を関与させるということでしょうか。……いや、それよりも。陛下は騎士階級を復活させるおつもりで?」
宰相の疑問に対し、王が鷹揚に頷く。
「その通りだ。名分と、我が国にとっての利益を同時に満たしてくれる案とは思わんか?」
「なるほど、ううむ……」
宰相が考え込む様子を見るに、王の提案には十分検討の余地があると言うことだろう。
話題に出された唯神教の現聖女は、すまし顔で反応はない。
俺自身も、初耳の案ではあるがもうどうにでもしてくれという感じだ。自暴自棄というよりは、悪いようにはされないだろうと言う、王への信頼によるものである。
ちなみに騎士と言うのは、宰相が「復活」と言った通り、現在は廃れた階級である。
そもそもオーフェリア王国の貴族家は、建国時に平原の平定に参加した家々に端を発する。そしてその家々が、建国王に任じられた領地の守護のため、各自に軍事組織……騎士団を組織した。その騎士団の指揮官こそが、騎士と呼ばれる者たちの始まりなのである。
騎士は当初より、貴族家の人間から選ばれるのが通例であった。
領主との意思統一の意味でも、既得権益と言う意味でも、これは当然の帰結だろう。
しかし次に訪れた戦乱の時代……人と人の争う、建国王からすればある種平和な時期において、騎士階級は不要なものとなっていった。なぜなら戦時において、個々の貴族家よりもまず、国としての意思統一が必要であったからだ。
特に、対オーフェリア王国を目的とした諸外国連合が結成されるにあたり、当時の王が完全に騎士制度の廃止に踏み切ったのが転換点となる。
そうして生まれたのが現、統一王国軍である。
時の王の判断は、思い切ったものであったと言えるだろう。だが平原の覇者であるオーフェリア王国としても、史上初の劣勢に決断を強いられたのである。
騎士階級の廃止は、各領主の任命権を取り上げたかたちになる。当時すでに傍流の貴族にとって重要な地位でもあったため、各方面からの反発は当然大きかったらしい。
しかしそんな反発など、戦時に目の当たりにする現実の前には些末事だった。特権階級の慢心など、ありがちな弊害に不満を持っていた層がいたことも事実ではあるが、それ以上に、平原の覇者としての矜持が貴族たちに地位を捨てさせたのである。
ちなみに地位を捨てたといっても、それは軍事的な部分に限られる。
内政は現在も貴族家の領分だ。大戦後、王家が内政を行う官僚に市民を採用する方針を採ったことで、貴族家でも同様の動きはあったらしい。ただやはり幼少から高い教育を受けられることもあって、現在も内政の重要なポストはほぼ貴族で占められているようだ。
そして外務に至っては完全に据え置きである。対外的には貴族領地であることに変わりはないため、そのトップが外務に就くのは当然であった。
と、まあ。
フェリシアに与えられた「予備知識」にある貴族、そして騎士関係の知識はこんな感じだ。
改めて反芻してみると、騎士階級の復活が国に与える影響と言うのも、ある程度は推測はできるな。
「陛下は騎士と言う地位をどのような形で復活させるおつもりなのです? それ如何によっては、承服致しかねます」
「無論、貴族の地位としての復活は考えておらん。あくまでも軍人にとっての貴族的な称号とするつもりだ。多少の俸給を添えてな」
「なるほど……。そのようにお考えであれば、問題はないでしょう。ローグレン殿はいかがお考えか」
承諾の意思を示してから、宰相が軍の総帥に話を振る。
ローグレン氏も異存はないようで、むしろ破顔して場にそぐわないほど明るい声を出した。
「こちらとしては大歓迎だな! 時代が平和になって軍のポストも渋滞状態だ。何か目標になるものがあれば、兵士たちもやる気を起こしやすいというものだろう」
めちゃくちゃ機密情報をざっくばらんに語るローグレン氏に、宰相が顔を顰める。
なんとなく知ってても、公的な場所で、当事者から聞いちゃいけない情報ってのはあると思う。ポストが埋まってて昇進の当てがないとか、完全にそれだろう。
王家の面々はともかく、探索者組合長たちなんか聞いてないフリをするのが大変そうだった。
「さて、そろそろ議題も尽きてきたか……」
やや空気が弛緩したところで、王が面々の顔を見回す。
と、今まで沈黙を保ってきた唯神教の聖女の手が挙がった。
