第593話
死というものを理解した。
多くを語れる程、たくさん亡くしたわけではない。
それでも、凄く悲しいことであることは、身に染みてわかった。
「………」
怒り。
今まで感じたことのないような怒りが湧いてくる。
しかし、それをどこにぶつけることもできない。
今の自分は、それほどまでに役立たずで足手まといの弱者だと、ラクレーはひたすら己を責めた。
囲まれている。
今のラクレーには、どうしようもない状況だった。
そう都合よく戦えるようになるわけがない。
これは御伽噺ではなく、ただの殺し合いなのだから。
「ち、くしょう………」
「くッ………………任せ、られた………の、に…………このざま、とは………」
せめて、ファリス達だけでも助けたい。
しかし、しかしだ。
どうすればいいのだろう。
「くッ………全滅は免れたが………あの小僧どもさえ出てこなければ………子供姿と言って侮るとおもってけしかけたのだろう」
小隊の隊長の小言が聞こえた。
小僧ども。
きっと子供たちのことだ。
邪魔をしたのだろうか。
———————否。
ラクレーはふと考えた。
万が一、あの人数で乱戦になったとして、この2人がこんなにうまく生き残れるのだろうか。
助けているつもりで、助けられたのは………
「貴様らももう終わりだ。やれ、子娘」
元よりそのつもりと言わんばかりに男を一瞥し、レイは剣を振り上げた。
その瞬間、
「!!」
瀕死のラクレーは最後の力を振り絞ってレイに飛びかかった。
「———————」
無言で剣を構える。
流石に自殺行為、と言いたいが、ラクレーはレイの癖を知り尽くしている。
ラクレーは、予想通りに動く事だけを期待し、捨て身作戦に出たのだ。
(右腕を引いた。目線と足の角度は………うん、やっぱりそうだ。レイはきっと——————)
「———————————————!!」
僅かに眉を吊り上げ、怪訝な顔をする。
確実に殺すため、という意思はない。
ただ殺す。
言い換えると、手を抜いた。
今のラクレーなら、どうなろうが後ででも殺せると考えたが故、
(右上を狙う)
ラクレーに躱されてしまった。
「っ」
そのまま奥へ倒れ込み、茂みに飛び込む2人。
しかし、有利になったわけではない。
ここからはさらに賭けだが、これしかない。
「レイ!! 眼を覚ませッッ!」
「………」
都合がいいことは百も承知。
しかし、この状況を生き延びるには、双子のうちどちらかでも正気に戻ってもらうしかない。
「レイ………お前、自分で何をしているのかわかってるの!?」
「………」
表情は変わらない。
だが、呼び続ける。
「レイ、お前はそんな子じゃないはず!! 無意味な殺しに加担するな!!」
「………」
変わらない。
答える様子はない。
それどころか、
「!!」
武器を持ち、ラクレーに向けていた。
「本当に………わからない………?」
「………」
「………本当に………何も………」
剣を握る手に力が入る。
ああ。
こんな事があるか。
まさか最期が、自分を慕ってくれていた者の刃によるものなんて。
もはや恨む気持ちさえ浮かばない。
ラクレーはただひたすら諦めたように、ゆっくりと眼を閉じた———————————————
「………………が、ァ………ゴフッッ………!!」
「「「!!」」」
「?」
今確かに、剣を突き刺した鋭い音がしたはずだった。
なのに、生きているという事は、
「………ら、くれー………様」
「レイ!!」
狙ったのはラクレーではなく、背後から迫っていた敵だったのだ。
「なんとか、間に合ったか………呼びかけていただき感謝しますぞ、王女殿下」
「………………セスバー?」
後ろを振り向きながらそう言うと、そこにはセスバーがいた。
しかし、
「!!………………お前………!!」
既に、瀕死の状態で、だ。
「このような姿で申し訳ございませぬ。何文、ここに来る途中70人ほど相手をしておりました故」
「!! 貴様………………まさか」
小隊長が額に青筋を浮かべつつ、そう言った。
そう、ここにいる騎士の死体は25人ほど。
100人と言う数字は、合流してからの数だった。
つまり、
「駆除させて貰った」
全て、セスバーが殺したのだ。
敵騎士にわかりやすく動揺がみられる。
無理もない。
セスバーが放つ殺気は、ここにいる騎士団長は愚か、ファルグさえも上回る。
彼は天人以外では国内最高の戦士なのだから。
「くッ………此奴を殺—————————」
隊長の頭から、炎があがる。
ファリスのファイアアローは、疲弊して隙だらけの隊長をいとも簡単に射抜いたのだ。
「は、は………一矢、報いた」
「「「隊長!!」」」
リーダーを失い、一気に不安になる騎士達。
