第824話
「それではお嬢様。何か御用がございましたら、こちらにご連絡下さい」
「お願いしますね」
パタンと扉を閉めた。
一先ず、自分の部屋に向かう。
俺もなんだかんだ疲れたのだ。
それにしても、帰郷したというのに、ミレアは生徒会長としての職務を行うつもりらしい。
勤勉というのはこいつのためにあるような言葉だ。
というわけで、疲れてはいるが、俺もこの怠惰な精神に鞭打って勤勉に過ごすとしよう。
『エル、聴いてるか?』
『はいなのです』
『後になるとは思うが、頼みたいことがある。任せられるか?』
『もちろんなのです!!』
こいつには後で目一杯頑張って貰う。
気になっていることがあるのだ。
さて、そうこうしているうちに部屋についたのだが、つい先程監視されたとわかったので、それなりに警戒してしまう。
仮に魔法具が仕掛けられていたのであれば、あっさりと探知出来るだろう。
だが、問題は固有スキルだ。
あれは基本的には対抗手段はないとされている。
一応方法はあるのだが、それは先ほどクルーディオが見せたような方法を用いなければならない。
それは、物体の魔力を捉えるのではなく、魔力を用いて周囲の異物を発見するという超高等技術。
例えて言うのであれば、用意した飲料二つを、飲みも嗅ぎも見もせず、触れただけで何なのか当てるようなもの。
それ程までに、見分けがつかない。
人間には不可能な技術。
いや、それどころか普通は探知に長けている妖精ですら到底なし得ない。
しかし、俺はそれを可能とするための魔力の扱い方、“知恵” を有しているのだ。
………ただ、実は既に試した所、残念なことに成功には至らなかったのだ。
「ふぅ………」
俺はパタンとベットに寝そべって目を瞑る。
思考は自然と魔力へ集まり、気がつくと魔力を練って周囲の探知を行なっていた。
廊下からここを通ってくる人の気配。
それはわかる。
しかし、それだけだ。
その程度であれば、音魔法のエコーロケーションを使えば事足りる。
だが、それはものの位置を測る魔法であって、空間そのものを認識するための手段ではない。
異物は測れないのだ。
「………………」
余計な物を頭から追い出して、ひたすらに魔力を意識する。
多少、視野は広がる。
しかし、その程度。
限界は見えている。
クルーディオが昼間見せた技術、あれは凄まじかった。
辛うじて魔力の流れは把握したが、あいつがそこら一帯の魔力を操るその様は、もはや魔力が自ら操られようとしていると思えるほどに、完璧な支配を行なっていた。
あれは、俺では真似できない芸当だ。
「………………………違う」
違う。
違う。
違う。
不可能など、認めていいわけがない。
こんなではダメだ。
俺は、出来ないことがあってはいけない。
もっと完璧にならなくては。
助けを借りることが大切なのはわかっている。
一人でなんでもできる人間など存在しない。
不可能は、誰かが補えばいい。
そのための仲間だ。
しかし、俺の居場所を守るには、そんな理屈は通らないのだ。
“人であること”
こんな世界で、守りたいものを全部守るには、不要な枠だ。
そんな枠がある前提で戦っていたら、この先俺は、また誰かが悲しむのを見なくてはいけない。
また誰かを失ってしまう。
嫌だ。
俺は、なんでもいい。
出来ないことは、端から潰す。
その過程で何になろうが関係ない。
こんな大それた力を持った以上、俺には、あいつらを守る義務がある。
だから————————————
………———………—————————………———………………………
「——————」
その声を聴いた途端、突然視界が変わった。
いや、違う。
そうじゃない。
見えているものはなにも変わっていない。
そこから読み取れるものが、大幅に増えたのだ。
「………………!!」
意識を集中させると、先ほどより広く視野が増した。
そして、
「あ………」
廊下を歩いている人物。
今ならわかる。
あれは、爺さんの執事だ。
こちらに意識を向けている。
向こうはどうやら俺に気がついていないらしい。
「何………………だ?」
『おめでとう。ようやく先へ進んだみたいだね』
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真っ白い空間。
こういうことが起こると、決まってあいつがいる。
「やぁ、ケンくん」
「トモ………………テメェどの面下げて………!!」
飛び出そうとすると、少し待てと制されて、俺は思わず止まってしまった。
「ふぅ。相変わらず血の気が多いね。まぁ怒る理由はわかるよ。勇者達、何人か亡くなったのは僕も知っている。残念だよ」
「なんで………………なんで巻き込んだ!? 何が代理戦争だ!! ふざけんじゃねェ!! 連中がもともと戦えるような人間ではないのは知ってただろうが!! なのに———」
「勘違いをするな」
グッと、押し黙ってしまう。
スラスラと出ていた怒り任せの言葉が、突然止まってしまった。
「あくまでも、戦力として数えたのは君だ。君が指揮を取り、彼らを死地へ赴かせた。僕が代理戦争について教えた、召喚しなかったという“もしも” は関係ない。事実は、君の指示によって人が死んだ。それだけだ。それがもし最低限の死だとしても、きっかけは君だ」
「テメ………………っ………………………ぁあ………クソッ、わかってる。わかってンだよそんな事は」
俺は今、不当にあいつに当たっているだけ。
もしもは関係ない。
俺が、殺したのだ。
「ちくしょう………………」
「そう思うのであれば、今手に入れた力を上手く使いなよ。手に入れただろう? 神の知恵の、本来の二つ目の力。この前先代と戦った時に使ったような紛い物じゃない、正規の力だ」
「………なんなんだよ、これは」
ニィッと、いつもの屈託のない笑顔と違い、含みのある笑顔を見せるトモ。
そして、俺にこう言った。
「神の知恵には四つの力がある。一つ、それが知識。そしてもう一つが、“知る力” 。今のように、情報を得る為の力さ」




