第94話
「普通じゃない………ですか?」
メイは違和感を感じ取れていなかった。
いや、それも仕方のない事かもしれない。
意識していなければ俺も気がつかなかった。
「そうだ。何か気がつかないか?」
「………! そうだ、前兆………魔力の歪みがわからなかった」
「正解」
モンスターバブルの発生には前兆となる魔力の歪みがある。
リトルバブルも同様だ。
具体的に言うと、突然高密度の魔力が発生し、そこを中心に視覚的にも歪んでいるように見えてくる。
しかし、様々な事が突然に、急速に起こるこの現象なので、魔力が感じ取れず、歪みが見えた瞬間にモンスターが現れても、意外とわからない。
「それは危険ではないですか?」
「ああ、かなりな。魔力が感じ取れないって事は、背後に現れでもしたら最悪殺される。危険度はぐんと高くなる」
「でも何で………」
「………これ多分、リトルバブルじゃないな」
俺はそう結論づけた。
「リトルバブルじゃない?」
「この現象の性質上、魔力が感じ取れないってのはあり得ねーんだ。そもそも魔力の集合で発生する現象なんだから。でもわからなかった。だったらこれはリトルバブルじゃない」
仕組みとしては、魔力の集合で高密度の魔力が生まれ、そこに本来魔力が足りず、現れないはずのモンスターが生成される。
そもそもモンスターは魔力がたまっている場所の魔力を吸って生成される。
大きな火山地帯の高密度の魔力ならかなり強力なモンスターが生成されるし、何にもない草原の中心では、魔力が少なく、弱いモンスターが生成される。もちろん例外は山ほどあるが。
「じゃあ一体………」
「モンスタートラップだな」
「モンスタートラップですか?」
「ああ、見た目はそっくりリトルバブルだったろ? それに、ほら。周りを見てみろ」
メイは注意して周りを観察した。
「あ、魔石がない!」
「そう。モンスタートラップの作りかたは、モンスターを一旦魔石に変えて、そこに自分の魔力を練りこんで、その空間の魔力に溶かし込む。この時石は形を失う。そんでこれが可能な種族は?」
「魔族………」
「上出来だ。つーことは、これは魔族が意図的に設置したって事だ。今回の祭り、荒れるかもな」
誰かが、何か企んでいる。
俺らの知らないところで何かが行われている。
しかし、まだ情報が足りない。
目的はこの祭りを壊すことでは無いだろう。
「もしかしたら過去設置されたものだって言う可能性は?」
「ないな。ここの柵、祭り用で設置されたものなんだろ? だったらその時に発生してる。だからこれが設置されたのはそれより後、かなり最近だ。そいつも迂闊だな。お前の調査が入った後だったら気づかれなかったのによ」
「魔族………」
メイはそう呟くと、少し怒りの混じった様な表情を浮かべた。
こいつも姉同様魔族を憎んでいるらしい。
「嫌いか?」
「え?」
「魔族が嫌いか?」
「………はい。過去に色々ありまして、マスターが助けてくれなかったらこんな所にはいられてなかったでしょう」
なるほど。
何か事情があったのか。
前々から思っていたが、この姉妹には何か過去に大きなトラウマがあるようだ。
「おっさんは恩人だから色々手伝ってんだな」
「はい、私たちはあの方に恩返しがしたいのです」
「そうか」
深入りしないでおこう。
あまり聞くべき話してはない。
「さて、仕事まだまだ残ってるからな。急ごうぜ。さっさと片付けて宿の仕事に戻りてンだろ」
「あ、は……い?」
俺はまたメイを抱えた。
「あの………マジですか?」
「マジです。はいレッツらゴー」
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「ハァ、ハァ………もう嫌だ。怖い。もう自分で歩きます」
「残念だったな、あと何回かは抱えて飛び回るぞ」
がくりと頭を下げるメイ。
顔は似ているが、若干姉より表情豊かだ。
「………ん? あれって」
「ああ、交戦中だ」
侵入者とモンスターが交戦していた。
さて、両方とも潰すか。
「行こうぜ」
「はい」
普通に歩いていく。
別に急ぐ必要はないのだ。
こいつを護衛しつつ、全員排除できればいい。
見つけたのは五人パーティ。
タンクが1人、アタッカーが2人、バファーとヒーラーが1人ずつ。
バランスは取れている。
「そっちガード! 後衛は回復と防御強化」
指示を出しているこの男はパーティのリーダーのようだ。
「『我が肉体を癒す聖なる光よ。ハイヒール』!」
「『堅牢なる守護を。シールド』!」
タンク防御五級魔法のシールドと回復四級魔法のハイヒールをかけ、攻撃を耐えさせる。
「ぐッ………!」
敵はミニパンサーが3体。
小さいと言って侮る事の出来ないモンスターだ。
「うわっ!」
タンクの横を素早く抜けて後衛へ迫るミニパンサー。
小柄な体とその素早さは冒険者たちを何度も翻弄していた。
「チィッ!」
アタッカーは急いで戻ってミニパンサーを止めた。
「魔法!」
「『風よ、切り裂け。ウィンドカッター』!」
タイミングを合わせて魔法を当てようと試みる。
ギリギリでアタッカーが避け、ミニパンサーに当てて、残りの2体をタンクが引き付けているうちに仕留める作戦だ。
「今だッ!」
アタッカーは合わせて避けようとした。
しかし、
「フシャーッッ!」
ミニパンサーはアタッカーが避けるのを阻止し、魔法を当てさせた。
「ぐ!?」
なんとか直撃を避けたもののダメージを負い、一瞬怯んだアタッカー。
ミニパンサーはそれを狙って攻撃を仕掛ける。
「しまっ——————!」
轟音。
しかし、アタッカーはなんともなかった。
「え!?」
「ギニャアアア!!?」
ダメージを負っていたのはミニパンサーの方。
「よくもまぁこんなのに手こずって………しょうがねー連中だな」
俺は魔法を連射し、たちまち全滅させる。
複数方向からの魔法攻撃を避けられず、一体目を撃破。
2、3体目はタンクが壁になっていたので、見えないまま急に当てられてそのまま撃破。
「なっ!」
魔法の連射を目にし、驚く冒険者達。
「あ、なんで助けたんだろ。どうせ外に出す予定だったのによ」
それを聞いた瞬間冒険者達は警戒心をマックスにあげ、構えた。
しかし、ガタガタと震えていくあたり、勝てない事を自覚しているのだろう。
「すみません、ケンくん」
「あん?」
「子供を気絶させるのはちょっと………」
「子供?」
目の前に居る冒険者は、よく見ると、俺よりも年下の子供だった。