100 魂魄魔法使いの討伐その四
突然お互いの敵意がぶつかり合ったその空間で。
もっとも早く行動できたのは俺だと言える。
しかるべき戦況予測と間合いがあれば、今の俺の術スピードは、ヘタをすれば戦士の踏み込みよりも早いだろう。それは適切な呪文を脳裏に構築し滞留させることと、発動スピードを上げる意志力により成り立っている。
レベルの上昇した情報処理スキル、並列思考スキルによる恩恵はもちろんある。
しかしそれ以上に、あの迷宮の底の試練では、それに見合う意志力がなければ先に進むことすらできなかったからだ。
俺は即座にいくつかの呪文を脳裏に描いた。
そして待ち構えるように視線を配り、敵に先手を譲った。
「死者の召喚!」
「対抗魔法ッ」
相手は魂魄魔法使い。しかも幸いと言うべきか手勢無し。
初手が魔法であることは確定事項である。
誰であろうとその予測は容易だっただろう。
発動する筈であった魔力の収束が、俺が射出したカウンターマジックの光球とぶつかって霧散する。
パーフェクトキャンセレーションを選択しなかった理由は一つ。
カウンターマジックの方が範囲が狭く術スピードに優れるため、前衛の動きとかち合わないと判断したためだ。
「はやいねえ、やるじゃないか」
気の抜けた言葉を発するカステリオンは、無防備にも戦況を眺めているだけだ。
魔力が動く気配も感じない。
何か……あるのだろうか。
行動への対処を考慮して、俺も様子見で攻撃を控える。
「文明の滅亡を予期しておきながら、なぜこんなことをする……お前にだって関係のあることのはずだ」
探るように問いかける。
すると、
「もちろんそうだよお? 国々の滅亡は、僕らには必要なイベントだからねえ」
そんな意味深な言葉が返ってきた。
そうしている内にも戦況は動く。
魂魄魔法使いの内、体術持ちの大柄な男が前に出てきた。
その体で、カウンターマジックの遮蔽となるつもりのようだ。
ついでとばかりにパラライズなどの阻害魔法を使ってくるのがいやらしい。
魂魄魔法使いには吸収や衰弱がある。
本来なら剣兵が飛び込んで瞬殺できる技量差があるはずだが、アンデッドの再生力を考えれば、うかつに近接戦闘に持ち込めないのがやっかいだ。
剣兵たちが逡巡した一瞬の隙を付いて、他の魂魄魔法使いの魔法が構築されてしまう。
『ヴァ……ヴァアァ……』
『ギ、ギギギ……』
一瞬漂った腐臭が、一点に凝縮されていくようにして形を取る。
人型の、二体のアンデッド。ずしゃりと音を立てて立ち上がれば、いずれも剣と盾で武装している。マント付きの鎧を纏った死体兵だ。
「この鎧……王国の近衛兵だと!」
「死体が無いのだぞ! 武装ごと造るなどありえん!」
兵士たちの驚愕。
それに反応するように、横合いからカステリオンが高笑いをあげた。
「はぁーっはっはっは! 呪文を聞いていなかったのかい? 今のはサモン・アンデッド、死体を使うターン・アンデッドとはちょっと違うんだなあ!」
腹を抱えんばかりの大笑だ。
あまりにも可笑しげな様子だが、カステリオンから漂う不穏な気配が濃密になっていくのを感じる。
「神息」
そして構築が完了した切り札を俺が唱えると同時、その気配はその場に固着した。
「きみぃ……そんなものまで使えるのかい?」
ぎょろりと目を見開いたカステリオンに、睨むような視線を向けられる。
圧倒的な威圧感に、一瞬場の動きが静止する。
動けるのはブレスを付与した俺とトビーくらいだろうか。
「それがどうした?」
「ふ、ふふふ……ふふふふふ……」
カステリオンは体を震わせるように、顔を俯けて笑い始める。
膨れ上がるおぞましい気配に、俺は左手に盾を構え、右手にカウンターマジックを滞留させた。
