103 戦後処理
つなぎの回なので少なめ
次はすぐに投稿したいです
肉の焼ける臭いが漂う砦の広間。
動く気配の無い炭の塊をしばらく見つめ、俺は長い息を吐いた。
「なんとか勝ったか……」
「……強かったっすね。最初から最後までワケわかんねえヤツでしたが」
立ち上がって隣まで来たトビーに頷きをひとつ返す。
カステリオンの振る舞いや言動は、元々聞いていた魂魄魔法使いのイメージにそぐわないということはなかった。
だがトビーの言う通り、何がしたかったのかは結局良く分からなかったな。
手段を選ばず、周囲を顧みず研究がしたい。
それは伝わってきたが、本当にそれだけだったのだろうか。
恐らくカステリオンにも何か最終的な目的があったはずだ。しかし会話の中から、俺はそれを読み取ることができなかった。
他人を実験台に使い、体を造り替え人であることをやめ、長い年月研究に没頭してきた、その理由が。
あいつは俺と同じ、造られた存在だと言っていた。
あるいはそれが故に、手段が目的になってしまっていたのかもしれない。
いや、それもただの予想に過ぎないか。
残った資料を調べれば何かわかるかもしれないが、それがやつの口から語られることはもう無いのだ。
「それより、もう動けるようになったんだな」
「え? ああ、さっきの魔法の効果っすか」
話題を変えるようにトビーに話を向けると、どうやらカステリオンの死亡と共に呪文の効果は消え失せたらしい。発動時に込められた魔力の消失とともに、効果を失う形態の魔法であったようだ。
効果が固定化されるような魔法でなくて一安心だな。もしそうだったら、あれだけ能力を減衰させられていたのだ、被害はリカバリの利かないレベルになっていただろう。
まあ発現した効果の強力さを見れば、そんなことができるのはまさしく神の所業と言えるだろうが。
「さあて……もしかして、こっから戦後処理っすか? だいぶ疲れたんっすが」
「だいぶ、で済むのは、流石良く鍛えられているようですね」
トビーのボヤキに答えたのは、部隊参謀のノイマンである。
強襲部隊の兵士もまた、呪文の効果が無くなったことにより動けるようになったようだ。彼の後ろでは兵士たちが互いに肩を貸し、立ち上がっているのが見える。
「お察しの通り、これから戦後処理です。リョウ殿には砦に残存術式が無いかの確認をお願いできますか? トビー君はその護衛を」
「了解しました」
ポーション瓶を呷りながら言うノイマンに、俺は首肯を返した。
カステリオン本体が死んだのは間違いないが、相手は死者を操る魂魄魔法使いだからな。何らかの術式が残っていて、俺達が去った後に復活、なんてことになっても下らない。やつの置き土産が無いか調査は必要だろう。
戦後処理は、強襲部隊員の治療と小休止の後に行われるらしい。
カステリオンの死体(の残滓)と共に砦の外へ出て、埋葬と解呪を厳重に行ってから、俺達は軽食をいただきつつ休憩をとった。
その後の戦後処理は……まあ結論から言うと、何の問題も発見されなかった。
翌日の昼までかけて砦の隅々まで解呪を掛けたから、流石に手抜かりは無いだろう。
結果としては肩透かしな感じだな。
それだけ可能性を喪失させるあの魔法に自信があったということか。
あるいは順当に追い詰めることができていた、ということかもしれない。
ちなみに調査の最中に、俺達はカステリオンの『研究室』を発見している。
やつはどうやら王都の研究室をごっそり移してきたらしい。はるか昔からそこにあったかのような薄暗い地下の研究室には、資料や気持ち悪い素材などが山と積まれていた。
その中にはもちろんあの魔法、仮称「欠落」とでもしようか、アレに関する研究資料も含まれていた。
ラックの魔法は尋常の魔法とは異なる、異質な効果を持っている。下手に原理を理解されたり、解析されては困る代物だ。そのため兵士たちには「ヤバい呪文」であることを説明し、俺預かりで王に判断を仰ぐ案件としてもらった。
今回の件を報告しに行く機会もあるだろうからな。
その時に一緒に話をするつもりである。
この魔法の取り扱いについては、恐らくあの王なら悪いようにはしないだろう。
もちろん人間なにに惑わされるかは分からない。もしあの王に悪用の意志が見えるようなら、破棄なり隠蔽なりする必要があるかもしれないな。
まあ、そんな憂いも、直面するのは少し先のことだ。
戦後処理は丸二日。カステリオンを滅ぼした翌々日の昼に、俺達は砦を出発した。
そして一時豪雨で足止めを食らったりしつつも、行きと同等の時間を費やして、王都に戻ったのであった。
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「して、それが例の魔法の資料か」
「はい」
帰参後の王との面会。
