105 御前会議
ご無沙汰しております。
久々の更新となりまして、申し訳ございません。
ようやく、という更新ですので楽しんでいただきたいんですが、実は内容は結構地味なので「話がある程度動いてから読みたい!」という方はしばらく放置してから読んでいただくのが良いかと思います。
本日は朝夕二回、以降は朝一回の毎日投稿で予定しておりますので、ご自身の気分に合わせて読み方を選択していただければなと思います。
王城の転移部屋に転移すると、担当官のイリスさんが出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、リョウ様」
「わざわざ出迎えありがとうございます」
イリスさんが頷いて俺の後ろにちらりと視線を向ける。
その意図を読み取って、俺は連れてきた面々を紹介した。
紹介を始めて分かったが、どうやら師匠とは魔法学園時代の知り合いらしい。二人が交わした言葉を聞くに同期とかだろうか。
一方アトラたち異種族の応対をするのは初めてらしく、「失礼があるかもしれませんが、ご容赦を」なんて畏まった挨拶をしていた。
「それで、聖女様がいらっしゃると伺っていたのですが……?」
「聖女は後程、私が魔道具で召喚いたします。少々特殊な存在ですので」
「魔道具ですか……ではその旨、事前に陛下に報告いたします。これから待合室にお通ししますので、そちらで少々お待ちいただけますか?」
よく考えれば、王の眼前で魔道具を使うのは問題があったか。
その魔道具が王に危害を加えないものという確証も無いわけだしな。
歩きながらイリスさんにそのことを謝罪すると、
「いえ、実はこちらからも予定外のご報告があるので……」
と苦笑が返ってきた。
詳しくは待合で、とのことだが、とりあえず魔道具の使用とおあいこということで話を進めてくれるらしい。
待合室へと移り、イリスさんから話を聞いた。
どうやら急遽関係する組織の長を同席させることになったようだ。元々関係者たちとの打ち合わせは予定されていたが、一気にやってしまおうってことだな。
ちなみに関係する組織というのは軍部、魔法学会、唯神教、そして探索者組合の四つである。今日は独自の魔法研究についてが主な相談事項だったのだが、王は「現在何に直面しているのか」を、もう少し広い範囲に話す機会にしようと考えたらしい。
「それにしても……陛下からは段階的にやると伺っていたのですが、いきなり話が進んだんですね」
「ええ、どうも方針の転換があったようです」
方針の転換ねえ……。
なんとなくだが、きっとせっかち者のあの人が原因だろう。
そう思って聞いてみると、やっぱりアルセイド公爵からの進言によるものらしい。
相変わらずだなあ。
けど、判断としては極めて合理的だと思う。
みんな忙しいし、軍の再編も魔法研究も、探索者の配置換えだって早く始めるに越したことはない。各人の驚きとかそういう心情は、「各々なんとかしろ」みたいな副音声が聞こえなくはないが、ぐだぐだ言ってる暇がないのは確かだからな。
「こうなるともう、面会というより会議ですね」
「そうなりますね……。急なお話で申し訳ございませんが、お願いできますか?」
すまなさそうに言うイリスさんに、笑って頷きを返す。
アトラさんの方はどうかと聞いてみれば、少し逡巡するような反応が返ってきた。
これは彼女が持つ情報を、王以外に話す影響を考えたためだろう。
邪神は人の感情を喰う存在である。その情報自体重要なものではあるが、それ以上に、それを知ってしまったことによる影響をこそ考えないといけない。負の感情をより好む邪神に対して、恐れを抱く原因になる可能性があるからだ。
「アトラさん、ここでは話してしまいましょう。不用意に拡散させるのは避けたいですけど、必要な場所に情報を届けなければ、逆効果になりかねない」
「……ええ、そうですね。リョウ様もおりますから。私も怯えてばかりはいられません」
