10 勧誘
探索の日々は続いていく。と言っても看破を取ってから一週間くらいだが。
スキルは横ばい、貯金は少し余裕が出てきたと言ったところだ。
そんなある日、午後の探索を終え魔石の換金をした後、受付のそばで突然声を掛けられた。
「よう! お前さん、最近地下一階で走ってたヤツだよな?」
「そうで……そうだが、何か用か?」
魔術学園卒業生のフレッド達以外の探索者とは初の絡みである。
一瞬敬語にしかけたが、先輩探索者とは言え上下関係がある訳ではないので踏みとどまりつつ返答した。
「今何階まで潜ってるんだ? 魔法使えるんだよな」
「何なんだよいきなり。用件を先に言ってくれ」
いきなり馴れ馴れしかった上に高圧的な奴だな。
突っぱねるような返答すると、男はいらつきを隠しもせずに二の句を繋げる。
「俺のチームに誘ってやろうと思ってな。お前さんどうせ三階くらいまでしか潜れてないだろ、装備見りゃ分かる。……それで、魔法は使えるのか?」
「使えるよ。一応な」
「一応なあ。ちゃんと使えてもらわないと困るんだが。ま、流石にお前にゃ魔学卒業生達みたいな期待はしないから安心しろよ。とにかく今のお前からしたらびっくりするくらい稼ぎが増えるんだ。感謝しろよ?」
上から目線と見下した言動。彼のチームに入る事は決定で、感謝しないといけないらしい。
少々幻滅するな。この街の他の探索者に対しては元々特に思う所は無かったし、先達として尊敬すべきだと言う考えを持っていたんだが。
まあ、こうしたしれっと失礼な事を言う奴はどこにでも居るものだ。
元の世界で会社勤めをしていた時にも居たしな。
ともかく、流石にこの誘い文句にホイホイ乗るのは、余程プライドが無いか世間知らずかのどちらかだろう。
俺はどちらでもないので「答えはノーだ」と返してやらねばなるまい。
「悪いが稼ぎは間に合ってる。それにできるだけ自分のペースで迷宮には潜りたいんだ。誰かと足並みを揃えるつもりは無い」
「……ああ? 断る気かよ」
食い下がる気かよ、と俺は言いたい。
だんだん面倒臭くなって来たので受付に視線を向けて援護を要求してみるか。
すると視線の先のマルティナさんは、くいっと顎でどこかを指した。
見ればホールの端っこにあるテーブルがある。
受付に邪魔だからどけって事ですね分かります。
「おい聞いてんのか!」
「あー聞いてるよ。とにかくあんたの誘いは断らせてもらう。じゃあな」
「おい待てよっ!」
組合の援護が無さそうなのでさっさと退散しよう。
踵を返した俺を男が俺の肩に手を掛けて止めようとしてきたが、身を翻して躱す。
看破すると近接戦闘系のレベルは俺より高いが、ガチンコバトルじゃないので技量差があってもこれくらいはな。
「何をしてらっしゃるのですか?」
男の手を躱して向かい合っていると、後ろからマルティナさんの声が聞こえた。
援護あるのか。
さっきのはただ邪魔だからどけって言うだけのジェスチャーだったらしい。
「彼のチームに誘われたんですが、断りました」
「なるほど。まあリョウさんは変人の類ですからね、縁が無かったという事でしょう。貴方も残念だったのは理解しますが、声を荒らげられると他の方の迷惑ですのでお止め下さいね」
さらりと俺に嫌味を言いつつ、マルティナさんが場を収める。
組合職員に言われて尚言い募る気は無いようで、男は「けっ」とか言いながら去っていった。
……テンプレみたいな反応をする奴だな。
あいつの事は今後テンプレおじさんと呼ぼう。
看破して本名知ってるけど。
「まったく、ここで騒がないでほしいですね、リョウさん」
「いや、今のは俺のせいじゃないでしょう」
「ああいう手合いと上手く付き合うのも仕事の内です」
嫌な仕事だなあ。
「いつまで独りで探索をするつもりかは知りませんが、どこかでチームを組まないと一生ああいうのと付き合う羽目になりますよ? よくよく考えておいてください」
マルティナさんに忠告のような事を言われる。