「一つだけ、お願いがございます、陛下」
「スノウ・グレイリィ。君からも何あるのか。せっかくの場だ、一つと言わず申してみるがよい」
王が促して、聖女は一つ頷いた。
「次代の聖女を此度の戦いに参加させていただきたく。初代聖女様もおわしますれば、我々も新たに拠り所とすべきものを造るべきかと、そのように愚考した次第です」
この場の誰より時代がかった言葉使いで聖女が言った。
服装がフェリシアに似通ってるのも相まって、霊体としてじゃなく普通に年齢を重ねた彼女に言われているような気になる。
いや、そう思うのは彼女の纏う雰囲気のせいか。
単純に、虚神とのつながりを持つ者特有の雰囲気があるのだ。
食物で置き換わる体はともかく、俺の魂は虚神のエネルギー由来だからな。彼女が神聖魔法に高い適性を持っていることは、看破を使わずとも良く分かる。
「しかしグレイリィよ。次代はまだ幼かったのではなかったか?」
「何も前線に立たせろというわけではございません。リョウ様のすぐ後ろに同道させていただければ良いのです。それに、確かにあれはまだ幼いですが、神聖魔法の使い手としては私にも劣りません。邪魔になることは無いと断言いたします」
「ふむ……もちろん私も、唯神教には少なからず助力を依頼しようと思っていた。その一環として、という話であれば、確約はできるだろう。だがリョウ殿の助力となりうるかは、私には判断できぬところだ」
「左様でございますか」
俺の関与しないところでそんな風に話が進み、聖女が俺に向き直った。
王の言を超簡単に要約するなら「リョウがいいっていうならいいよ」ってところか。判断の丸投げとも言えるが、実際同行させられるかどうかは実働部隊の判断に任せるということだろう。
「グレイリィ殿、私からも確約は致しかねます。此度の戦いがどのような様相を呈するか、戦力の配分も未定なところですから。ただ、次代の聖女様のお役目をないがしろにすることは致しません。未来のことを考えれば、必要なことであると確信しておりますれば」
相手の口調に併せて時代がかった言い回しをすれば、どうやら無理してやったことがウケたらしい。老いた聖女は口元に手を当て、上品にくすりと笑みを漏らした。
次代の聖女が俺にくっついて戦いに参加したい。
その意図は現聖女も言っていた通り、初代聖女による邪神封印以上の功績を次代に与えてほしい、ということである。
王は参戦できるかは俺に委ねると言い、俺は参戦できるかは未知数だが悪いようにはしないと答えた。それで不満は無かった聖女が、口調を合わせた俺の言葉に好意的な笑みを浮かべ……多分、了承の意を表したのだと思う。
いやー、貴族的な会話って大変だ。
自分の中でもいちいち翻訳しながら応対しないといけないし、額面上で聞いているとなんだか良く分からなくなってくる。
「左様でございますか……。ではリョウ様、よしなにお願いできますでしょうか。次代も役目のためなら尽力は惜しみませんでしょう」
「それは心強い。もちろん、神聖魔法の使い手は戦いに無くてはならない存在になるでしょう。そちらもお願いできますか?」
「強い力を行使する代償は、リョウ様もご存じのこと。でありますれば、志のある者をお預けするのに憂いはございません」
「ありがとうございます。ああそれと、先ほど少し伺った力の宝珠については、後日預かりに伺いますので」
「ええ、お待ちしておりますわ」
やっぱり貴族的な会話で脳みそがフットーしそうだったが、まずまず問題無しと言ったところだろう。
神官を戦力としてよろしくねと言ったら「神聖魔法の弊害(俺も以前うけた神威の影響)は知ってるだろうから考慮しろよな」と返されたが、まあ意識高い系神官を寄越してくれるらしいから、大事を前に多少無茶な使い方をしても文句は言われないだろう。
もちろん、俺だってみだりに被害や犠牲者を出すつもりはないけどな。
「では、以上でよろしいかな?」
そうして、最後の議題っぽかった聖女の話が終わり。
王から終会の宣言が行われ、最後に今回の戦いの勝利目標が改めて(というか初めて?)告げられた。
第一の目標は、力の宝珠二個と俺とフェリシアが封印の間にたどり着くこととなる。
奇襲云々の話は会議でもあったが、恐らく宝珠二個・俺・フェリシアが同時に迷宮に侵入した時点で決戦が開始するだろう。
