第991話
「あのぉ………ぁ………………ふふ」
「「!」」
ほんの少ししゃがれた声が聞こえた。
久方ぶりの発声に何処かぎこちなさを覚えながらも、ラルドは噛み締めるように声を出していた。
「ありがとうごぜぇますだ。恩人さん」
「お前もその喋り方なのか………」
日本語同様、言葉に地域ごとの癖があるのがわかった。
と言っても、里を回った感じだと、妖精の中ではカーバンクルだけなのだろうが。
「まぁいいや。ああ、礼はいいからな。それじゃあそろそろ………」
「待ってけれ!」
しゃがれた声で引き止められてしまった。
咳き込んで背中をさすられるラルドだが、その眼は何か大事な事を伝えようとしている眼であった。
どうやら用事があるらしい。
「いえ、何か返させてもらわねぇと、おいら達の気がすまねぇですだ。恩人さんは、ゴーレムの一味と戦うつもりなんでしょう? だったら、おいらはお役に立てるはずですだ。おいらは一度、アイツらに捕まってるから」
「!」
席を立とうとしたばかりに少しバツが悪いが、再び座り直す事にした。
放置するにはあまりにも美味しい情報。
聞かない手はない。
「病み上がりで悪い、頼めるか? その………」
「んだ。気にしねぇでけれ。身体の傷と一緒に心もさっぱり消えた。おいらはもう捕まらないし、声も出せる。だから、おいらの話を聞いて下さいだ」
「………………わかった」
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「5人………………か」
ラルドから聞いた敵の情報は、ほぼギルドで聞いていたものと一致していた。
顔の特徴や種族、背格好や性別。
昨日、ガージュを助けに来たのが男女2人。
それに加えて、ガージュ本人と死んだ女、それとゴーレムにいたもう1人の男で丁度5人。
既にある情報とラルドの情報とで一致しているので、変に隠していなければ、おそらくこの人数で確定だ。
それと、5人仲間がいるということは、最悪羽があと4枚あるか、残り全員神威を使える可能性がある。
プレイヤーとなる条件が羽の所有、又は神威を持っている、だからだ。
ゴーレムの中にいた女の感じだと、多分奴は神威持ちではない。
だから、奴が持っていたであろう一枚は、確実に敵側にあるのだが、ゴーレムの中にいたもう1人………あいつは神威持ちかもしれない。
入ってすぐである今、既に完璧に気配を消すほどの隠密技術を持っている時点で只者ではない。
最悪なのは “どっちも” のケースだが、そればかりはないと願っておこう。
「サンキューな。お陰で警備面はどうにかなりそうだ」
「お役に立てて何よりですだ」
席を立って、グーっと背中を反らす。
いい情報をくれた。
こいつなりに、トラウマを堪えてよく答えてくれたと思う。
だから、今の俺の顔は見せられない。
この、満足いっていない顔を。
数秒間。
この間に表情を戻し、再び会話に戻る。
「そうだ。折角治ったんだ。何か飲み物買ってくるから待ってろ」
「や、そんなわざわざ………」
「いいから待ってろよ。俺だって喉乾いてるんだし気にすんな。人の好意には素直に甘えるのが、世渡りと楽しい人生を送るコツなんだぜ」
まぁ、ファリスの受け売りなのだが。
というわけで、俺はそそくさと病室を後にした。
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「やれやれ………………演技も楽じゃねーな」
気を使うのはやはり疲れる。
が、あいつのためだ。
大した苦ではない。
情報だが、満足いっていないというのは、情報の質や内容ではない。
というか、ラルドは俺の欲しかった情報をほぼ完璧にくれた。
それでも満足いかなかったのは、言ってしまえば俺のせい。
俺は、話の最中に気がついてしまったのだ。
何かがおかしい、と。
ゴーレムの中にいた男は、わりとあっさりラルドを手放した。
エル越しだが、ほぼリアルタイムで現場を把握していたから間違いない。
普通あっさり手放すだろうか。
仮にもラルドは全員の顔を見たのだ。
結果として手放す羽目になっても、少なくとももっと必死に追いかけるはずだ。
しかし、奴はそうしなかった。
何故か。
間違いなく、裏があるからだ。
ゲルニアが敵と会った時にフードをかぶっていたのは、ブラフである可能性が高い。
だが、そうなってくると、何故奴らはわざわざそんな真似をしたのかという問題になってくる。
「うーん…………………ん?」
考えながら歩いていると、ふとこちらを見ている女に気がついた。
知らない女だったので勘違いかと一緒迷ったが、瞬時に思い出した。
間違いない。
あれは、鉱山で俺たちが助けた女だ。
見ているのは、大方人間が珍しいからだろう。
あの時の記憶は混濁させたから、俺のことは覚えていないはずだ。
そう思って、俺は女をスルーしようとした。
しかし、
「………お礼くらいは、言わせてくれませんか?」
「!?」
女は、はっきりと俺にそう言った。
何事かと思い、咄嗟に女の状態を見る力で観察してみた。
するとなんと、かけたはずの光魔法が、綺麗さっぱり消えてしまっていたのだ。
つまり、この女は覚えている。
助けたことも、そして、男達に襲われた時のことも。