アトラさんはそう言って、自分を落ち着かせるように胸に手を当て、深呼吸をした。
彼女は世界記憶から邪神の情報を得ている。
アカシックレコードは世界の記憶だ。恐らく、彼女は邪神の侵略について、より直接的な、より凄惨な光景を見たのではないだろうか。
だとすれば、彼女自身の邪神への恐れはどうなんだろう。
彼女は俺を頼りにしているようだが、俺に会っただけで克服できるようなものなのだろうか。
「では、こちらで少々お待ちください」
イリスさんが部屋を出ていくのを見送り、そのことについて話を振ってみることにした。
「あの、アトラさん……」
「なんでしょう」
「アトラさんは以前にアカシックレコードから邪神の情報を得たと言っていましたけど、邪神への恐怖は大丈夫ですか? 今の今まで気が回らずすみませんが……」
俺の問いを受け、アトラさんは少し驚いたように目を見開いた。
けれどそれも一瞬のこと、次いで彼女は笑みの混じる穏やかな表情を浮かべる。
「ご心配ありがとうございます。実のところ、私もリョウ様にお会いした際には、魂魄魔法による施術を受けるつもりだったのです……ですが」
「ですが?」
笑みが苦笑へと変化する。
言いづらそうに、アトラさんは口元をもごもごさせた後、
「リョウ様がお戻りになり、丸一日お眠りになっていた時に、もう一度アカシックレコードにアクセスしたのです。そうして私は、貴方がどのように試練を乗り越えたかを知りました」
と言った。
「つまりじゃあ……あの迷宮の底でのことを?」
「直接見聞きしたとは少し違う内容ではありますが……その通りです。それで、私は確信したのですよ。邪神に対抗しうるのは、まさしく貴方のような方であると。そしてその確信を得てからは、以前のような恐怖を感じることが無くなった……。ですから、私が邪神から受ける恐怖のことは、ご配慮いただかなくても大丈夫です。貴方が健在な限りは」
アトラさんは淡々と、自身のことをそうまとめた。
……あの迷宮の底でのことを知られたのか。
なんと言うか、恥ずかしいやら情けないやら。
そのことにちょっと動揺してしまったが、アルメリアさんに目配せをすると、視線で「落ち着け」との返答があった。
その視線に気持ちを整える。が、俺が異世界の魂を転写し造られた、人工の模造体であると、彼女に知られてしまったのは事実である。アトラさんは好意的な反応だったが、なんとも思わなかったのだろうか。
「俺が……どのような存在か知ったということですよね?」
「ええ、そうです」
「それでも、邪神に対抗しうると思ったのですか? あの時のことを知っても?」
「はい……いえ、だからこそそう思ったのですよ。リョウ様の感じた絶望が如何なるものであったのか、何を拠り所に立ち上がってくださったのか。それを知り、あの邪神との戦いに欠くことはできないと、真にヒトが頼るべき存在だと、私はそう思いました」
自信のある表情で言われても、俺にはピンとこなかった。
「自分は自分である」と言う、子供が思春期に理解するようなことに、俺は仲間の存在が無ければ思い至ることができなかったのだ。
「自信をお持ちになれないのは、きっと貴方がご自身の絶望を過小評価しているからです。確かに、決して誰も立ち向かうことのできない絶望ではなかったのかもしれません。ですが、あれを真に突き付けられ、直面し、経験し、乗り越えたことのある人間は、この世界で唯一貴方だけでしょう。ヒトが……ヒトから生まれてくるものであればこそ、そう断言できます」
アトラさんの語調は強かった。
まるで俺に言い聞かせているよう……、いや、実際言い聞かせてくれようとしているのか。
要は励ましてくれているのだ。
あまり絡みのない彼女にまで心配されるのは少し唐突な気もするが……。
なるほど、そうか。
「師匠ですね?」
俺の言葉に、アルメリアさんが笑みを浮かべる。
「ふふふ、話が早いね。君の考えの通りさ。君がしっかり立ち直ってくれないとこの先大変だろう? それに……平気そうに振る舞う君が本当に大丈夫なのか、少し心配だったからね」