次に第二の目標。これは決戦開始後に発生する邪神側の抵抗を、すべて排除することである。これは第三目標を完遂するための前準備である。
最後に第三の目標は、力の宝珠二個の力を使い、俺とフェリシアでコールゴッドを発動すること。そしてその結果、邪神をこの世界から排除することである。
フェリシアは王のこの言葉を受けて「もし劣勢なら俺を優先、両方が助からないならその時点で無理にコールゴッドを発動する」と補足した。不完全なコールゴッドは、良くて現状維持が関の山だろう。
俺とフェリシアにとっては自殺に近いが、残されるものには生きる可能性が残される。そんな策である。
まあその辺りは俺も考えていたし、覚悟の上ではあった。当然のように頷けば、意外と俺の覚悟は各人に響いたようで、会議に参加した人たちから真剣な視線が返ってきたのが印象的であった。
「我々人類の悲願のために、各人の尽力を期待する」
王の締めくくりの言葉と共に、ようやく長かった御前会議が、終わりを告げた。
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と、思ったのも束の間。
「では、リョウ様は次の間で少々お待ちいただけますか?」
「え? もしかしてまだ何かあるんですか?」
先に退出の許可を得て会議室を出ようとしたところで、イリスさんに捕まった。
とっさに嫌そうな表情が顔に出ていたのだろう。
俺の答えを聞いて、イリスさんが柳眉を撓めて苦笑を浮かべた。
「みなさま、それぞれ個別にリョウ様にご挨拶したいと仰せです。今後関わりのある方もおりますでしょうが、この機のみの方もおりますので、どうぞご協力を」
そう言われてしまっては無下にするのも忍びない。
トビーはともかく、俺の陣営扱いのアルメリアさんやアトラさんは先に退出しても良さそうだったが、付き合ってくれると言うのでお願いすることにした。
フェリシアは召喚用の宝珠から出っぱなしだが、まあ彼女はそのままでいいだろう。
最初に現れたのは探索者組合長たちだ。
数少ない顔見知りのマイトリス組合長は「白竜討伐おめでとう。満足に祝わせてもらえてなかったのでね」と言って去っていった。気弱そうなおじさんだが、確かに他のことが重大過ぎて、こうして素直に祝われたのは迷宮を出た直後の兵士さん以来かもしれない。何気に誠実な人のようである。
次に第二迷宮の組合長は、面長、七三分けの神経質そうな男で、値踏みするような視線と定型文を残していった。まあこういう人も中にはいるだろう。
最後にキンケイルの組合長。覇気のある壮年のおじさんだったが、ちょっと暑苦しい人だった。「君が『掃除屋』かね? いやあ、ウチに来ていた時に捕まえられなかったのは痛恨の極み」と大声で笑い、「そう言えば、ウチの探索者に君に話があるやつがいるらしいよ。心当たりがあるなら、良ければ時間をとってやってくれ」と言われた。
多分エイトやロミノのことだろう。わざわざ伝えてくれたのだから、帰る前に会っていくことにしよう。
次は聖女スノウ・グレイリィだ。
丁寧にお辞儀され、力の宝珠を取りに来る際の連絡窓口を教えてもらった。
その際面倒だったので貴族的でない普通の丁寧語で話したら、やっぱり上品な笑みを漏らしていた。好意的な笑いだったので、案外こういうしょうもないことで笑う人なのかもしれないな。
お次は軍の総帥ルドマン・ローグレンである。
分かっていたことだが、彼はキンケイルの組合長に輪をかけて暑苦しい御仁だった。
会議中からすでに色々と戦力の配分とかを検討していたらしい。精鋭部隊からの選抜だとか、北方駐留軍との面通しの日程だとか、矢継ぎ早にまくしたてられることになった。
早くも俺の頭はパンク状態である。背後に控えるアトラさんが猛烈な勢いでメモを取り始めてくれて平静を装えたが、内心冷や汗の滴る会話であった。
というか俺の予定のメモを取ったりするのって、立場的にトビーの役割じゃなかろうか。
……いや、トビーは戦士だし、要求するのは酷というものか。
俺だってやれと言われたら嫌だしな。
レイアさん辺りを連れてくるべきだったのかもしれない。
閑話休題。
無茶苦茶面倒くさい総帥との会話を捌き、その後苦笑して現れた宰相とも挨拶を交わした。
