第91話
揺れている。
ゆらーり、ゆらーり。
ここはどこだろう。
意識がはっきりしない。
「——————!」
ん?
なんだ?
何かが聞こえたように思ったが、気のせいだろうか。
ああ、揺れる。
未だにはっきりしない意識。
立ってるような、浮かんでるような、見えているような、目を瞑っているような、曖昧な感覚が全身を支配している。
にも関わらず、意識はある。
「——————う」
声は気のせいでは無かったようだ。
なんと言ってるのかはわからないが、確かに聞こえる。
ガンガンガン!
突然なった轟音。
いや、感覚がはっきりしないため、篭った様に聞こえる。
しばらく同じような音が鳴っていた。
何の音だろうか。
ただ、なんとなく俺にとって都合の悪いような音に聞こえる。
「———さい」
さい?
次の瞬間だった。
ゴンッ!
大きな音と共に強い衝撃を受ける。
さ、サイ——————!
サイが現れた。動物の。
それと同時に、
「サイだアアアアアッッ!!!!」
俺は目を覚ました。
ここは、いつもの宿だ。
「あれ? サイは?」
意識ははっきりしている。
さっきの様なあやふやな感覚がすっかり消えていた。
「わー、やっと起きた。いつもより起きるのが遅かったじゃないですか」
手にフライパンを持ったリンフィアと、
「急に騒ぐな。驚くだろうが」
拳を握りしめているニール。
「………あ、夢か」
ようやく状況が掴めた。
そして、だんだんと何の夢を見ていたのかあやふやになる俺。
この様子を見れば何をされていたのかだいたい予想はつく。
フライパンを鳴らしまくって俺が起きなかったので、コイツがグーで殴ったのだ。
コイツの攻撃力で殴られると、リンフィアの数倍は痛いので、正直朝から勘弁してほしい。
「何も殴るこたねーだろうがよ」
「しょうがないですよ。私が揺らしても、フライパンで音を鳴らしても。叩いても起きなかったんですから。通りかかったニールが殴ってなかったらずっと寝てましたよ」
「リンフィア様の手を煩わせおって。この無礼者、愚か者、戯け者、穀潰し」
「おぉい! この中で一番金稼いでんの俺だろうが!」
言葉は正しく使え。
「ふん」
「朝から絶好調だなお前」
機嫌がいい時こいつはなぜか俺をディスるのだ。
もう少し優しくしようぜ。
「ほら、ケンくん。早くしないと間に合いませんよ」
「間に合うって何が………あ」
そうだった。
前日に遡る。
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「あと祭りまで6日もあるな」
正直のところ、俺は結構暇である。
リンフィアとラビの二人は訓練させるつもりだが、ニールが付くらしいので俺が付きっきりでいる必要はない。
「ひーまー」
超絶暇だ。
カジノに行くのもいいが、流石にハマったらまずいので自重する。
かと言ってクエストは俺一人で行く場合手応えが無い雑魚モンスターしかいないのでそれはそれで嫌だ。
ならいっそのことダグラスに上のランクのクエストを手配してもらおうか。
そんなことを考えていたとき、コンコンとドアをノックする音が鳴った。
部屋には全員いる。
誰だ?
「はいよ。お」
「こんばんは」
そこに立っていたのはメイだった。
「どした? なんか用か? 言っとくが、もうつけ払えっておっさんのとこ出向くのは、いや、別にいいか?」
「いえ、今回はその件では無いです。あのケンくんのパーティに明日手が空いている方はいらっしゃいますか?」
お、ちょうどいいや。
何の偶然か、暇な男があんたの目の前にいるぜ。
「俺は大丈夫だ」
「いいんですか?」
意外そうな顔をされた。
失礼なやつだ。
俺は不良といえど、そう言う頼みを無下にするほど腐ってはいない。
「ああ、女同士の方がいいならやめとくぞ?」
「いえ、助かります。では、お手数ですが明日の8時にカウンターの裏の扉から入れる部屋に来てください」
「ん、了解」
俺がオッケーサインを出したら、ペコリと頭を下げて戻って行った。
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「危ねぇ、寝過ごすところだった」
「本当に寝起きは弱いですね、ケンくん」
しょうがない。
こればかりは昔から直らないのだ。
「早く行ってこい。そろそろ8時だ」
「げ、もうそんな時間かよ。昨日の飯まだ残ってるか?」
「私の作ったカレーが………」
「あ! 思い出した! サンドイッチの残りがあるんだった!」
俺は棒読みでそう言った。
流石のニールもこればかりは仕方のないような顔をしている。
「ふぅん、そうなんですか。じゃあ、私たちは先に訓練に行ってきます」
「おう」
リンフィアたちはラビを連れて、外の草原まで出かけて行った。
「さて、俺も行くか」
俺もすぐに出発することにした。
一体何の用だろうか。
「確か1階の………」
俺は階段を下りてカウンターに行く。
確かに扉があった。
「ここか。一応ノックしとこう」
俺はドアのノックした。
「あ、今出ます」
扉の向こうから声がした。
待っていたようだ。
「おはようございます。どうぞ入ってください」
「ん、邪魔する」
俺は扉の中へ入った。
中はメイの部屋だった。
キチンとした性格が出ている部屋だ。
だが、やはり女子である。
所々にぬいぐるみやストラップみたいなものが飾ってあった。
「ほー、言われてみれば女子の部屋って琴葉の以外入ったことなかったかもな」
まじまじと部屋中を見ていると、
「もう、恥ずかしいのであまり物色しないで下さい」
注意された。
これはしょうがない。
「さて、その座布団に座って下さい」
「ん」
俺とメイは向かい合うように座った。
「そんで、何をすれば良いんだ?」
「そうですね、じゃあ簡単に順を追って説明します」
オホン、と咳払いをした。
「今度、大狩猟祭が行われることはご存知ですよね」
「ああ、参加するからな」
「では、その主催者があの三帝の“万宝”だということは?」
「この前本人から聞いた」
「本人から!? あ、いえ、それはいいです。実は私、ギルドマスターを通じて万宝から依頼が入っておりまして」
「へー」
「その内容が、祭の戦闘場のデータ収集なんです」
データ収集?
「毎年顔なじみということもあり、ギルドマスターから仕事を預かるのですが、今回は少しばかり危険が伴うと言われたのです」
「データ収集がか? つーかなんでわざわざギルファルドのおっさんはお前に頼んだんだ?」
「私の能力でしょうね。所持しているスキルの中に【現像】って言うものがあるんです」
「おぉ、お前あのスキル持ってんのか。確かに紙さえあればいちいち書かなくても現場の様子を見られるからな」
この世界には、写真という物が存在しない。
いや、持っている人間はいるが、それは自身で作ったもので普及しているわけではない。
故に、このスキルを持っている者は重宝される。
「よく知ってらっしゃる。そう、そのスキルを持っているのがこの街で私だけなので、たまにこんな風に仕事を受けるのです。毎年の仕事の依頼もそういうことです。ですが、今年は会場に溜まっている良からぬ輩がいるそうで、襲われたら大変だから誰かに護衛を頼めと姉に勧められて」
「俺らに頼めと」
「はい。ダメですか?」
「いや、いいぜ。護衛だな。まかせろ」
こうして、メイの護衛をすることになった。