第90話
ギルファルドには、国を動かし得るほどの財力がある。
そこに至るまでには様々な事情があるのだが、ここでは語るまい。
彼は、様々な組織をまとめていた。
あのカジノもその一つ。
それ以外にも出資などで関わっている組織は多数存在する。
そんな彼には当然従える人間も数えきれないほどいた。
ギルファルドに付き添っているこの女性、セレスもその一人だ。
数年前、その機転と能力で側近まで上り詰めた彼女。
側近の中でもかなり近しい存在になっていた。
しかし、
「はい、計画は順調です」
薄暗い、誰もいない部屋で何か話している人影。
セレスだ。
手に持っているのは、通信魔法具。
これを使って誰かと話しているのだ。
『そうか。それにしても、案外簡単に忍び込めるものだな。流石はセレスと言ったところか?』
声の主はフフフ、と笑っていた。
男の、若い男の声だ。
「お戯れを。全てあなた様の指示通りに動いたまでです」
彼女は、ただの側近では無い。
彼女には秘密があった。
『いやいや、君はよくやっているよ。人間の中でも特に近寄ることが難しい存在の一つ、ミラトニア王国の三帝に近づき、あまつさえ側近まで上り詰めるとは』
「三帝などと持て囃されていようとも、あなた様に敵うはずもありません。所詮は人間なのですから」
『フフフ、人間を侮るのは危険だぞ?』
「それでも、やはりあの様な弱小種族が我々の敵になるとは思えませぬ。あの男単体で言えば確かに強いと認めましょう。しかし、人間という種族を見ると、どうしても脅威に思えないのです。今まで滅びなかったのは、単に先代までの我らが王が——————」
セレスは、失言に気がつき、喋るのを止めた。
「失礼いたしました」
『構わない。君の言い分は殆どの同胞たちの意思でもあるのだから。俺もそう思っているからな』
「はっ」
『さて、そろそろ時間だ。再び側近になりすましてくれ。頼んだぞ、セレス』
その一言を最後に通信は終わった。
セレスは誰もいない部屋で、声の主のいる方角へ跪いた。
そして、一瞬だけ姿を変える。
口には鋭い牙。
背中には黒い羽。
足は消え、蛇のように変化した。
「必ずや、成功させてみせます。我が主人」
彼女の名はセレス。
魔蛇族と言う魔族であり、ミラトニアに忍び込んだ間者、スパイである。
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「ねぇ、トモ」
命の神はトモを名前で呼んだ。
「お、やっと名前で呼んでくれたね。僕は嬉しいよ。それで、どうしたんだい?」
「動き出したらしいわよ。魔王側の連中」
「!」
トモは一瞬だけ表情を変えたと思うとすぐに元に戻った。
「ふぅん、そう」
「そうって、アナタ言ってたじゃない。彼らに」
「ああ、わかってるよ。僕が忘れるわけないだろう」
彼らとは召喚された勇者たち、つまり、ケンを含めた生徒たちのことだ。
「確かに言ったよ。魔王を滅ぼすために召喚したって」
「はぁ………じゃあもう少し興味持ちなさいよ。一応そういう建前なんだから」
命の神は大げさにかぶりを振った。
「わかってるさ。でも前魔王は今ケンくんと一緒に行動してるし、どうでもよくなっちゃったよ」
トモは退屈そうに欠伸をした。
「前魔王って言ったって一人だけでしょ。それに………」
「もー、わかってるって。ちゃんと役目は果たさせるよ。でも今じゃないでしょ」
「わかってるならいいわ。今度こそ、成功させなきゃよ」
「うん、わかってる——————」
神は全てを語っていない。
ケンはそれに薄々気が付いていた。
しかし、全てを知るのはずっと後のことだった。
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俺は帰るや否や本日の成果を披露した。
「じゃーん」
「わぁっ!! どうしたんですかその大金!?」
「カジノ」
カツカツの生活から一転。
しばらくは遊んで暮らせるぜ。
「2000枚………お前もうなんでもありだな。それよかケーキ寄越せ」
ニールさんはどうやらお金よりケーキの方が大事らしい。
なんとなーく女子っぽいところがたまにあるんだよな、こいつ。
「うわぁ、見てください! 美味しそうですよ! リンフィア様!」
リンフィアの前では素直にはしゃぐ。
「けーきぃ………」
「うわっ! おまっ、なんでそんな顔色に………まさか!」
俺はそれとなくリンフィアを見たら、ものすごいスピードでラビが頷いた。
「そうか………大声では言えないが、よく頑張った。ケーキで口直しでもしてろ」
ラビはヨタヨタと歩いて行った。
「さてと、俺も食うかな」
俺は俺で買っていたケーキを口に運んだ。
少し考えごとをしながら。
今度の祭り、激戦になりそうだ。俺とニールはともかく、リフィとラビは鍛えなおさねーとな。武器に慣れさせて、何個か魔法も覚えさせるか。それと、万が一に備えて、リフィにはあれを持たせよう。きっと驚くだろうな。
あれとは、秘密兵器だ。
しかし、あまりに強力なため、連続で使わせるわけにはいかないので、一回だけの使用にさせるつもりだ。
剣天だろうがギルマスだろうが蹴散らして絶対優勝してやる。
今日、いろんな奴に会って、そう思った俺だった。