財政のことは口を酸っぱくして言ってはいたが、実際にはあまり気にしなくてもいいとのことである。本来は自分の領分で、何か思いついたら教えてくれればいいと大変優しいお言葉を頂いた。
最後は王族たちである。
アルセイド公爵は「色々あるが、今日はやめておきましょう。さらば」とせっかちに去っていった。
一方王子からは「自分が名代として動くこともあるから、これからよろしく」という内容を、物凄く丁寧に伝えられた。どうやら王自身は諸外国との外交に赴くことが多くなるらしい。公爵があの調子だし、歩調が合わせられそうな王子とは仲良くやっていきたいところである。
そして、王。
「今日はいきなりのことですまなかったな。それに、堅苦しい場で肩が凝ったであろう。ご苦労であった」
「いえ……。陛下こそ、まさか司会をされるとは思わず、驚きましたよ」
「そこはあまり触れんでくれ。慣れぬことで全く自信が無いのだ」
気恥ずかしそうに王が肩を竦め、笑みがこぼれる。
相変わらず権力者らしからぬ、人好きのする性格の御仁である。
「だが……情報がこれほど込み入るのも、今日限りだ。そのために今日に詰め込んだのだからな。今後は目の前のことをこなすことに邁進すればよくなるなずだ。大変だろうが、お互い頑張ろうではないか」
王にぽんと肩を叩かれる。
労わりの言葉を聞いて、会議からこちら、張っていた緊張がほぐれるのを感じた。
「ところで、さんざん皆に問い詰められていたが、なにか心配ごとはないか?」
「どちらかというと、皆さんが私たちのことを好意的に捉えてくれていて驚きました」
「まあ……それは裏で色々とな。もちろん彼らにも思うところはあろうが、やるべきことであるという認識までは、私からよく話して理解してもらったつもりだ」
やはり、事前の根回しはあったようである。
今日の会議は、本来ならまとめるのが相当困難な内容だったはずだが、王のマメさには頭が下がる限りである。
そう思って「なにから何まですいません」と言うと、きょとんとした反応があり、次いで王は可笑しげな笑い声を上げた。
「はははは! 何から何までとは! はっははははは!」
心底面白いという風な笑いである。
なんかやらかしたかと王子の方を向けば、口元に手を当てて笑いをかみ殺しながら苦笑している。似た者親子かよ。
「まったく、それはリョウ殿の言う言葉ではないぞ? いや、ならば、私からも同じ言葉を返させてもらおうじゃないか。何から何まで押し付けてすまない、とな」
「私がですか?」
「そうとも。理解しておらんのか?」
王が俺の後ろに視線を向けたので振り向くと、トビーも師匠もアトラさんも、頷いて王の言葉を肯定している。
「コールゴッドの主たる行使者で、決戦の主力。傷痍兵を癒して財政への考慮をし、決戦に挑む兵を率い、魔法開発にも関わる。おそらく探索者との橋渡しにも、関わることになってくるだろうな。さて、もう一度言おうか?」
「陛下、分かりました、分かりましたから」
一から十まで口に出されて、改めて理解した。
確かに王の言う通り、俺って仕事抱え過ぎだよな……。
いや、そんなのは元より承知だったはず。単に目を背けていたってだけなのだろう。王が色々と気を回してくれるのも理解できることである。
「皆がリョウ殿に対し概ね好意的であったのは、これが理由と言うのもあるだろう。大小差はあれど、彼らは組織の長だ。それぞれが余るほど仕事を抱えているはずだからな」
その情報はあんまり知りたくなかったかもしれない。
もっとカッコイイ理由で味方になってほしかった。
いやまあ仲間意識ってそういうもんかもしれないけど。
「リョウ殿、くれぐれも無理をするのではないぞ? 迅速さが求められるかもしれんことではあるが、周囲をよく頼るのだ。自分でなければならないことを選別せよ。それが多くの責任を負うものの、最も大事な役目というものだ」
最後に王はそう締めくくり、王子や供回りを連れて去っていった。
これでようやく終わりか。
さっき一回未遂になっているので、本当に終わりか未遂にさせたイリスさんに視線を向ける。
彼女から了承の頷きが返ってきて、ようやく俺の御前会議は、本当に終わりを告げたのであった。
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