第597話
「マジでここに来る事になるとはな………」
馬車を降り、城下町と城を眺めた。
本当に一回きりだった。
転移して、出て行ったきり一度も戻ってきていない場所。
本来、俺が過ごす筈だった場所。
思うところはあるが、ここにいたかったという感情はない。
蓮達には悪いは、旅に出てよかったと思っている。
「ケン殿、そろそろ私たちは………」
セラフィナが話しかけてきた。
そういえば、こいつら反乱軍はまだ人の多い都市で暮らす事に抵抗があるんだった。
無理もない。
それだけの事をこいつらは人間にされたのだから。
「しばらくは近くの森などで身を隠そうと思います。何かあれば頂いた通信魔法具で連絡を入れますので」
ついてきたのは反乱軍のほんの一部で、残りは亜人に理解のあるSランク冒険者や騎士数名で警護をしつつ、大きめの廃都市に住むと聞いた。
きっとなんとかやっていけるだろう。
ただ、付いてきた連中も一部と言ってもこの大人数だ。
何かと大変だと思う。
「そっか。じゃあ………………あ、あった」
俺はアイテムボックスからあるキューブを取り出し、セラフィナに渡した。
「これは?」
「お前らの家を作る魔法具だ。展開術式を組んで作ってる」
「て…………っ!? エルフですらかなり難しいというのに………」
ほぉ? と俺は関心を持った。
『難しい』、つまり古代魔法の技術はまだ続いているという事だ。
流石はエルフと言うべきか。
「お前らの人数分は住める家だ。一応倉庫もやる」
「ここまでしてもらえるなんて………ありがとうございます!」
喜んでくれて何よりだ。
さて、“鍵”を渡さなければ。
「これで大分暮らすのが————————」
「はい、ちょっとすまん」
俺はセラフィナの額に触れ、そっと前髪を上げて額をくっつけた。
展開術式の欠点はこれだ。
個人の魔力を渡さなければ機能しない。
作る時にセラフィナがいたなら別だが、何文急ごしらえだ。
仕方ないだろう。
「ら、くに………………」
「こんなもんか」
俺はゆっくり離れ、魔力を確認した。
よしよし。
ちゃんと流れている。
と、思ってふと顔を見ると、セラフィナが真っ赤になっていた。
少し首を傾げるが、周囲の女子連中の目線で気がついた。
あ、しまった。
「え、や………………あの………い、今の………」
「すまん、配慮が足りなかった」
まぁ、あれは恥ずかしいよな。
「ほうほう。やるなぁ、聖」
イラッとするが、これでは流を殴れない。
ちなみに、“ナガレ” は今引っ込んでいる。
やっぱり主人格であるこいつは何も知らされていないらしい。
「ケン君………学院なら会長権限で懲罰房にぶち込んでミンチにしてました」
「ケンくん………そんなふしだらな人だったなんて………」
「お前らまで!?」
やめてくれ!
リフィ、ミレアからはマジでダメージがでかい!
「そ、それじゃあもう行きますね!」
「ちょおお、弁明してくれええええ!!」
あっという間に何処かに行ってしまった。
ちくしょうと思うが仕方ない。
嫌がっている様子がないのは幸いだ。
「おちつけよししょう。ついたんだからはやくはいりたいぞ、ワタシは」
そうだった。
外で詰られるようが中に入ろうが似たようなものだった。
「うへぇ………マジでいくのかよ面倒くせぇ………ん?」
「どうした? ししょう」
「いや、門の前でこっちを見てる奴がな」
「むむ、ほんとだ」
仁王立ちしてこちらを見ている。
あの格好は門番ではなく上級の騎士か。
それに、見覚えがある甲冑野郎だ。
確かあれは………………
「………ああ、やっぱりそうだ」
俺は男の方へ走って行った。
なるほど、知ってる奴から寄越したか。
「よう。一年くらいぶりか」
待っていたのは、蓮達勇者………転移者の指南役として配属された真面目騎士。
「久しぶりだな。ルドルフのおっさん」
ルドルフ・バルキウスだ。
「ふ………まさか俺の事を覚えているとはな」
「俺はそうそうものを忘れないんでね」
トントンと頭を叩くと、ルドルフは肩を竦めた。
このおっさん、あいつらと行動を共にしたせいか、若干軟化したような気もする。
流石に気も抜けたか。
「まさか戻ってくるとはな。あまり歓迎されないだろうに」
「うはは! なんだアンタ知ってんのか。俺が嫌われてるって」
「まぁ、四六時中一緒にいるわけだ話くらい耳にする。聴くだけ聴くと、ろくでなしのチンピラのようだったがね」
「だろ?」
どうせ他のチンピラと喧嘩しまくっていたとか、年がら年中血塗れとかそんなありもしない話をぺっちゃくっていたんだろう。
少なくとも俺は意味なく喧嘩はしないし、返り血は掛かったら別の服に帰れるようスペアの服を持ち歩いている。
意味のない喧嘩を見たことがあるのは蓮と琴葉くらいだ。
「まぁ、どうしようもねぇ連中だが、1ヶ月もあれば一端の戦士の足元くらいにはなるだろう。勇者は成長補正もあるしな」
「………どうしようもない、か………………」
「ん?」
「何もない」
何か言ったと思ったら咳払いをするルドルフ。
まぁ聞こえなかったが、とはならないんだよな、これが。
本当に嫌気が差す。
どうやら、ろくな事になっていないらしい。
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勇者。
異世界転移者の異名であり、国を守護する伝説の戦士。
その使命は、魔王の討伐。
しかし、一度国難に襲われれば、相手が誰であろうと国のために戦う正義の英雄だ。
最初は誰もが歓迎した。
当初は今はまだ未熟だと聞いたが、それでも民は期待を寄せた。
御伽噺のような、真の平和が訪れるのだと。
大都市フェルナンキアで魔族が襲来したと聞いた時は、多くの民が脅威を抱いた。
ついに戦いが始まるのだと恐怖したものだ。
だが、未熟だと言われていた勇者達は、一年にも経っていないにも関わらず、その魔族達を冒険者と共に撃退したと聞く。
人々は歓喜した。
期待はさらに膨らみ、民は勇者達を担ぎ上げ、まるで英雄であるかのように崇めた。
異変を感じた。
増長した勇者たち。
確かに力を持ち始めたのは間違いないが、どこかおかしい。
増長しすぎたのだろう。
しかし、それでも国を守ってくれている。
少しばかり許容するのが民の務めだろうとみんなで口を噤んだ。
——————今まで平和を守っていたのが、騎士達だということも忘れて。
一体、何を夢見ていたのだろう。
英雄? 戦士?
馬鹿馬鹿しい。
なんだこいつらは。
人が下手に出ていればつけ上がりやがって。
子供のくせに、一体何様だ?
でも、逆らってはいけない。
国にとって民は、弱くて替えのきく存在。
しかし、勇者は力を持っていて、替えはいない。
逆らうとろくなことがないのは確かだ。
我慢だ。
我慢——————————あれ?
なんで私たちは、我慢させられているのだろう。