チームのメンバーか……一応考えている事もあるが、色々問題があるんだよなあ……。
俺は今後の事を考えながら、組合を後にしたのであった。
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明くる日。
今日も今日とて探索をする。
朝のお祈りを済ませ、ギールさん謹製の朝食を山盛り食べて組合へ。
組合ではバーランドさんに武勇伝を聞こうとしたが、最近駐在軍の方に武術指南役として出ているらしく、今日も捕まらなかった。
依頼票だけ確認して俺は迷宮へと向かう。
水道局の依頼は再度掲示されていたので今日もアイスバットを乱獲予定だ。
「さて、稼ぐぞ」
昨日の事があり、俺は一つ決意した。
それは「奴隷」を買ってチームメンバーにしよう、という事だ。
飛躍したような感じだし、何やら異世界モノの小説でよく見る展開になってきている気もするが、この決断には理由がある。
昨日のテンプレおじさん事件。
地下三階で痛感した手数の少なさの問題。
この二点を解決するために、目下チームを組んで探索する相手が俺には必要だ。
ただ才能の器の秘匿と、生業としてでなく「この世界に来た理由、その手がかりを探す」と言う探索の目的がネックとなり、普通の探索者では条件が満たせない。
その解決策が奴隷と言う訳である。
もちろん、俺の目的に合致する希少な探索者を根気良く探す事も、検討の俎上には挙がった。
しかし居るかも分からないヤツを探して、見つけて、折衝して、と言うのを考えるとあまり現実的な方法とは思えなかったのだ。
その点奴隷であれば、奴隷契約に情報秘匿を盛り込めば良いし、俺のペース・俺の目的で探索を進める事も問題無い。外聞はまあ、多少悪いかもしれないが、そこは仕方ないだろう。全部をクリアするのは難しい事だ。
ちなみに奴隷については予備知識にもその情報があった。
「借金奴隷」と「終身奴隷」の二種類が存在しているらしく、前者は要するに借金、つまりまとまった金を前借りし、その代わりに労働力を提供すると言うもの。
名前は奴隷だが雇用形態の一種だな。
普通は家とかそういうものを担保にして借金するので、他に方法が無い人向けの最後の手段である。
後者の終身奴隷は更に二種に細分化されるようで、一つは犯罪者で償い切れない罪を命で贖うと言う存在だ。
もう一つはより高額の借金奴隷で、一般的な借金奴隷が決められた労働規則があり一定の労働期間で解放される契約になっているのに対し、こちらは契約に解放が含まれていない。奴隷自体の扱いも虐待行為や享楽的な殺人などを除き(契約上は)全てが許されている。その分得られる金は高額になるが、人生を捧げる事になるため借金奴隷以上の最後の手段である。
俺が求めている条件に合致するのは、このうち犯罪者でない終身奴隷だ。
犯罪者の終身奴隷は国の管理下なので除外、そして借金奴隷は契約解消、つまり借金完済後は契約外となるので情報秘匿ができない(可能性がある)ためである。
……さて。
色々と検討して、この終身奴隷を買えば問題は全てクリアと言う事が分かった訳だが。
実は問題はもう一つある。
この終身奴隷、購入金額がべらぼうに高いのだ。
まあこれは来歴を考えれば当然だが、手が出るまで果たしてどれだけ時間を掛ける事になるのだろう。
その辺りは予備知識には含まれていなかったので、今度冷やかしに行ってみるか。その時点の貯金で買えるなら買っても良いしな。
「とりあえず、アイスバット君はどこかなー?」
そういう訳で、しばらく俺は金策に邁進する事にした。
レベル上げの為に地下三階にも多少は潜るが、第一目標は狩りやすい青色魔石である。
目的が決まれば話は早い。
俺はとりあえず、依頼達成のための青色魔石(と言う名のアイスバット)を探して迷宮地下二階を彷徨い始めるのであった。
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