木箱に詰めた資料と共に、以前使った部屋で、俺は王と対面していた。
「カークスからも報告を受けているが、それを君が直接管理したいと?」
「ええ、単刀直入に申し上げますが、これは人が持つには危険過ぎる魔法なのです。術の規模的にも恐らく私しか扱えないでしょうし、この魔法の研究は私に一任いただけないでしょうか」
俺がそう言うと、王は「うむ」と言いながらティーカップに口をつける。
「もちろん、それは構わんよ。リョウ殿のことは信用している。君がそう言うのであれば真実危険なものなのだろうし、対抗の手立てが見つかるまで開示も不要だ。そうするつもりなのだろう?」
そして菓子に手を伸ばしながら気軽な様子でそう続けた。
「は、はい……。い、いやなんというか、そこまで信用いただけているとは、思いもよりませんでした」
「リョウ殿の人となりは、最初の面会で十分理解できたからね。これでも人を見る目は持ち合わせているつもりだ。もちろん他にも少し、情報源はあるがね」
「情報源と言うと、もしかして討伐隊も?」
「ははは! まあ、そういうことだ。あとはルイスからもな」
俺の問いに王は朗らかな笑い声を上げた。
アルセイド公爵はまあ、竜殺し前からの付き合いだし情報源としては妥当か。
そして混成討伐隊からも俺に関する報告を受けたんだよな……いったい何を言われたのやら。
「そう心配せずとも、信用していると言った通り、討伐隊からの報告もすこぶる好意的なものだ。君の人格もそうだが、戦闘を通じて『竜殺し』の意味をよく理解したのだろう。大活躍だったそうじゃないか」
「いえ……辛勝でしたよ。そうだ、それでひとつお願いが……」
俺はこのタイミングで、独自の魔法開発について王に伝えることにした。
危険な魔法の管理・研究と、独自の魔法開発。
それぞれ独立しているようにも見えるが、邪神の眷属に打ち勝つために、危険な魔法を秘密裏に開発することになるかもしれない。フェリシアの古代魔法の知識もあるし、十分あり得ることだろう。そうなれば、今回秘匿した欠落の魔法と合わせて、要らぬ誤解を招きかねない。
それ故に、ここで王に根回しをしておこうと思ったのである。
「それで陛下には、開発に関わるメンバーと面会いただこうと思いまして」
「メンバーと言うのは、エルメイル教授のことか?」
「ご存知なのですか?」
「君との関係についてはルイスからな。彼女には教授位の授与式で声をかけたこともある。あれほどの才媛だ。秘匿研究に関わるとなっても反論は出まいよ」
流石、あの若さで教授なだけあって、師匠は王にも名前を知られているらしい。
邪神復活の件で最近王と面会しまくっているせいで、だんだん感覚がズレてきてるけど、王様から声をかけられるって結構凄いことだからな。
「メンバーはそれだけか?」
「いえ、実はもう一人……初代の聖女にも、研究に携わってもらいます」
「初代の? ……まさか、生きながらえていたとでも言うのか?」
突然の過去の偉人の話に、流石の王も怪訝な表情を浮かべる。
疑問はもっともだが、詳細を話すと長いし、まとめて面会の時に伝えるのが早いだろう。他にも色々と話すことはあるしな。
それを王に伝えると、
「……確かに、時間の浪費は避けたいところだ。君の言う通り、我々の予定は過密と言うほかないからな」
王は「我々の」を強調しながら言った。
政務の傍らで邪神追放作戦を練る王は当然として、俺も確かにやることは沢山ある。その一部について、どうやら王から連絡事項があるらしい。
「こちらで調整した面会なのだがな……」
依頼していたことも含め、邪神追放に向けた面会を調整してくれたらしい。
後で担当官から詳しい説明があるらしいが、王直々の連絡とあって少し恐縮してしまう。
調整された面会は当代の聖女、軍の上層部、探索者組合の三組織とのもののようだ。ただし軍と探索者組合は、各組織の戦力配分を決めるため、合同での話し合いも別途待たれるらしい。
と言うかその時の司会は当然俺である。
全体の事情を把握してるのが今のところ俺だけだから、仕方ないよな。
大任へのプレッシャーはあるが、俺は素人だ。プロに意見を募る方向で進めようと思っている。
「面倒だが、大きな事業を進めるというのはこういうことだ。まあ、あまり先を見過ぎずに、目の前のことに集中するのが良かろう」
やることの多さを再認識して、よほど嫌そうな顔をしていたのだろう。
王から苦笑まじりにそう言われてしまった。
「そうですね。申し訳ありません。私がしっかりしないと」
「そうだな。だが、我々もいるということを忘れてはならんぞ?」
王の気遣いを心に留めて、俺は席を辞すことにした。
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