最後は気恥ずかしそうに言った彼女の言葉に、胸が熱くなる。
不思議な感覚だった。忘れていた、とでもいうような……。
いや、真実忘れていたのだろう。
誰かに向けられた打算の無い優しさを、素直に受け入れるための心を。
「リョウ様は果報者ですね。アルメリア殿にここまで想われているんですもの。この話をした時なんて……」
アトラさんがクスクス笑いながら言って、アルメリアさんを「ちょっと! 言わないって約束だろう!」と慌てさせた。
俺は望外に与えられた優しさを心の中で反芻しつつ、後ろでニヤニヤ笑っていたトビーをシバきつつ、イリスさんからの呼び出しを待つことにした。
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「お待たせいたしました、これより会議の場へご案内いたします」
「思ったより早かったですね」
俺のリアクションにイリスさんが苦笑する。
また公爵の仕業かと思ったが、今度は王に「リョウ殿を疑ってどうする」と急かされたらしい。
信頼してくれるのは嬉しいが、ある程度の警戒はこっちとしてもして欲しい。主に王以外の人たちへの信頼度的な意味で。
ともあれ、いよいよ待ち望んでいた機会が訪れたわけだ。
王族と水面下で動かしていた話が、ようやく明るみに出るんだからな。
俺たちはそれぞれ気合を入れて、王の待つ会議室へと移動を始める。
そうして部屋へ通され、各々席に着いたのも束の間。
王は早速と咳ばらいをして話の口火を切った。
「リョウ殿、よくぞ参られた。早々で悪いが、まずはこちらの紹介から始めさせていただこう」
そんな風に話し始めたわけだが、王が直接会議の司会をするなど普通ありえないことだろう。紹介された面々も、少々驚きの表情を浮かべている。
話を振られて丁寧に自己紹介をしてくれる辺り、事前に話は通してあったのだろうが、王自身が会議の舵取りをすることはサプライズだったのかもしれない。
ちなみに会議室は縦長の長方形をしていて、それに合わせるように長方形の大きなテーブルが置かれている。部屋の入口から見える奥正面の短辺に王、王子、公爵の三人が座り、その右手に各組織の長、左手に俺たちが座っている格好だ。
紹介は、王に近い席から宰相、軍の総帥、魔法学会の理事長、唯神教の聖女、そして探索者組合の長たちと続いていく。いずれもある程度の年かさの者たちだ。その後ろには副官か書記官かは分からないが、それよりはやや若めの人間がおおよそ一人ずつ立っている。彼ら副官たちの紹介は省略された。
紹介の順に顔を互いに合わせていくが、見知った顔はマイトリスの探索者組合長くらいである。
聞いていた通りの顔ぶれで、正直迫力のあるメンツだ。
後ろに立つトビーなんかは顔面蒼白になってるんじゃなかろうか。
二つ隣に座る師匠も、心なしか顔色が悪いように見える。
順番が回ってきて、今度はこちらの自己紹介を済ませていく。
トビーやアトラの従者ホランドは向こうの副官たちと同様、自己紹介は省略である。
「最後にリョウ殿、あのお方をお呼びいただけるかな?」
「承知いたしました。では陛下、御前で失礼します」
本日の主役の召喚を乞われ、テーブルの上に媒体となる宝珠を置く。
「それでは……聖女様、よろしくお願いします」
宝珠に指で触れ、魔力を通しながらそう言うと、淡い光が溢れ始める。
光はどんどんと大きくなって、次にぼんやりと人の形をとり始め、最後に半透明の像を形作った。
「おお……」
「このお方が……」
対面から感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
事前に聞いていたが、いざ直面して思わず、といったリアクションであった。
王の方に目を移せば、彼も子供のように目を輝かせている。
「ふう、上手くいったわ……って、なんだか思ったより人が多いわね」
「ちょっと予定が変わったみたいなんだ。全員に状況を周知するところから始めることになった。頼めるか?」