――見つけた……
ヤツが口角を上げ、口の中で小さくつぶやいた言葉を、ブレスで増幅された俺の聴力がそう捉えた。
瞬間、カステリオンの体から爆発的に魔力が放出される。
俺は右掌を突き出して発せられたヤツの呪文に、準備した魔法を合わせて唱える。
「覚醒ッ!」
「対抗魔法!」
魔法の発動に、カウンターマジックが直撃する。
しかし、
「はーっはっはっはっは!」
「なにっ!?」
魔法をかき消すことはできなかった。
カウンターマジックは阻害されてはいない。
「まさか、体内で発動しやがったのか……」
「ご名答! 自己強化にはこういう方法もあるのさあ。そして……」
「完全解除!」
「はあァッ!」
魔法兵が横合いから放った解除の魔法が、カステリオンが放った魔力波のようなものとぶつかって相殺される。
アウェイクンという魔法の効果だろうか。正確には分からないが、ただでさえ面倒な相手がより強力になったということだけは間違いない。
もう少し相手の能力を見極めたいが……それにはもっと手が必要だ。
ならば……、
「トビー! スイッチだ!」
「了解!」
トビーに親玉を抑えてもらっている間に数を減らそう。
ブレスを付与したトビーならば、そう簡単にやられはしない。
それに他の魂魄魔法使いからはカステリオンほどの脅威を感じなかったからな。
瞬時にそう判断して、俺はトビーと位置を入れ替えた。
すれ違いざまに彼の武具に火のマキシマイズエンチャントを付与し、他の魂魄魔法使い達との戦闘圏へ突撃する。
「隊長っ!」
「リョウ殿! 頼むっ!」
俺がカステリオンと直接相対したことによるものか。
剣兵たちは他の魂魄魔法使い達と少し離れた場所で戦うことにしたようだ。
俺は戦闘の中核になっている体術持ちの魂魄魔法使いに、直線的に走り寄る。
精鋭揃いの強襲部隊が攻め切れない。
それはドレインと、それを支援する各種魔法によるものだ。
接触魔法の発動速度は全魔法中でも最速だからな……俺とも訓練はしたとはいえ、実戦はそう上手くはいかなかったということだろう。
「うおおおおおっ!」
「くらえっ!」
正面衝突するかのような交錯。俺は剣を抜き、盾を放棄して魔法を発動する。
俺も魂魄魔法使いの男も、選択したのはドレインだった。
魔法を宿した掌底が交差して、互いの体へと接触する。
カッと燃えるように、俺達を纏う魔法光が一瞬強さを増した。
その光は鳴動しながら徐々に消滅してゆき……、
「グ、ぐうっ、ううぅ……」
ドレイン勝負で勝利したのは、もちろん俺だった。
ブレスを始めとした強化、それに魔法技能もこちらの方が上だからな。
結果は必然だろう。
予測の立っていた俺は、力無く膝をつく男の腿を駆け上がる。
そして頭を飛び越しざまに、体を回転させながら男の延髄にエンチャント付きの剣を振りぬいた。
「ぜあっ!」
ゴリィっ、と骨ごと砕く音がした。
着地と同時、背後で男が崩れ落ちる。
魔法兵たちがパーフェクトキャンセレーションを唱え、魂魄魔法使いの死体を処理したようだ。
俺は残身もそれなりに、他の魂魄魔法使いへと向かう。
ちらりとトビーに視線を移せば、斬撃を繰り出してカステリオンを牽制している。
その後ろには強襲部隊の一部……いや、あれは後詰めの部隊の人達か? 何人かがトビーの支援に回っている。
「ヴェアァァァッ!」
「遅い」
次に相対したのは二体のアンデッドソルジャーだ。
素の膂力の差から、振り回す剣と打ち合えば危険だが、間合いのやり取りは『空間把握』で見切れる程度だ。
一体は防具の不完全な膝下を切り落として機動力を削ぎ、もう一体にはライトニングバインドを放って動きを止める。
