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1 召喚

2019/3/21 改稿



 物語は唐突に始まるということだろうか。

 

 いつの間にか、俺は路地裏にいた。


 いや、路地裏というのは単なる印象だ。

 今俺は、木造で二階までしかない低い家に挟まれた、狭い道にいる。

 地面は石畳なのでなんとも時代がかった風景……全く知らない風景だ。路地裏であるかどうかすら分からない。


「……え?」


 いや分からない、とかそういう話じゃないだろ。

 なに冷静に観察しているんだ俺は。


 そもそも何が起こっているんだ?

 俺は確かにさっきまで、自宅のベッドに寝ころび、くつろいでいたはず。


 混乱してもう一度周囲を見回す。

 そこには全く知らない風景が……いやそれはもういいんだよ。


 見回す視界に自分の格好が映った。

 これもなんかおかしい。

 服はさっきまでジャージを着ていたはずだ。

 しかし今はジーパンとパーカー、しかもしっかり靴も履いて立っている。


 もうなんというか……全てにおいて自分の正気を疑う状況である。

 

 正直言って混乱の極みだが、客観的に今の心の中を描写するなら、祭囃子でテンションが上がってヨイヨイしてたら横から来た獅子舞に吹っ飛ばされて気付いたら綿あめ食べてた、って感じか。


 うーん、全然しっくりこない。というか自分でも意味分からん。

 客観的ってなんだっけ。

 とにかくえらいこっちゃということか。

 

「は、はは……」


 アホな思考がぐるぐると回る。


 そして混乱の極致にありながら、混乱したことを混乱したなりに理解しつつあった俺の耳元で、唐突に囁くような声が聞こえた。







――――貴方に才能の器を与えます――――







 ごく小さな、優し気な調子でありながら、それははっきりと聞こえた。

 混沌と化していた俺の頭にすら沁み渡るように理解できた、不思議な声色だった。


「……っ」


 思わず後ろを振り返る。

 当然、そこには誰もいない。


「いったいなんなんだよっ……ぐぁっ」


 苛立ち紛れに叫んだ直後、突然の頭痛が俺を襲った。

 そして痛みと共に俺の脳内に膨大な情報が入り込んでくる。

 

 果たして、それはこの世界の言語や常識であった。


 ……大陸に存在する国々、

 最も大国であるオーフェリア王国、

 言語、

 単語とそれを指す物、

 固有名詞、

 社会と経済のあり方、

 職業とその立ち位置、

 国にある様々な施設、

 迷宮、

 迷宮の数や場所、

 今俺のいる第三迷宮都市マイトリス、

 迷宮の社会における意義、

 迷宮探索者とその能力、

 俺の能力……


 他にも沢山の情報が、脈絡もクソもなく頭の中に流れ込んでくる。


 水道のホースを口に突っ込まれ、蛇口を目一杯開かれたらどうなると思う?

 胃の中が水で満たされ破裂するだろうか。それとも口から水が逆流するだろうか。


 無慈悲な情報の詰め込みは似たようなものだったが、幸いというか不幸というか、実体がないおかげで情報モノハコに納まっていく。

 破裂も逆流もないので終わりは無く、「もう入らない!」「逆流する!」「破裂する!」というイメージだけがループして、まさに無間地獄のような苦しみだった。


 俺は痛みと苦しみに頭を抱え、その場にうずくまった。




 =======




「はあっ、はあっ……」


 どれだけの時間そうしていたのか。

 苦しみもがき、俺はいつのまにか路地裏の地面に這いつくばっていた。


「お、終わったのか……?」


 頭を振りながら立ち上がる。

 本当にもうアレが来ないのか、恐ろしくて仕方がない。


「……」


 しばらく祈るようにして恐怖に耐えていたが、時間が経つにつれ落ち着きが戻ってきた。

 そうすると頭の中に渦巻いていた情報が、徐々に整理されていくのが分かる。

 少し頭が重たい感じは残っているがその情報量の多さたるや。

 これが頭の良い人の感覚なのか? なんでも知っているという不思議な全能感がある。


 そしてその知識から察するに。

 俺は恐らく異世界に飛ばされたのだ。


 聞いたことのない地名、知らない言語、魔法といったファンタジーなものもあるらしい。

 前後の状況を考えても異世界転移と判断するのが妥当だろう。


 ……妥当だろう? 知識が増えると思考まで賢い感じになるのだろうか。


 まあそれはいいか。

 とにかく与えられた知識の中でも自分に関する最たるものについて、検証をしてみることにしよう。


――オープン


 知識の通り、右手を中空にかざし念じると文字盤が浮かび上がった。


 PCから液晶だけを取り出したようなそれには、俺のステータスが書かれている。

 与えられた知識の中にも特に名前は無かったので、これはステータス画面とそのまま名づけることにしよう。



【ステータス画面】

名前:サイトウ・リョウ

年齢:25

性別:男

職業:才能の器(0)