「……ええ、分かったわ」
話の組み立てを考えたのか、フェリシアは一瞬考えるような表情になった後、王の方へ向き直った。
「陛下、ご機嫌麗しゅう。私はフェリシア・リンクスと申します。この度はこのような場を設けていただき、ありがたく存じます」
「う、うむ……。い、いや、そう畏まらんでください。フェリシア殿は我々にとって恩人、偉大なる御方なのですから」
気圧されるように返答した王は、すぐに持ち直して丁寧な言葉でそう言った。
どうやらフェリシアに対しては、人が文明を多少なりとも保持できた恩人として、俺以上に上に置いて遇するつもりのようである。
彼自身の気持ちもあるだろうが、臣下へのパフォーマンスの意味合いもあるのだろう。事実、王の言葉遣いに得心したような表情の者もいた。
「あら、私のことはなんと?」
「初代の聖女であると、リョウ殿より伺っております」
聖女と言う言葉に、唯神教のトップ、つまり当代の聖女がピクリと反応する。
「聖女という呼び名は、一部正しく、一部誤っていると言えましょう」
「と言うと?」
「邪神を封印した者、という意味ではまさしく私が初代の聖女です。ですが、私は唯神教という宗教の中で、重要な位置におかれるような人間ではございません。当時唯神教は存在していませんでしたし、私も後世に残る様な行いや言動をした記憶はありませんので。……もちろん、邪神の封印を除けば、ですが」
フェリシアの説明はつまり、自身は唯神教とは関わりが無い、という宣言でもある。
唯神教の成り立ちを否定するような話にも聞こえるが、当代の聖女である老齢の女性は特段気にしている風でもない。あくまで宗教は宗教として、ということなのだろうか。
来歴自身が事実を言いふらしたりしない限り問題は無さそうし、まあ大丈夫なんだろう。
「では、なんとお呼びすれば?」
「そのままフェリシアと」
「……承まわりました。ではフェリシア様、貴方がなぜそのようなお姿でいらっしゃるのか、なぜリョウ殿を遣わして我々の前に姿を現して下さったのか、その理由をお教え願えますか」
「ええ、もちろんです。それでは始まりの話から……」
そうして、フェリシアの昔話が始まった。
いつか迷宮の底で聞いたあの話である。
当時の状況、フェリシアが如何なる存在であるのか、迷宮の真実、邪神復活が近づいていること……。細部は省き大まかに、俺の来歴については特にぼかしながら、話が進んでいく。
フェリシアは俺を「資格を得た者」と紹介した。
神降ろしを行う適性に加え、才能の器という、邪神の眷属に対抗するための能力に適性を示した人間として。
最終目標は、迷宮の底に封印された邪神を、コールゴッドの力でこの世界から追い出すこと。そのために必要な事項を伝えることが、自分が迷宮の底からこの場に現れた意味であると、彼女は説明した。
すなわち迷宮内の魔物を狩ることで邪神の力を削ぐこと。
恐らく妨害を加えてくる邪神の眷属との戦いに向け、戦力を整えること。
その戦いで俺が使うための強力な魔法を開発すること。
「……ここまでが、最後の戦いに向けた準備……その基本的な部分になります」
フェリシアはそこで一旦話を切った。
基本的と言ったのは、敵がこちらの動きに対してどんな対応をしてくるか、今の時点では未知数だからだ。もちろん完封するつもりで準備はするが、読み切るのは難しいだろう。
「……」
「……」
フェリシアの話を聞いた面々は難しい顔で黙している。
語られた情報量の多さもそうだが、平和な時代に生きる人間としては、直面する危機の大きさに対し、理解はできても飲み込み難い部分はあるのだろう。
「陛下、邪神に関しては、使者殿も情報を持ってきて下さっているようです。そちらも聞いていただけますか」
「ほう! いや……うむ。左様か……」
追撃とばかりにアトラさんからの追加情報について話を振ると、王は一瞬喜んだ後、落胆したような表情を見せた。
