第589話
染山 王条。
この時からすれば後の話となるが、かつて魔獣演武祭のバトルロワイアルに乗り込み、同じ神の元に喚ばれた転移者、氷上 霧乃たちを神威中毒で化け物に変えた男。
固有スキルは、味方陣営ではまだ誰もはっきり見ていない。
謎の多い男だ。
「これって避けられるものなんか。はいやー、勉強になるなぁ。おれっち感服したよ」
「なんだこいつ………」
緊張感も何もない。
パッと見る限りどこからどう見ても素人の子供だ。
だが、
(何故、こんなに隙がない……………!?)
絶妙な間合いの取り方をされている。
こちらが少し動けば、即座に位置を修正されてしまうのだ。
「ソメヤマ!!」
国王の無駄に大きい声が聞こえる。
向こうはわかっているのだろうか。
今駒として扱っている者の恐ろしさを。
「はいはい?」
「二度と立ち上がれぬようにして殺せよ」
「えー、それはおれっちの趣味じゃないんですけど」
「っ!? こいつ身分差ってものを知らんのか!?」
身分差。
まさかかの王からそんな言葉を聞くことになろうとは。
王は向いていないなどと度々ほざいておきながら、事あるごとにそれを利用しているのはいかにも権力者らしい。
それを悪いとは言わない。
しかし、民草を騙すような君主はどうあっても殺さねば。
「おいガキ。お前、ルナラージャからの回しもんだろ? だったら退いてくれねぇかイ?」
「はいやー、それは無理な相談だなぁ。おれっちも一応仕事ですしおすし」
「そうか………」
黄金の光はより強く光出す。
本気を出すと言うことらしい。
「死ね」
「[ヤだ]」
「!!」
足に力を込め、地面を大きく凹ませつつ、なんとかとどまるファルグ。
そっと手を前に出すと見えない壁が出来ていたこと
触れた瞬間止まったことで正面から激突するのを防いだが、これは厄介だ。
「チッ………出鱈目な能力使いやが——————」
「[跪け]」
「てぇッッ………………!?」
ガクッと片膝が崩れた。
自分の意思じゃない。
かと言って操られているわけでもない。
これは………………
(意思の誘導………いや、書き換えか!?)
そう思わせようとしているのではなく、そう思っていることにしているのだ。
それは、人が使う能力にしてはあまりにも強大すぎる。
だが、
「がッ………ァ、ァアアアアアアアアァアァァッッッ!!」
「!!」
ファルグはそれさえも逆らい切った。
命令をふりはらい、剣を強く握りしめ、壁を打ち壊した。
「はいやー! これも耐えるんだ!! これはこれは………天人とやらも結構マジで侮れないなぁ」
「このクソガキがァァアアア!!」
背後まで一気に駆け抜けて、向こうが振り返るタイミングで上に飛び、全力の一撃を突き込んだ。
確信を持った。
いける。
このタイミングなら操られてようが絶対に突き込みの方が早い。
壁もあの脆さなら10枚貼られようが突き破れる。
必殺の一撃は、周囲に真空の刃を作りながら、真っ直ぐ——————
「[ひょいっと]」
——————王条の顔の横を突き抜けていった。
そして、
「[ドン]」
ファルグの体がとてつもない力で吹き飛び、
「[グシャリ]」
押し潰され、
「[バッタン]」
叩き落とされた。
「ッ………が、ァ………………くっ………!!」
しかし、衝撃の瞬間に受け身をとって直ぐに起き上がる。
距離は取らない。
おそらく意味がないと気づいたのだろう。
「これでも倒しきれないとか………」
「………………………」
このままでは訳がわからないまま負けてしまう。
なんとかしなければ。
そう考えていると、疲れ切ったタイミングを狙ってか、3人ほど向かってきた。
1人は巨大化した氷の刃を振りかざし、もう1人は風を鋒に集めて貫通力を上げた突きを放ち、最後の1人が地面を隆起させファルグの行動範囲を狭めた。
「「「死ねッ、ばけも————————」」」
それを、後方に放った巨大な炎の刃で纏めて灰にした。
「今雑魚に構ってる暇はねぇんだ………」
そう。
策など弄さずとも力押しで戦える敵ばかりだった。
だが、王条には通じない。
単純な戦い方ではダメだ。
何か上手い方法がある。
「………………待てよ」
ふと、疑問に思ったファルグ。
しかし、その疑問を実証する方法がない。
ぶっつけで試す。
それ以外にないのだ。
「すごい火力だけど、俺っちには効かないよ」
「だろうな。だが、こういうのはどうだ?」
ファルグはそこそこの距離まで接近し、立ち止まる。
そして、呪印を解放した。
「!!」
周囲の空間が歪み、揺らいでいく。
視界がブレ、敵にはこう見えている事だろう。
ファルグが消えた、と。
「はいやー………幻覚系の魔法かい? だったら………[ほいっと]」
王条は何かをした。
しかし、
「!?」
(………やっぱり)
確信を得た。
どうやら、物質や生物に命令をする能力だ。
そして、はっきり見えているものをどうするのかを示さなければいけない。
故に、今のファルグに手出しは出来ない。
そして王条は魔法の可能性を疑った。
おそらく、あたり一帯の魔法を消したとか魔力を奪ったとかそんなところだろう。
これは魔法ではない。
呪印で発生したものは自然現象だ。
そしてどんなものなのか相手が気付く前に、こちらの準備を終わらせなければならない。
「よし………」
ファルグは、ファリスからもらった魔力デコイを辺りにばら撒いた。
成功率が今のところ低く、使用魔力も馬鹿にならないので使えるのを控えていたが、賭けるべきだろう。
やるなら、今しかない。
「!!」
魔力デコイを作動させると同時に魔力を流したため、向こうが勘付いた。
「何か企んでるな!?」
そうはさせんと言わんばかりにあたりで爆発が起こる。
数打てば当たると思ったか、ヤケクソか。
どちらにせよ、視界はさらに悪くなったので好都合だった。
ファルグはたまに避けながら、その魔法の詠唱を開始する。
「『剛強なる不屈の肉体は天上を突破し、限界を忘れ、ただひたすら強さを求める。我は鋼の凶器なり……………頼むぜ………【クインテットブースト】』!!」
「!!」
魔力が消えた。
少しばかり使い過ぎたせいで、目眩を感じる。
疲労も溜まってきた。
「チッ………………身体が重たくなるのはいつぶりだ?」
しばらくそれらしい実戦もなかったので、多少鈍った事を感じるファルグ。
だが、
「それでも、引き当てたぞ………俺は!!」
ファルグは賭けに勝っていたのだ。
力が渦巻く。
とてつもない密度を持った魔力は密集し、そして、 一気に爆発した。
真っ白いオーラが吹き荒れ、爆風と蜃気楼を一瞬で消しとばしたのだ。
「はいやー………………これは流石にピンチかな」
「はははは………これなら、確実にお前を———————」
———————現状について述べるのであれば、この時点で王条の負けは確定した。
このまま戦えば、確実にファルグは生き残るだろう。
さて問題だ。
知っての通り王条は生き延びて演武祭に乱入する。
それは何故か。
答えは簡単だ。
「———————————————」
ファルグがこの場から消えざるを得なくなるからである。
その時、確かに感じたのだ。
後方で戦っていたラクレー達の内、誰かが致命傷を負ったという事を。