そこに付け入り、セスバーはこう言った。
「今なら逃してやろう………疾く消え失せろ」
「「「!!!」」」
流石に命が惜しいのか、騎士達はその場から逃げ去った。
しかし、まだ終わったわけではない。
逃げていない敵もいたのだ。
「ルイ………………今回はお前の聡明さが仇となったか………」
ルイは黙ってこちらを向いた。
聡明さが仇となった。
それはどういうことか。
あの時飲んだ二つの薬。
一つは王から受け取ったもの。
だがもう一つは自分が暗示が解けるよう調合した薬だった。
どの道、一旦は王に身柄を預けなければならないと計算したが故に、じっくりとだが効果の強い薬を飲ませた。
これなら、専門家より一歩劣っていても効果を出せるのだ。
しかし、ルイはそれを飲んでいない。
これは、両方飲むのはまずいと推察したルイが、よりによって王の用意した薬を飲んでしまった事が原因となったのである。
「ルイは………元に戻らない?」
「いえ、これさえ飲ませれば戻ります」
取り出したのは青い薬。
それは、ルイ達に飲ませたものをこの数日でさらに改良したもの。
元々急ごしらえだった以前の薬とは違い、即効性がある。
「しかし………飲ませられるかわかりません」
「え………?」
「今のルイは、強制的に天人としての力を引き出されている。故に、私でも勝てるかどうか………いえ、手傷を負ったいま、ハッキリ言って勝てませぬ」
「!!」
「それでも、待ってはくれないようですが………」
剣を構えるルイ。
相対するのは自分の父親だ。
しかし、今のルイは何も見えていない。
本来の敵も味方もわかっていない。
ただ、障壁となる存在をことごとく壊すのみ。
「っ………………来る!!」
ルイは一気に飛び出し、容赦なくセスバーを斬りつけた。
凄まじい威力とスピード。
まともに受ければ、パワー負けするだろう。
セスバーは最低限の動きでそれを回避する。
息を整え、余計な体力を使わぬよう動かず、逸らし、斬る。
受け流してはカウンターを試みるが、やはりうまくいかない。
セスバーは既に限界だった。
「セスバー………!」
セスバーはひたすら集中する。
気を抜けば斬られ、退けば貫かれる。
極限状態のまま、剣をぶつけては流し、隙を見つければ斬ると言うのを繰り返していた。
「ッッ………!!」
強い一撃が、来る。
避けられないと判断したセスバーは、あえて正面で受け、奥に飛んで衝撃を回避した。
しかし、
「ぅ、ッ………………ガハッッ………………!!」
軋む内臓が悲鳴を上げるように、大量の血を吐き出す。
やはり、手負いの者が相手取るにはあまりにも強すぎた。
だが、セスバーはこんな状況であるにも関わらず、嬉しそうに笑っていた。
「……………本当に強くなった」
小さくそう呟く。
そして、
「ッッ!!」
ついに受け切れなくなったセスバーは剣を宙に弾かれ、丸腰になってしまった。
「ここまでか………」
納得するようにそう呟く。
まるでこうなるのがわかっていたような口ぶりだ。
いや、わかっていたのだろう。
先程も言っていた。
勝てない、と。
「1分も保たぬか」
「セスバーッ!!」
ラクレーは大声で叫ぶ。
それでもルイは一切止まるそぶりを見せない。
やはり、全く見えていないのだろう。
ルイは剣を構え、首を狙う。
するとセスバーは、何かを覚悟するようにしっかりとルイを見据えた………………………その時だった。
「うわああああああああああッッッ!!!」
「レイ!?」
悲鳴のような叫びを上げながら、レイはルイに向かっていった。
速度がない。
天人の力の消え、強化状態もほぼ解除されたのだろう。
勝てるはずない。
しかしルイは、その負けるはずのない敵を害とみなして剣を振り、レイを弾き飛ばしたのだ。
「っ………ぎッッ……………………!!」
飛ばされた先の木に衝突し、倒れ込むレイ。
そして、やはりルイはレイに歩み寄っていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
「やめろルイッッ!! お前の妹だろうッッ!!」
ラクレーの懸命な呼びかけにも一切応じない。
何度も何度も叫んだ。
それでも、声は届く事がなかった。
迫る。
迫る。
迫る。
そしてルイは、とうとうレイにたどり着いた。
同じように剣を構えそして—————————
「止せえええええええぇーーーーッッッ!!」
ルイは、貫いた——————————自分が慕う、父の心臓を。
「やはり………………これ以外なかったな………さァ………帰って来なさい………ルイ」
セスバーは、そのままルイを抱きしめ、薬を飲ませた。
これが、全ての戦いが、終わった瞬間であった。




