第97話
「ただの人間ではないらしいな」
魔族の男は敵意むき出しの声でそう言った。
気配を隠してまで侵入している。
いよいよ看過できない。
「………【隠密】、それと3種ほどの闇魔法での気配消し。なんか企んでるのは間違いないな」
「!?」
「おいおい、何驚いてんだよ。あんなクソみたいな隠れ方されたらどうぞ見つけてくださいって言ってるようなもんだろーが」
癇に障ったのか、明らかに苛立ちだす魔族。
「貴様………」
「ついでに柵の近くにあったモンスタートラップもお前ンだろ? 同じ魔力を感じる」
魔力は個人個人で微々たる違いがある。
普通は気がつかない違いだ。
しかし、それが判別できるのは魔族と限られた人間のみ。
俺もなんとなくしかわからないが、これはほぼ確信に近かった。
「なに!? 一体どこまで………」
ほら。
「丁度いいや。探す手間が省け——————」
「ぅ………あ………」
「メイ?」
隣のメイの様子がおかしい。
そうだ、こいつは確か魔族を嫌悪していた。
しかし、こんなになるまで?
そこまで大きなトラウマだったのか?
「! そこの女………どこかで………! まさか貴様ッ!」
どういう事だ?
知り合いなのか?
様々な考えが頭の中を逡巡する。
そして、魔族の男はこう言った。
「『ヴェルデウスの娘』かッッ!」
「!」
その瞬間、すでに蒼白なメイの顔から、さらに血の気が引いた。
「あの裏切り者の娘なのかッ!!!」
裏切り者………?
その時、とある可能性が頭をよぎった。
真実を確かめるためにメイを鑑定した。
「そういうことか………」
メイは——————半魔族だった。
いや、もっと前に気づいてもよかった。
以前、リンフィアが冒険者登録しようした時のあの妙な反応に得心がいった。
しかし半魔族ときたか。
半魔族は、人間からも、魔族からも歓迎すべき立場になかった。
それは人間と魔族の互いが互い忌み嫌っているからだ。
しかし、裏切り者とはどういう事だ?
ここは、しっかり知っておく必要がありそうだ。
「我ら魔族の汚点、ここで消し去ってくれる!」
魔族は無詠唱で炎五級魔法・ファイアーボールを3つ放った。
連発ができるという事はそこそこの強さ。
都合がいい。
「ッッ!」
ファイアーボールをそのまま打ち返し、うち一球をファイアーボムにすり替える。
「なっ!」
爆発の衝撃で一瞬の隙が生まれる。
こいつは、生け捕りにしておきたい。
しかし、暴れられても困る。
なので、
「がッ………!」
数カ所の急所に攻撃し、痛めつける。
そして、
「テメェには後で洗いざらい吐かせる。覚悟しとけよ? 白状するまで俺の全力を持ってお前に地獄を見せてやる」
威圧を混ぜ、俺に対する恐怖心を刷り込む。
しかし、あまり期待はできない。
こいつら魔族は、忠誠心が異常に高い傾向にあるやつが多い。
こいつも多分そのタイプだ。
身近なやつであげるならニールとか。
「こいつは一旦ここに置いていこう………いや、自害されたら台無しだな………なら」
俺は光三級魔法【ルミナスイリュージョン】を使った。
これは幻覚を見せる魔法で、眠っている人間にも干渉可能。
これを使えば12時間目を覚まさせずに済むという隠れ効果があるのだ。
連続使用はできないので、これからの行動に制限時間が付くことになる。
「ちょっと急がねーとな」
俺は地面に隠すように埋めた。
ついでに掘り返されないように魔法で補強しておく。
「行くぞメイ………メイ?」
「………」
こいつに『ヴェルデウスの娘』と言われてから呆然自失なメイ。
「メイー」
「………」
うーむ、反応なし。
時間もないし、流石にこのままというわけにもいかない。
俺は少し大きめの声を出した。
「メイッ!」
「え!? あ………すみません………ついぼーっと」
「それは構わねーけど、急ぐぞ。時間がない。それと」
メイは俺が何を聞きたいのか察したようで、
「はい、話します。きっと気がついているでしょう? 私が魔族だって」
「半魔族だろ? 今は牙やツノ、尻尾とか引っ込んでるし」
「そこまで気づいて………」
「安心しろ。俺は種族なんざくだらねー事であーだこーだ言う程頭が悪くはねーから」
メイは妙な顔をしていた。
珍しいのだろう。
あってすぐにリンフィアにされた顔と一緒だ。
「あなたはやはり変わった方ですね」
「ははは、よく言われる」
俺たちは少し急ぎ足で移動を始めた。
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「………………捕まったか」
遠くでケンたちを見ていたやつがいた。
「なるほど、あれは厄介そうだ」
この魔族も、この国に入り込んだ魔族の1人。
「あいつはこっちだな」
魔族は紙の束を取り出した。
そこにケンの特徴を記入していく。
「はー、めんどくせー………おっと!」
風が吹き、紙がめくられていった。
そこにはダグラスやラクレーの名前も入ってあった。
「危ない危ない。これを無くすと怒られるんだよな。さて、仕事仕事」
そして次の瞬間、その場から魔族はいなくなっていた。




