101 魂魄魔法使いの討伐その五
2020/3/31 少々表現を変更しました
「死者生成と死者召喚の違いを教えてあげようか?」
そんな風に嗤いながら、カステリオンが次々と腐肉の戦士達を召喚しはじめる。
第二強襲部隊からの応援を加え、こちらの攻め手は二十名近い。
しかしその勢いをもってしても、攻め切れないほどの召喚速度だ。
「前者は死んだ人間と肉体を使ってアンデッドを作る魔法、後者は人の記憶からアンデッドを作る僕の一族オリジナルの魔法なのさ! ふふ……凄いだろう? と言っても、僕が改良したお陰で、ここまでの性能になったんだけどねえ」
戦線はカステリオンを中心に扇状に広がっている。
アンデッドどもは、兵士達も俺達もそう苦戦する相手ではない。
広がった戦線の中心部から支援の魔法が放たれているが、手数はこちらが遥かに上だ。
当然の帰結として、やつの防壁となる死者達の輪は、次第に切り崩されていく。
「死者の残留思念を用いた還命法、というのが元でね、けれどそれは間違いだと僕は突き止めたんだ。君達は世界記憶というものを知っているかな? それは世界の経験を蓄積する記憶……世界に起きたできごとが、時間をかけて蓄えられたものなのさ」
剣兵と魔法兵の連携がアンデッドどもを蹴散らした。
開いた突破口に、トビーと共に突撃する。
「氷槍!」
「死者召喚」
「対抗魔法ッ!」
「対抗魔法」
至近での魔法の打ち合いに、流石のカステリオンも語りを止めた。
互いの対抗魔法を打ち消し合って、互いの魔法が形を成す。
召喚された死者達が壁となり、エンハンスを載せたアイスランスはカステリオンには届かない。
しかしアンデッドどもの足は、氷の槍に縫い留められたことで止まっている。
どちらの魔法も功を奏さなかったという点で、結果は痛み分けだ。
「後ろ頼んますっ!」
トビーがそう言って、アンデッドの隙間をすり抜ける。
「ぜりゃあっ!」
マキシマイズ・ファイアエンチャントの乗った斬撃。
躱すカステリオンに斬線を刻み皮膚を焼く。
しかしそれがいかほどのダメージになったと言うのか。
気にせずドレインをちらつかせられ、トビーは再び間合いを取るしかなかった。
「さて……君達は一度でも考えた事があるかい? 世界創生より現在まで、生命の流転の中で、どれだけの人間が死に絶えて来たのかを」
まるで気にも留めないように。
講義を続けるように手振りを加えながら、カステリオンが語る。
「僕とて全てを手中に収めてはいない。これはまだまだ研究の途上、ほんのちっぽけな力さあ。けれど……」
その呪文の名を小さく口にしただけ。
なのに払い除けるような手の動きに合わせ、腐肉が湧き上がるように立ち上がり、幾体もその姿を形取る。
「この古戦場に染み付いた記憶を操るだけでこれさ。くくく……意図しないほどたくさんでてくるから、少し鬱陶しい気もするけどねえ」
「貴様ぁっ!」
近衛兵のアンデッド。
つまりそれは、もともとは王国の兵士だったということだ。
それを侮辱されて剣兵が激昂し、声を荒らげる。
腐肉とは言え、相手取ることに多少思うところはあったのだろう。
「なにを怒っているんだい。それは君とは関係のない死体じゃないかあ。もちろん、僕にも関係ないしね」
戦況は、再び振り出しに戻った。
本当なら俺がパーフェクトコンバージョンを使って仕留めたいところだが、カステリオンは壁を背にして立ち回っている。
もし魔法を躱されでもしたら建物が炎上する羽目になる。
あるいは着弾したその瞬間にやつが壁に触れでもしたら、熱量の転換はそちらまで及んでしまうだろう。
砦の破壊を最小にしたいこちらの意図を読まれているのだ。
それに、流石は理力魔法すら扱う魔法の研究者だけはあるということか。
最新の魔法の原理についても良く学んでいる。
もちろん俺がその使い手とは知らないだろうが、誰が使えてもおかしくない、くらいには見抜かれているはずだ。
