104 一時帰還
部屋から退室した俺は、担当官から詳細な情報を受け取って、マイトリスへと帰還した。
戻ってからまずやったことは、カステリオン戦の報告だ。
いちいち全部話す必要も無いだろうが、迷宮の試練で一ヵ月も行方不明になっていたのだ。これ以上心配を掛けないようにと考えてのことである。
ただまあ、結局シータやレイアにはかなり心配されてしまったんだけどな。
そこそこ危ない橋を渡った自覚もあるし仕方ない。
とはいえ今後も似たような状況はあるはずだ。邪神追放に向けた修行ともなれば、今後も危険を顧みないことは恐らくある。彼女達には悪いが、慣れてもらわないといけないだろう。
もちろん、俺の方も無謀と挑戦を履き違えないようにしないとだ。
余計な心配を掛けないようにな。
次にカトレアからの反応だが、「ああそうなんだ」といった簡潔なものだった。
関心が無いというよりは「そっちも頑張ってるんだね、あたしも頑張るよ」みたいなドライな感じである。
これはまあ、激しい鍛錬で疲労が溜まってるせいもあるだろう。
ピークを過ぎた肉体を叩き直すのに大分難儀しているらしい。
それから師匠だが、戦いでの話を聞いて、何かに思い至るような反応があった。
どうも俺のための新しい魔法開発の方針が定まったらしい。
師匠によれば、今の俺の最大呪文である「完全熱量転換」の欠点は、決定力不足だと言う。
正直俺としては、あの魔法に決定力が無いとは思っていない。
俺は最後にはいつもあの魔法に頼り、敵を打倒してきたのだ。
だが、事実としては異なる側面もある。
白竜といいカステリオンといい、強敵には復活などの対応を許してきた。
この場合不足しているのは、決定力というより打撃力と言った方が適切かもしれない。パーフェクトコンバージョンは膨大な熱量をぶつける呪文だが、その熱量が相手を殺しきるまでの時間は、敵の強さに比例して長くなるみたいだからな。
ともあれそういうわけで、師匠は一つの結論に至ったわけだ。
強力な『結果』を『一瞬で』発揮する魔法。
それが俺に必要な魔法なのだそうだ。
さて、そんな感じで一夜明け、俺は王との面会の件をフェリシアに話すため迷宮にやってきていた。
「おーい、フェリシアー!」
迷宮を出る時に教えてもらった通り、迷宮内で彼女を呼べば、
「あら、どうしたの?」
気安い様子でふわりとフェリシアが姿を現した。
初対面の時とは打って変わった軽い登場である。
「話し合いやらなにやら、取り合えず進捗報告だな。それとあんたにも手伝ってもらいたいことがあるんだ」
「流石に仕事が早いわね。とりあえず、聞かせてもらおうかしら」
迷宮地下一階の、人気のないどん詰まりの小部屋。
突起のような迷宮の構造物にフェリシアが腰を下ろすようにする。
それを見て……なんというか、尖った突起がお尻に刺さって痛そうだなと思ってしまった。まあ幽霊だから腰かけているように見えるだけで、体重は掛かってないんだけど。
そんな無駄なことを考えながら、俺は報告を始めた。
「……なるほど、根回しってことね。分かったわ、王城へ出向いて、私から状況を説明する。……それより」
「ん? なんだよ」
「いえ……大分と持ち直したみたいだなと思って。貴方の精神状態は心配していたのよ」
俺の精神状態を危うくする原因は彼女自身である。
申し訳なさげな言葉は、その自覚があるからだろう。
まあ俺だって彼女に嫌味のひとつも言いたい気持ちはある。
ただ負い目を感じる相手に追い打ちをかけるのは、単なる意地悪だからな。
そもそも趣味じゃないし、今後の彼女との関係性を考えるなら、放っておくのが良いだろう。
まったく気にしないのはどうかと思うけどな。
そうでないなら、負い目は自発的に感じるくらいで丁度いい。
俺は肩を竦めるジェスチャーと共に、フェリシアに仲間との会話で持ち直したことを伝えた。
「師匠には、未来のこともよく考えろって言われたよ」
「そう、良い仲間ね……。それに未来か……ああ、そのための根回しってことか」
「そうだな。まあ、俺も色々と考えたってことだよ。それより覚悟しておけよ? さっき話した通りみんなアンタにおかんむりだからな。会ったら文句の一つや二つは飛んでくると思うぞ」
俺の言葉にフェリシアは「そうね、覚悟しておく」と言って苦笑した。
「それで、どうやって王に会うつもりなんだ? まさか迷宮まで呼び出すつもりじゃないだろ」
「もちろんよ。これを持っていって」
フェリシアが差し出した物体……ビー玉のような、薄紫の小さな宝石を受け取る。
彼女は幽体であるため物質には触れられないはずだが、手渡されたということは何か特殊な術が掛けられたものなのだろうか。
「私の依り代となる宝珠よ。力の宝珠の極小版というか、まあ虚神の力の結晶ね」
それが何故依り代になるのかとか、詳しいことは分からないがそれはまあいいか。
それより受け取ったコイツをどう持ち運ぶか考えないとな。
ポケットに入れるのはちょっとあれだろうし、首から提げれる長い紐をつけた巾着でも作るか。
そんなことを考えながら、最後に魔法開発に関する話を少しして、俺は迷宮を出ることにした。