「なんともはや……私としたことが。森の使者殿の話を今の今まで聞かずにおるとはな。いやはや申し訳なかった。使者殿、お話しいただけるか?」
落胆は自分に対するものだったらしい。
まあカステリオン戦の直前に話を聞いた時、森の民が使者として現れるという「兆し」の重要性を説いたのは、彼自身だったしな。
カステリオン討伐が重要案件過ぎて優先度を下げられて、今に至るという感じだろうか。
「お許しいただきありがとうございます。では、巫女術により得た情報をお話しさせていただきます」
心底申し訳なさそうに話を請う王に、アトラさんから具体的な邪神に関する情報が語られた。
邪神が人の感情を……主に負の感情を好んで喰らい、文明を破滅させてきたこと。それゆえ邪神やその眷属たちが、人心を惑わすような手段に出る可能性があること。そしてその対抗策としての魂魄魔法の存在についてである。
「魂魄魔法については、先日魂魄魔法使いカステリオンを討伐し、そこで得られた資料の解析を依頼させていただいています」
アトラさんの話に再び沈黙が場を支配しそうだったので、言いながら魔法学会の理事に視線を投げかけてみる。
すると、
「それについては、こちらでも進捗は把握しています。しばらくすれば魂魄魔法も実用化の目途が立つでしょうが……今日の話を聞いてしまっては、優先順位を最優先に繰り上げなければならないようですね」
ローブの裾でモノクルを拭きながら、小さな溜息と共にそんな返答が返ってきた。
学会理事は白髪の老爺で、第一印象は若々しい老人と言う感じである。ふと顔を上げた彼と視線が交わったが、表情からあまり感情は読み取れない。だがその脳裏では、膨大な思考を巡らせているように見えた。
「新たな魔法の研究については?」
「エルメイル教授を借り受けたいという話でしたか。もちろんそれも問題はありません。研究成果は後程共有いただけるという話でよろしいですかな?」
「ええ」
実際のところはヤバそうな呪文ができたら秘匿するつもりだが、ここであえて触れる必要もないだろう。
「ふむ、であれば懸念の一つは解消されるというわけですな。しかし今語られた情報は……展開する範囲を検討する必要がありそうだ」
次に発言したのは軍の総帥である。眼光鋭い角刈りの中年で、偉丈夫と言って差し支えない体格の男だ。溌溂とした雰囲気があるから、もしかすると実年齢は予想より上かもしれない。
総帥は腕を組みながら、考え込むような表情でうーむとぼやいた。
そして瞑目しながら、提案と質問の入り混じった言葉をつらつらと並べ立てていく。
曰く、
最終決戦は迷宮の最深部か。であれば閉所戦闘になるのか。
今からそこに奇襲を掛けることはできないか。
北方領域から戦力をまわすべきか。
探索者組合の長たちが居るということは、探索者からも戦力を募るつもりか。
その言葉の数々は、邪神との戦いをもはや逃れられないものとして捉えた上でのものだった。彼は早々に戦いの在り方を考え始めてくれているのだ。頼もしい限りである。
彼の質問には、俺とフェリシアで協力して都度回答していった。
最終決戦の地は、封印の間で力の宝珠を用いて行う必要がある関係上、迷宮の最深部となる。いかにコールゴッドと言えど、目的を達するには宝珠二個分の力を邪神の封印に直撃させなければならない、というのがフェリシアの考えなのである(この時ついでに力の宝珠について聖女に伝えたが、簡単に了承が得られた)。
そんな感じで、戦闘が迷宮内であることは確実となる。
ただ、閉所戦闘にはならないらしい。
どうやらフェリシアは門番たちを援軍として差し向けるために、最深部を含めた迷宮各所の部屋を拡張予定とのことだ。それにより、場所を選べば数十人規模での戦闘が可能になるようである。
もちろん邪神が人の意思を喰らう存在である以上、多人数が戦闘に参加することには大きなデメリットもある。そのことについても、総帥にはしっかりと説明しておいた。