「このとおり、僕は色々な研究をしてきたのさ。僕は僕自身すら研究対象だった……」
次は俺がドレインを仕掛けるつもりで、再度の切り崩しを始める。
しかしながら、ずっと受け手となっている重圧が皆無であるかのように、カステリオンの語りは続いた。
「僕の一族はねえ、人間を使って、ずうっと人間の能力の研究をしてきたんだ。その研究成果の一つがほら、そこに転がってる魂魄魔法使いさあ。あとは……僕自身とかね」
「……貴様が?」
疑問の声を上げたのはどの兵士か。
カステリオンはさも喜ばしげに、口角を上げて不気味な笑みを浮かべる。
「そうさ。魔法の素養がある者をアンデッドにするとね、意志を持つアンデッドが創造できるんだよお。僕も子供の頃そうなったんだ。そしてそれ以降、自分の体を改造しながらここまできたのさ」
ドキリとした。
こいつもまた……誰かに造り出された存在なのか。
自身と被る境遇。そのことに、一瞬意識が奪われる。
「くっ、火葬ッ!」
思考に走ったノイズを振り払うように、俺は目の前のアンデッドを焼き払う。
そして燃え落ちる体を足蹴にし、カステリオンの前へと躍り出た。
「僕はそうあれと生み出されて、ずっと魔法の研究を続けてきたんだよお。ま、うるさい一族のやつらはすぐにぶっ殺してやったけどねえ……だってあいつら、何くれと理由をつけてアンデッドになりやがらないんだ! こんなにも便利なのに、そう僕を造ったっていうのにねえ!」
「お前は……造られて、造物主を殺して、それでも研究は止めなかったのか」
だんだんと声を荒らげてゆくカステリオンにそう問うと、やつは激昂がまるで無かったかのようにすっと表情を消し、不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあそうだろう? それが僕が造られた理由なんだから。それ以外、何が必要だって言うんだい?」
「……必要なものなんて、いくらでもあるだろう」
「そうかな? 僕にはそれだけさ」
――違う!
肩をすくめるカステリオンのその言葉に、俺は強くそう思った。
突然わき上がったその感情は一体何と比較してのものか。
答えは明白で、俺はやつの告白に自身を重ね、その上で「自分とは違う」のだと、はっきりとそう感じたのである。
俺には与えられた自由の中で、積み重ねた経験があった。
培ってきた人間関係もあった。
そうした中で、目の前のことを決め、進んできたんだ。
行き着く先が誘導された迷宮の底だったからといってそれは変わらない。
最初だって、色々と考え抜いた上で迷宮へ進むことを決めたんだ。
思考の過程すら支配されていたと言うのなら、今みたいに悩みが生まれるのはおかしいじゃないか。
そのことが腑に落ちて、俺は拳を握りしめた。
今まで出したこともないほどの魔力が。
神息によって限界を超えて湧き上がり、唱える魔法に意志がこもる。
「吸収ッ!」
「吸収」
瞬間、掌底を打ちつけ合うようにして魔法が炸裂した。
魔力の対流。奪い合った魔力は、果たして俺の総量が増えた状態へと帰結する。
「すごい魔法力だねえ! こっちはアウェイクンまで使ってるってのに、大したものだよ。やっぱり、君は素体にするのに十分な能力を持ってるみたいだねえ」
「素体だと?」
「言っただろう? 僕は体を改造してきたんだ。アンデッドは体が成長しないけど、やっぱり成長したいのが人情というものじゃあないか。これまで優秀な魔法使いと同化して、僕はこうして『成長』してきたのさ」
少なくともその「同化」とやらをした数だけ、魔法使いを無惨に殺してきたということか。
「なるほどな……。だが、お前も今ので分かっただろう。お前は俺には勝てない。お前の喚び出すアンデッドどもも、俺達を倒す手立てにはなり得ない」
「くくく……僕を殺すのかい? それでいいのかなあ? いつだって真の滅亡から人々を救ってきたのは、僕達魂魄魔法使いなのに」
カステリオンはそう言って再び語り始める。
アンデッドの召喚は続き、俺とやつは幾度も魔法を交換した。