スキル:なし(SP残:3)



 ステータス画面の内容は簡素なもので、こんな感じだ。

 スキル「なし」の部分をタップするとポイントを振れるスキルが……ってなんだこれ。


 そこにあったのはスクロールしてもしても下に辿り着かないスキルの数々。

 戦闘系が主だが、それ以上に全体の種類がもの凄く多い。

 「洗濯」とか「薪割り」、他には「経理」「政務(土木)」など細かいものも含まれている。


 区分がよく分からないが、才能の器と言うだけあってありとあらゆるスキルを身に着けられるということだろうか。

 というか職業が才能の器ってのもよく分からないな。


「これが俺の力か」


 この世界は俺からすればファンタジーな世界観みたいだが、ステータス画面もスキルも存在していない。

 あの囁き声が言っていた才能の器という力……いや職業か。

 これを得た俺にしか無い能力らしかった。


 あの囁き声は何のために俺にこの力を与えたのか。

 その疑問は当然頭の中にあったが、回答は頭に詰め込まれた知識の中には無いようだ。

 ただ、なぞるように与えられた知識……予備知識・・・・を整理していけば、ヒントらしきものを読み取る事はできる。


「迷宮……か?」


 おそらく唯一と言っていい手がかりだろう。

 頭の中にある迷宮の知識は、俺に迷宮探索者になれと言わんばかりの量がある。


 ……迷宮に行くべきか。


 いや、そもそも俺は今、元の世界から異世界に転移してきた直後だ。

 それでも迷宮に? まずは地盤固めから? 元の世界に帰る方法を探すべきか?


 得られた知識を整理しながら、俺は深く思考に沈んだ。


 元の世界に残してきた家族、友人、仕事、その他諸々も踏まえて黙考する。

 

 しかしまあ、ここが路地裏(?)で良かったな。突然うめき声をあげて這いつくばったり、今度は目を瞑って棒立ちだ。往来があれば完全に変な奴だと思われていただろう。




 そしてしばらく考えた後、俺は迷宮に挑むことに決めた。


 論理的な理由は、突然頭に入り込んできた知識が与えてくれた。


 まず第一に、俺には今金がない。

 すぐに帰れるのか、そもそも帰ることができるかすら分からない状況なのだ。帰る帰らないを論じる以前に「今日生きていられるのか」を考えるのは当然だろう。明日以降を考えるうえで金は必要になる。

 それに加えて、才能の器とか言う職業とその能力は、たぶん隠した方がいい種類のものだ。俺にしかないわけだから、知られれば騒ぎになる可能性があるだろうし。


 それらを考慮するなら、迷宮探索者というのはぴったりな職業だと言えるものだった。

 なにせ一部の成功者を除いて割と底辺な職であるため、始めるにあたって素性を詮索されることが無いのだ。

 元手をあまり掛けず始められることも大きい。

 仕組まれた感も多分にあるが、今の俺のためにあるような職業なのである。 


 一方の感情的な理由。

 これはすぐに定まったわけではなかった。

 ただ色々な未来を想像しているうちに、自分がどうしたいのかが少しずつ見えてきた。


 例えば迷宮には行かず、街中で商人にでもなって安全な異世界ライフとか。

 ……一般的なサラリーマンが迷宮探索なんてできるわけないし合理的だろう。


 探索はせずにそのまま一生、なんてのも考えた。

 ……予備知識によれば迷宮探索では魔物と戦わないといけないらしいし命懸けだから、当然と言えば当然だ。手がかりなんて二の次でいい。


 あるいは探索はお金を稼いで誰かに依頼すればいい?

 ……そりゃそうだ、自分で体を張らなくてもできる人にやってもらえばいいだろう。


 そんな風に、安全に、慎重にと考えれば考えるほど『そんなのはぴらごめんだ』って気持ちが湧いてきたのである。


 そりゃ安全に、安穏としていられるならその方が良いのかもしれない。

 けどこんなことに巻き込まれて、この異世界で安寧を得たところで、そもそもそれって安寧なのかって話だろう。


 それなら俺は見かけの安寧を捨てても、なぜ自分がこの世界に来たのかを知りたいと思った。そして知るための労力を惜しみたくないと思った。

 自分の生き方を決めるような重要な情報なら、誰かにお願いしたり受動的に待っているなんてもってのほかだ。自分の足で得て、体で感じて、納得したうえで決めるものを決めたい。

 そんなことで後悔はしたくない。


 そういう思考の経緯があって、俺は決めたのだ。

 迷宮探索者になり、自分自身の力であの囁き声が俺に「才能の器」を与えた理由、その手がかりを得る。


 そして、決意した俺はすぐにその第一歩を踏み出した。




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