第594話
気を失うルイと、静かに泣きながら父親と兄を抱きしめるレイ。
もはや声を上げることはなかった。
それすら出来ないほど、レイの心はズタズタに壊された。
ルイを責めるつもりは毛頭ない。
それどころか、レイはずっと自分を責め続けたのだ。
愚かにも、人を傷つけたことを。
父が死ぬ原因となったことを。
ボロボロと流す涙と共に、欠けた心は外へと流れ出てしまったのだ。
「っ……………」
目を伏せるラクレー。
正直、見てはいられなかった。
まだ5歳。
そして、いろいろなことを教わり、人の死も理解した5歳児だ。
その痛みは、察するに余りある。
「………」
今はそっとしておこうと思い、ファリス達のところへ向かった。
すると、
「王女………!! 無事だっ………た、か………」
「ファルグ………」
ボロボロになったファルグがやってきた。
ラクレーの無事を確認して安心するが、悲壮感に満ちた顔を見て、ハッとしていた。
気づかされたのだ。
間に合わなかったのだ、と。
「クソッッ………………俺が足止めを喰らってさえいなければ………すまなかった、セスバー………!」
転がる死体の山と、自分の子の腕の中で眠る男を見て、ファルグは悔しそうに顔を伏せた。
「ファルグ………なんでここに………」
「セスバーだけじゃきついと思ったんです。だから加勢しようと思ったんですけど………結局、間に合わなかった………ッ」
そう。
ファルグは、セスバーの事を知っていた。
何故なら、ルアナから聞いていたからだ。
そう、ルアナに情報を流していたのは、セスバーだったのだ。
「………今はそれより、そこの2人です」
「うん」
ファリス達のところまで行くと、2人は瀕死ながらどうにか致命傷を避けていた。
応急処置も回復魔法でどうにかすませていた。
「ファリス………無事?」
「ああ。回復魔法があるからな。今更だが、魔法とはつくづく便利なものだよ。まぁ、回復魔法使用後はしばらくは連続して使用できないから万能とはいかないがね」
「ギルファルドは?」
「こいつは一度回復したからどうにか薬で処置した。今度返せよ」
「………ああ、返すさ」
「ふん………ならいいさ」
2人とも無駄口を叩く程度の余力があるほどには回復していた。
だが、回復魔法といえど疲労は治らない。
睡眠不足が回復魔法で解決しないのもこのためだ。
そして、心も治らない。
無駄口で気を紛らわそうとしていたが、やはり頭から離れない。
目の前に広がる、どうしようもない光景が。
「………………終わったな」
ファリスはそう呟く。
今にも自分が終わってしまいそうなほどか細い声で
「………うん」
「………………………………守れなかったな」
「………………………………うん」
ファリスは地面に置いた手を土を引っ掻くように握りしめた。
握って、叩きつけ、叩きつけ、叩きつけた。
悔しさを、悲しさを、やり場のない怒りを、叩きつけた。
「ちくしょう………ちくしょう—————!!」
勝利した?
敗北した?
否。
ここには何も残らなかった。
護りたかったものも。
殺すべき敵も。
最後には何が敵かも分からなくなり、終わった。
これは、ただの喪失だった。
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「ミラトニアに?」
ラクレーはファリスにそう尋ねた。
「ああ。どっちに行ってもろくな事はないだろう? お前達天人は」
ラクレー、ファルグ、レイ、ルイ。
彼らにとっての故郷であるルーテンブルクもそれと手を結んでいるルナラージャも、身を置くには危険すぎる。
だから、ファリスが引き取る事にしたのだ。
「安心しろ。天人は受け入れるよう、アルス………と言ってもわからんか。まぁ、国王に頼んでいる。安心して身を置け。お前の父の墓もそこで建てるといいだろう」
「………」
レイは小さく頷いた。
「ファルグ。お前は私に借りがあるよな?」
「………まぁ、悪いとは思ってる」
「だったら、協力しろ」
穏やかでない表情で、ファリスはそう言った。
「………聞こう」
「………………私は、もうこの国が許せん。だから、いつかこの国を滅ぼせるよう、魔法使いや魔法騎士を育成する事を決めた。学校は既に持っている。お前はそこで剣術を教えてやってほしい。もちろんお前にも魔法を教えるつもりだ」
「本気か?」
「当然だ。それだけの魔法の知識と、財力と人脈は私とギルで賄うつもりだ。だが、武力が足りない。そこで、お前達天人にその武力を先頭切って担って欲しいのだ」
国を滅ぼす。
途方もない話だ。
それに、そんな学校程度でつぶせる甘い国でもない。
だが、
「………もちろん、協力しよう」
それでもなお、戦おうとするだけの恨みを、彼らは持っていた。
「私も」
ラクレーも賛同する。
レイも頷いていた。
すると、
「でも、先頭を切るのはあたしがいい」
「!!」
「多分、修行すれば、あたしが一番強いと思う」
はっきりと遠慮なくそう言った。
「事実か? ファルグ」
「ああ。そこは保証する」
「そうか………………じゃあ来い。ラクレー」
ラクレーはファリスの前まで歩いて行った。
ラクレー、ファリス、ギルファルド。
そう、ここからだったのだ。
「武力はラクレー、知識は私、財力・人脈はギルファルド。私達は、それぞれ国で一番になる程度にならねば、この国には毛頭勝てないだろう。だが、自信を持って言う。それはもう達成していると言っていい。故に、それぞれがそれぞれで国に恐れられるくらい強い存在になったら、始めよう。この国への復讐を」
そして、ファリスは宣言した。
「目指すはこの国の三つの頂点。言うなれば、“三帝” だ。必ず、上り詰めて見せる」
この国の頂点に立つ事。
そして、復讐する事。
三帝は、このために作られたのだった。
始まりは既に終わり、歩んでいる3人の物語は、今へと続くのであった。
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これは余談であり、ファルグも語っていない話である。
「はい、かんりょー」
アルデミオは棒読みでそう言った。
目の前にあるのは、国王1人になったルーテンブルク軍。
「きさ、まら………………ッ!!」
「裏切ったとか言わないでよー。俺ァ、元より女王陛下の言うことしかきかないつもりだったんだから」
「ッ………じゃあ———————————」
国王の首が宙を舞った。
血飛沫を振り払ったアルデミオは、もう聴くことのできない王に答えたのだった。
「そう。アンタはあの方らにとってただの捨て駒だったのさ。この計画の、な」
アルデミオは面倒くさそうにあくびをして馬に乗った。
やっと帰れるのだが、国との距離を鑑みて辟易しているのだろう。
すると、
「アルデミオさん」
「ん? どったのオウジョウ」
近くにいた王条は、ふとあるものに気がつき、拾った。
赤い丸薬だ。
「これなんだろ?」
「あー、飲むなよそれ」
「飴玉………?」
「馬鹿野郎。薬だよ薬」
「へー………」
一見すると、やはり飴玉だ。
「帰んぞ」
「はいやー」
王条は赤い薬を落として、そのまま立ち去った。
これが、赤い飴玉の始まりとなる事は、この時は誰も知らなかった。
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以上までが、レイ達およびラクレー達の語った過去の話だった。
様々な思惑はここから既に始まっていた。
人間界の統一は刻一刻と迫る。
ウルク。
ラクレー。
命。
琴葉。
そしてケン。
キーとなる人間達の中心に立つ彼らは、一体どうなっていくのか。
神のみぞ知る?
いいや違う。
それは、神さえ知らない未来の話。
———————————————だが、それを知るものがいるとするとするならそれは——————