じり貧のはずなのに、それでもなおカステリオンは話を止めようとしない。
やつが言うには、邪神によって削り取られる人の意志の力を、滅する寸前で食い止めてきたのが魂魄魔法使いなのだという。
古より、彼らは人々にとってまぎれもなく救い手だった。
そうして繰り返す邪神の襲来の中で、自然、魂魄魔法使い達は強い権力を持つことになる。
「邪神が起きれば、僕ら魂魄魔法使いの栄華が始まる。それがずっと繰り返されてきたのさ」
くくく、と嗤いながらカステリオンが言った。
権力を持った時こそ、研究が大きく進むから、とても楽しみだと。
つまり権力によって、魂魄魔法の人体実験に使う素材を集めやすくなる、ということだ。
口角を吊り上げるやつの表情は邪悪に染まっていた。
「以前の時に白痴の信者どもがなんかやったせいで、栄華の時がやってこなかったから、余計に楽しみだよ。そもそも、あの存在をなんとかしようとするなんて、忌々しいよねえ。結果がよけりゃあともかく、ちょっと文明が滅ぶのを先延ばしにした程度じゃないか。僕らの邪魔にしかなってない。誰がやったのか知りやしないが、本当に無意味なことさ」
無意味だと?
フェリシアがしてきた苦労は、確かに俺だって知らない。
だが途方もない年月、あの暗い迷宮の底で彼女は一人戦ってきたのだ。
俺はフェリシアに迷惑を掛けられた側の人間だ。彼女は非道な試みのために、幾人かの哀しい生命を創造するような、手段を選ばない人間なのは間違いない。けれど、彼女がこの世界の存続を真摯に考えているのだと、それだけは心から信じられる。
彼女への恨み節はあれど、それを侮辱されて、許せるわけがなかった。
「おや、怒ったのかい? そうだろうねえ、君も白痴の神の力を借りる者だし、イライラするだろう? でもそれが事実さ。今回もまた、君たちは僕らに頼ることになるのさ」
カステリオンがせせら笑う。
俺は怒りをそのままイメージに変えて、ありったけの魔力を込めた魔法を構築する。
そしてやつに指を突き付けて、宣言した。
「いいや、違うな。邪神は俺が何とかする。お前らの出番はもうこない。だからここで……大人しく滅されてろ!」
魔力が爆発的に動きを見せる。
こちらの攻撃を察知して、カステリオンが身構える。
俺は飛び込んでドレインをぶつけた。
遅れてやつもドレインを返してくるが、今度はさっきとはわけが違うぞ!
「完全熱量転換!」
「なに!?」
俺はドレインを行う時にやつの手首を握り、剣を逆手に持ち替えた手で最大の呪文を放った。
至近の魔法。
手首を掴んで回避はさせない。
建物を始めとした他の物質への熱量転換も、させはしない。
「……っ!?」
その意図に気付いて、カステリオンは俺の手首をつかみ返した。
このままでは俺への熱量転換は起こってしまうが……、
「ぜあっ!」
剣を再び持ち直し、俺は即座に自身の手首を切り落とした。
もとよりこれくらいは覚悟の上だ。
すぐに飛び退り、回復の魔法を構築する
「ぐうぅっ、リ、再生、上級回復!」
熱量転換は瞬間的に起こる。
即座に自切したが多少は熱を貰ってしまった。
ただ欠損治癒と併せても、十分俺の回復魔法の範疇だ。
そして。
「く、くく……まさかそんな自爆技を仕掛けてくるとはねえ」
白熱し燃え上がりながらも、カステリオンは不気味なほど冷静だった。
そもそも炎の中でどうやって発声しているんだ?
それは分からないが、少なくともまともな状態でないことは確かだろう。
この状況に後ろの兵士たちにはかなり動揺が走っている。
だが俺達は、こう言う手合いがしぶといのを白竜ですでに経験している。
俺はトビーが拾ってきた盾を受け取って、二人でポーションを飲み、再び戦闘態勢を整えた。
「魂魄変異」
そして呟くように唱えられた呪文が、異質な音と共に発動した。
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