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二日が経過し、王都へ向かう段となった。
この二日の間、俺はフェリシアの依り代袋を作ったり、フェリシアとみんなの顔合わせをしたりして過ごした。
その顔合わせについては……まあ概ね安着できたという感じか。
みんなから一言ずつ文句をもらったフェリシアは、神妙に俺への謝罪を口にし、俺のことを頼むとみんなに頭を下げた。
師匠からの詰問にも、彼女は丁寧に回答していった。
一つは自身の分身を創造するという方法について。
これはどうやら、創造された分身が一分ともたずに崩壊するため、破棄された案であるらしい。世界の法則として許されざることであるのか、肉体を持たない彼女のコピーゆえであるかは不明とのことだ。彼女自身、同一存在への強い忌避感が湧いたと言っていたし、どちらかといえば前者なのかもしれない。
それから適性者の赤子を創造するという方法の可否について。
これも魂の転写と肉体の創造において、色々制限のある方法であったようだ。
まず大前提として、適性者の魂の転写は、魂を探索する魔法で見つけたその年齢から動かすことはできないようだ。そして探索の魔法は、発見した適性者の情報をストックしておけないのだという。
探索魔法を行使するエネルギーは、確かに虚神由来であるため無尽蔵と思えるほどにはある。しかしその抽出には時間が掛かり、探索にも時間を要する。フェリシアは「どこかで妥協点を見つける必要があったのよ」と言った。
つまり例えるならば、トランプの山札を、より強い札を求めて上からめくっていくようなものだ。めくった札は破棄、めくる回数にも制限があるならば、赤子の適性者が出るまで続けるより、俺のような適性者で妥協することも必要である。
これらの回答には、誰もが納得を示していた。
だが師匠からは「本来なら貴女からリョウに告げなければいけないことだ」と叱責があり、それについてもフェリシアから俺に謝罪があった。
俺としては流石に「もうやめたげてよお!」という感じではあったが、下手な擁護もためにならないので神妙に頷いて、その日は解散と相成ったわけである。
その他にあったことと言えば、公爵から大地の精霊の使者に向けて、使者が送られてきたことだろう。アトラたちと王との謁見を望んでいたようで、その日程が決まったという報告である。
なんでそれを俺が把握しているのか。
その原因は公爵からの手紙にあった。
公爵曰く「リョウ殿に転移を依頼してくれ」とのこと。
完全に俺を足として使おうというわけだな。
まあ、公爵のせっかちな気性は今に始まったことでもない。多少の失礼より実利を優先するのは、今の状況なら一層必要なことだろう。
それに俺みたいなテレポーターを遊ばせておくのはもったいないもんな。
誰だってそうするだろうし、俺だってその判断に異存はない。
アトラなんかは死ぬほど恐縮していたけど。
と言うわけで、トビーと師匠、それにアトラとホランドを引き連れて、俺は領主館の転移部屋を訪れていた。
「初めて来たよ、この部屋」
「知ってらしたんですか?」
「そりゃまあ、これでも一応魔法学園の教授だからね」
師匠はそう言いながら珍しげに室内を見回した。
俺がやると完全におのぼりさんムーブだが、彼女の場合「知見を蓄えている」と見えるから不思議なものである。
「リョウ様……この度はご協力を賜り、改めて御礼申し上げます」
恐縮した様子で、従者と共に頭を下げたのはアトラである。
耳に掛けた黒髪がさらりと落ちて、いつもながら絵になる少女だなと、しょうもない感想が頭に浮かぶ。
「気にしないで下さい。二人増えたところで手間はそう変わりませんから。それより、陛下とはまだ面会していなかったんですね。てっきり俺が居ない間に会っているものと思っていましたよ」
「公爵様とお会いできたので申し込みはすぐにしたのですが、王宮が何やら立て込んでいるとのことで、延期になっていたのです」
「ああ、なるほど」
確かカステリオン事件のゴタゴタがそのころにあったんだったか。
それにしたって遅れに遅れたものである。
「リョウ様、大変申し上げにくいのですが、リョウ様のように自由に空間転移できる、重要な立場の者でもなければこれくらいの時間は掛かるものですよ。距離も遠いですし、一国の王との謁見なのですから」
「そうだよ、リョウ。君はもう少し自分の立ち位置を自覚した方が良い」
苦笑するアトラに加え、師匠からも苦言を呈されて口をへの字にすると、周囲からは笑みがこぼれた。
「俺だって大っぴらに魔法を使うようになったのは最近なんですよ、大目に見てください」
「だってさ」
「ふふふ……では、大目に見ましょうか」
師匠とアトラは笑いながら、気安く言葉を交わしている。
二人は俺が迷宮に籠っているころからちょくちょく交流をもっていたようだが、知らぬ間に仲良しになっていた。アトラも巫女と言う立場上、結構物知りだし、物知り同士気が合ったのだろう。
「それじゃ、行きますか」
番兵が退出し、外から鍵をかける音が聞こえたので、俺は魔法を発動し再び王都へと転移を行った。
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