奇襲作戦についても、先の通り最深部が目的地であるうえ、反撃の程度が未知数のためリスクが大きい。
邪神勢力との戦いには魂魄魔法が必要不可欠だ。しかし解析が完了していなければ、負担は俺一人が負う羽目になる。その他の戦力的な部分を考えても、今すぐ攻めるのは流石に博打もいいところだろう。
北方の戦力については精鋭を回して欲しいという要望に併せて、俺の方から逆に二つほど提案を行った。
一つは支援部隊に回っている傷痍兵(身体欠損者や呪いに侵された兵士)を、俺が治療するというものだ。そうして癒した兵士たちを、北方領域から回してもらう戦力の補充要員にしてもらう。どうせ術の開発やらで魔力を消費し切れない日もあるだろうし、俺の魔力を余らせるのはもったいないからな。
もう一つは決戦部隊の習熟訓練を北方で行うというもので、訓練と北方の安定を狙った一石二鳥の案である。
いずれも王国に益のある内容であったため、これらはすんなりと受け入れられた。
最後に探索者に関する質問だ。
彼らは一部の上澄みを除いて軍属の兵士より実力が劣っている。その一方で閉所戦闘には一日の長がある。迷宮の魔物を狩って邪神の瘴気を削ること、それを第一の仕事にしてもらうのがいいと説明した。
「ふむ、ふむ……なるほど」
「どこまで情報を展開するかについては、正直私も決めかねています。特に戦いに関与する人員については注意が必要でしょう。ローグレン殿はどうお考えになりましたか?」
顎ヒゲを撫でながら頷く軍の総帥、ルドマン・ローグレンに問いを投げかけてみる。
人心を惑わす手段を取られた場合、最も影響を受けるのは戦闘に参加する人たちだ。発生した負の感情を搾取されるのは誰しも等しいが、士気が下がれば戦力の低下に直結するからな。
もちろん開示しないことも付け入る隙を与えることに繋がるが、どちらの影響が大きいのかを今の時点で想定するのは困難を極めるだろう。
「難しい質問ですな……。少なくとも、決戦に参加するのであれば開示は必要でしょう。ですがそれ以下、探索者を含めた掃討部隊と言うべき者たちまで広めるのは、対象者の数から言っても、あまり望ましくはないと考えられます」
人数が増えるほど統制は困難になる、ということか。
邪神の情報の開示は邪神に対する不安、恐怖を芽生えさせる原因になる。一方で、戦う覚悟をするには不可欠なものだ。だが全員が覚悟できるかと言われればそんな断言は不可能だし、統制を行うにしても人数が増えればフォローが聞かなくなる可能性は高い。
本当に難しい判断になるな……。
というか開示が必要な情報なのに、それ自体が弱点になるって結構しんどい状況だ。
「話の腰を折るようで申し訳ございません。情報開示の件については、私からもお話したいことがあるのですが、よろしいですかな?」
と、考えに沈みかけたところで、宰相の手が上がった。
王に促されて始まった話は、政務を進める上で役人に情報開示をしない場合、代わりとなる名分が必要だというものだった。
「戦力を動かせば物も資金も動くもの。その意図が分からなければ、それ自体が人心を惑わすことにも繋がりましょう。加えて一つ小言を言わせてもらえば、消費される財源のこともご考慮いただけますか。リョウ殿からいくつか軍事に関する提案はありましたが、それだけでは心許ない。事がうまく行ったとして、残った国が破綻しては元も子もないですから」
政務を任せられている者としての発言である。残った国が破綻しては意味がないというのは確かにその通りで、彼の発言に異を唱える者は誰もいなかった。
それにしても、名分か。
情報開示に更なる難題が追加されたな。
そんなことを考えながら困って王に視線を向けると、力強い首肯が返ってきた。
そして大仰に一つ咳払いをし「それについて私に一つ考えがある」と言って間を取った後、
「リョウ殿を……『聖騎士』として任命するのだ」
と、そう言った。
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