第811話
馬車から降りたミレアは、唖然と俺の顔を見ていた。
恐らく、突然の豹変に驚かれているのだろう。
だが、こいつがそんな顔をするとバレるかも知れないので、一応周りに聞こえないよう、音魔法で気をつける旨を伝えるとすぐに表情を正した。
その辺りはやはりしっかりしている。
「皆さん、ただいま帰りました」
メイド達はどことなく嬉しそうにしている。
こうも心情が滲み出ているのは、それだけミレアが慕われている証拠だろう。
流石の人望だ。
会長となる前から人に慕われやすいやつだったのだ。
その代わりに、俺の方には微妙な視線が注がれている。
だが、敵意というほどのものではない。
きっと、ミレアのそばに男がいること、先ほど俺の手を直に握ったことで混乱しているのだ。
と、ここまではどことなく物静かな雰囲気だったのだが、
「お嬢様ぁ!!」
そう言って、一人のメイドが飛び出してミレアに飛びついた瞬間、そんな雰囲気は一瞬で崩壊した。
身長が殆ど俺と変わらない、180cm以上の巨躯。
飛びつかれたミレアの顔が埋まる胸。
凄まじい声。
これがまたなかなかの童顔なので、大きな子供のようであった。
なんか色々とダイナミックなメイドだ。
表情こそ崩さなかったが、これに関してはマジでびっくりした。
「っぷは! ………もう、シェリアったら………………ふふ、ただいま」
「お帰りなさいですぅ!!!! 」
周りもやれやれという様子で見ているので、日常茶飯事というわけらしい。
と、騒いだと思うとすぐさまこちらに視線を向けるシェリア。
ギロリという音が聞こえそうなほどの目つきの変わりようと睨み方。
わー、警戒されてんなぁ。
「でもお嬢様っ!! なんなんですかこいつはっ!! なぜ男がこんなところにっ!?」
こちらを指さしながら、文句を吐き散らすシェリア。
一応大人しくニコニコしておこう………と、思ったが、ここはもう少し警戒を解いてもらう方がいいだろう。
なので、
「うっ………………そっ、そんな顔しても無駄ですっ!! 男なんかにお嬢様はぁ!!」
少し、試してみよう。
「シェリア殿………で、いらっしゃいますね?」
「あああ………あ?」
ピタリと言葉を止めるシェリア。
遮られると思っていなかったのだろう。
しかし、遮ったのは流れを無理やり引っ張るため。
そしてここからはこっちのターンだ。
「お話は予々お嬢様より伺っております。なんでも、幼少の頃からの仲だとか。とても信頼できる方であるとお聞きしました。良き友人である、とも」
「!!」
褒める。
褒めちぎる。
耳に入る賞賛が、みるみるうちに表情を溶かしていく。
あくまでも、俺ではなくミレアが褒めていたという事実がポイントだ。
それが、外でわざわざ思い出話を語っていたという事実と相まって、態度を軟化させていく。
もはや表情は別人だ。
「もちろん、皆様のお話も伺っております。数百という生徒を取りまとめる生徒会長の激務の中、お嬢様はいつも皆様の話を楽しそうに話されておりましたので。新参の私では到底勝ち取れぬ信頼に、少し嫉妬を感じてしまう程でした」
疑われる前に、当然手を打つ。
ざっと数人、同じように名前と思い出話を話すと、メイド達は一斉にキラキラとミレアの方を見ていた。
が、もちろんいつも聞いているなんていうのは全くのデタラメである。
実は、馬車の中で覚えているメイドや親戚家族の名前と思い出話、特徴や印象などを聞いていたのだ。
ミレア的には相当大変だったらしい。
それもそうだ。
100人近くいる該当する人物について語ったのだから。
だが、聞けばもうこちらのもの。
後は名前は【鑑定】で見て今のようにすれば、まるで何度も聞いていたような印象を持たすことが出来る。
そして、別に俺が褒めたわけでもないのにこっちに対する態度が軟化するのだ。
そう、こんな風に。
誰も馬車の中にいる数時間で聞いたとは思うまい。
お嬢様のこいつマジでやりおったみたいな視線はとりあえず流しておこう。
「申し遅れました。私はお嬢様の執事を仰せつかっている、“ワイズ・ホリィ” でございます。どうぞお見知り置きを」
ペコリとお辞儀をする。
我ながらこのギャップには寒気がする。
それはそうと、馬車の奥で笑っているあいつら、絶対しばらくリンフィアの飯をくれてやろう。
しかしまぁ、色々とイライラはあるが我慢だ。
とりあえず、一目は置いてもらえたらしい。
ちなみに、ワイズ・ホリィという偽名は、ケン………“賢い” の英訳であるワイズをそのまま取り、“聖” の英訳であるホーリーを少しもじったものとなっている。
“英単語イコール外国人っぽい名前の法則” だ。
「シェリア殿」
「あっ、ひゃいっ!?」
噛んだと思って口を抑えるシェリア。
顔を真っ赤にしながら口をパクパクしている。
が、こういう時の対処は聞いている。
「あっ、その………」
「ふふ、構いませんよ。お嬢様から聞いていた通り、可愛らしい方だ」
近しい人物は念入りに聞いている。
シェリアに関しては、こうなったら苦手意識をもたれる可能性があると思って対策を聞いていたのだ。
これに関しては、褒めればいいと聞いた。
一瞬ミレアに視線をやる。
こちらを睨み付けているが、不正解ではないらしい。
「ははは、やるなぁワイズ」
どうやらファリスが出てきたようだ。
いらんこと言うなとも思ったが、タイミングとしてはナイスだ。
「あっ、ファリス様!」
どうやら面識はあるらしい。
この様子からして一切警戒されていないようだ。
「久しいな、シェリア。ロゼルカ公はいるか?」
「あっ、いえ、旦那様はその………大旦那様でしたらいらっしゃるんですけど————————————」
ピシッ、と。
張り詰めた空気感を察知したシェリアは、突然押し黙って僅かに震えだした。
だが、どこか慣れたような表情でもある。
問題は、
「………………」
この、俺に向けられた凄まじい殺気だ。
「可愛い可愛いオレの孫に、どこの馬の骨かもわからん野郎を執事につけたと息子から聞いていたが、其奴であっておるのかの」
「!!」
扉から姿を見せたのは、歳の割に派手な髪色をした、隻眼の老人であった。
だが、驚いたのはその髪色でも目でもない。
その老人、何と耳が尖っている。
つまりこの老人、ミレアの祖父と思しきこの人物は、なんと、妖精族の血を引いている。
これはまた、厄介そうな匂いがしてきた。




