第88話
「いらっしゃい」
やって来たのは無愛想な少女だった。
恐らくまだ未成年。
茶髪でヘアバンドをつけているのが特徴だ。
「ああ、ごめんね。あの席はちょっとゴタゴタがあって壊れちゃったんだ」
「!」
わかりやすくガッカリしている。
どうやら常連らしい。
全く、けしからんな。
俺も人のことは言えないが。
「でも座布団ならどうにか守れたから、あの席に敷いて使って」
少女はホッとした表情になると座布団を受け取って俺の近くの席に座った。
すると、
「いつもの」
「いつものね」
いつもので通用するほどか。
かなりの常連だな。
「ん?」
「………」
少女が俺の方をじーっと見ている。
なんとなく目があった俺は逸らせなくなり、しばらく見つめあった。
「………」
「………」
なんなんだ一体。
何をそんなにじーっと見ているのだろう。
金髪が珍しいのか?
いや、ここではそうでも無いはずだ。
「………子供がお酒飲んでる」
「お前もガキだろうが」
反射的にツッコムとムッとされた。
子供と言われた事に腹が立ったのだろうか。
「私はもう24。大人の女」
「え!? 24!? 詐欺じゃん! どう見たってガキだろ」
ブチッという音が聞こえた気がする。
「君、失礼だね」
その瞬間空気が変わった。
俺は素直にこう思った。
これは、凄いな。
強い。
明らかに人外だ。
その辺の冒険者よりも、ダグラスよりも、ギルファルドよりも、恐らく、ニールよりも。
「斬るよ?」
少女は、いや、女は背中の剣に手を掛けた。
「鑑定………………おわッッ!」
鑑定で見ようとしたら弾かれた。
これは、“加護”だ。
加護とは、この世界に存在する神が選ばれた人間に与える力だ。
名称に加護と入るものと入らないものがあり、例えば、俺の“神の知恵”は一種の加護でこの世界で最上級の加護だ。
こいつもそういったものを持っている筈。
それもかなり上位の加護。
「なんで加護持ちの人間がこんな辺鄙なとこに………」
「! ………なんでわかった?」
「さてな、当てずっぽうだ。とりあえず、その手を元に戻せ」
物騒だ。と言おうとしたら、
「——————ッ」
女は俺との間合いを一気に詰めていた。
速い、いや——————巧い。
そう形容する方が正しいだろう。
今まで見た中で誰よりも技術がある。
間違いなく剣術のレベルは10だ。
だが、
「落ち着けって、謝るからさ」
俺も伊達に“神の知恵”を持っているわけでは無い。
技術を上回る知恵を持っている。
俺は動きを予想して、体を横に持って行って、後ろに手を捻った。
「止めた………?」
「………」
向こうも驚いているようだが、こちらも結構驚いている。
もう片方の手、捉えたと思っていたのに別のところにあった。
「こいつ………」
「あーー!」
さっきの店員が、こっちに来た。
「ちょっと! また暴れちゃったのかい!? 今度こそご飯抜きにするよ!」
男がそう言うと、
「!!??」
思いっきり動揺して俺のことを指をさして何か訴えかけていた。
「にーちゃん、言っとくけど俺は自己防衛をしただけで、攻撃は一切行ってないからな」
「自己、防衛………??」
ん? なんだ?
おかしなことでも言ったのだろうか。
男は目を回している。
「てんちょ、こいつ強いよ」
女が俺を指差してそう言った。
「彼女を相手に………?」
その勿体ぶるような言い方が引っかかった。
もしかすると、すごい人物なのか?
「彼女はあの三帝だよ!」
「え………………は?」
三帝? このガキが? え? おっさんじゃないの?
「いや、世代が、マジで? ギルファルドのおっさんはもうちょいどころかかなり上だったぜ?」
「ギルに会った?」
剣天は俺にそう言った。
「ああ、あのダンディなおっさんだろ? カジノで会ったぜ。お陰で稼がせてもらった」
「ふーん………」
そういうと、女は席に座ってだんまりになった。
「どういう事?」
「こういう子なんだ。いつも僕の店に来て、ご飯食べて、人が居て子供とかガキとか言われたらたまにボコボコにして、みたいな?」
「なんつー迷惑客だ」
それくらい無視しろよ。
大人なら。
「この店に入り浸るのは分からなくもないな。メシ美味いし、にーちゃんいい人だし。でもなんでこんな若い奴が三帝なんだ?」
「それは………よくは知らないな。でも、彼女のことは誰にも言わないで欲しいんだ」
「なんでだ?」
「彼女自身人といることをを嫌うんだ。なぜか僕には懐いてくれてるんだけど………」
懐くって言ったら怒るんじゃないのか?
「とにかくそう言う事だから顔バレをしないであげたいんだ。このとーり!」
「言わん言わん。別にそんな気はさらさらないし、三帝とか興味が………無いわけじゃないけど、嫌がる事はしない主義だからな」
「ありがとう、恩にきるよ」
俺は席に戻ってメシの続きを食った。
やっぱり、めちゃくちゃ美味かった。
「あ、でも名前くらいは聞いてもいいよな?」
「………」
だんまりだった。
「へっ、嫌われたもんだ」
「………ラクレー」
「ん?」
「二度も言わない」
それきり喋る事は無かった。
だが、認めてはくれたらしい。
ラクレー、それがこの国最強の剣士の名前だった。