もちろんその間にも魔法がバンバン飛んできてはいる。
しかし飽和攻撃はさんざんこなしてきたからな。
このくらい捌けないようでは、試練は突破できていないだろう。
こういう時に意識すべきなのは「ダメージコントロールをする」ということだ。
俺は回復魔法を扱える。
そしてブレスの掛かった体の防御力は、物理・魔法共にかなりのレベルにある。
であれば「ある程度の攻撃を体で受ける」ことが、攻撃を捌く上でひとつの選択肢となるのである。
まあ、魔法使い二人が扱える程度の魔法の数であれば、正直そこまでシビアにならなくてもいいとは思うが。
一度この方法を覚えると、この方が早いんだよな。
俺は腕や体でショックなどの魔法を払い除けながら、一足で魂魄魔法使いへと接近した。
「ひいっ」
一人は老婆だった。
ドレインをしようと伸ばした手を刎ね、逆にこちらのドレインで魔力を奪う。
崩れ落ちる寸前に顎下から剣を差し入れてトドメを刺し、クリメイションをぶつけた。
もう一人は老爺だな。
魔法爆雷を使ってきたが、俺が魔法矢でそれを撃ち落とす方が早い。魔法封鎖も俺の魔法抵抗を突破できるレベルではなかった。
「ぐぎゃあっ!」
心臓を刺し貫きつつ、彼からもドレインで魔力をもらう。
アンデッドからのドレインは精神汚染とか、多少の懸念はあったが問題無さそうだ。
試練によって魂の位階が上がったからか、ブレスによるものかは分からない。
復活を阻止するために、今度は死体にディスペルを掛けてみた。
アンデッドを倒すには、首を刎ねるか心臓を破壊し、必要な魔法を掛ける必要がある。普通なら焼却するか、エクソーシス、ディスペル、パーフェクトキャンセレーションを用いることになる。
しかし彼ら魂魄魔法使いのアンデッドは、ステータス画面で技能が見て取れるなど特殊な存在だ。ゆえに魔法兵が使ったパーフェクトキャンセレーションと併せて、色々な方法を試してみたのだ。
……まあ結果としては、全部しっかり効果があったようだけどな。
「ははははは! お見事だねえ!」
トビー達の戦闘圏に戻れば、カステリオンはまた高笑いを上げた。
「何がおかしい。仲間が全滅したんだぞ」
「そうだねえ。いや、さすがさすが」
トビーや剣兵の攻撃をふらふらと躱しながら、パチパチと手を叩く。
というか一部の斬撃は当たっているのか。有り得ないほどの再生力で、無効化されている。時折弓兵の射撃も行われているが、同様に刺さっても決定打にはなっていないようだ。
「さて、それじゃあ……全員揃ったことだし、さっきの続きでもしようかい?」
戦闘圏内に入り、俺がエクソーシスでもぶつけようかとプレッシャーを掛ければ、そんなことを言ってくる。
「続き?」
「滅亡がどうの、とか言う話さ」
「悪いが、話に付き合うタイミングはもう終わった」
「そう言わずにさあ。あ、それと」
サモン・アンデッドという呟きと同時、カステリオンの周囲に五体のアンデッドが姿を現す。
発動が速過ぎて、カウンターマジックが反応ができなかった。
「こいつ! 話す気あるんすか!?」
「トビー! んなこと言ってる場合かよ!」
やけに動きの良いアンデッドソルジャーと相対しながら、トビーを叱り飛ばす。
強襲部隊全軍を相手にすることになっても余裕の消えないカステリオン。
恐らく、単純な術の発動スピードは俺と同等だろう。
パーフェクトコンバージョンで攻めたいが、まともに食らうとも思えない。
だが味方の支援があれば、問題はないはずだ。
「さ、始めようじゃあないか?」
異様な敵手との第二ラウンドが、幕を開けた。
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