第588話
「ん、おいでなさったか」
ファルグは池の辺りにあった岩から徐に立ち上がり、遠くを眺めた。
連絡通り、敵の数は推定1000。
だが、若干少ない。
なるほど。
想定内だ。
恐らく、本隊900。
2〜30人程の分隊ないし小隊が散り散りになっているのだろう。
だが、ラクレー達ならばきっと負けることはない。
あれが密閉空間でなければ、ファルグは負けていたのだ。
流石としか言いようのない才能だ。
それに、ファリスとギルファルドもいる。
双方ともなかなかの実力者。
特にファリスがいれば、防御面はかなり有利だ。
大丈夫。
全員生き残れる。
あとは、
「俺がこいつらを削り切るか、足止めだけして俺が死ぬか、だな」
ファルグは剣を引き抜き、軽く振るう。
草がなびき、水面が微かに震え、大きな波紋を作った。
悪くない。
自然回復でもうすっかり治った。
万全だ。
これで勝てなければ、もうどうにもならない。
「崖っぷち………………後には引けない。目の前にいるのは無数の実力者。だが、無問題」
ファルグはゆっくりと歩き、進んでいく。
そのまま歩いていくと、どうやら向こうもファルグに気づいたらしく、一気に場の空気が重く沈んでいった。
中にはファルグを攻撃しようとしたものもいるが、中央で指揮をとっていた国王がそれを止めた。
そして、双方ある程度近づくと、立ち止まり、奇妙な時間が流れ始めた。
「………」
国王は一切動揺していない、ように見えるが、実はそこそこ堪えているようだった。
「………………お前が裏切るのは予想外だったな」
「だろうな。ま、アンタのその余裕のない顔が見られて安心だ。結構な痛手だろ? 他国に隠してまで持っていたとびきりの戦力が消えるってのは」
薄ら笑いが消え、青筋を浮かべながらファルグを睨みつけていた。
「生意気な………」
「俺が王女を恨むと思うか? 俺が実験体として好き勝手された原因はラクレーじゃない。あいつはただ、アンタらに利用されてただけだ。恨む訳がない。あいつは、俺が守るべき同胞であり主人だ。それを………徒らに傷つけるような真似をしやがって………ッ!」
ファルグはゆっくりと腕を上げ、鋒を国王に向けてこう言った。
「こいよ下衆野郎。テメェの面二度と拝まねぇよう、粉微塵に斬り刻んでやる」
そして遂に、戦いは始まった。
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「始まったか………」
爆発した凄まじい魔力を感じ取ったファリスは静かにそう言った。
改めてその凄まじさを実感できる。
「子供達は?」
ギルファルドに確認を取ると、雑な籠に纏めて子供達が入っていた。
10人以上の大人数だが、歩き回らせるよりは抱えて走った方が早いと言う決断に至ったのだ。
「なんとか連れて行けそうだ。それにしても、相変わらず魔法は見事だな」
「これでも魔法使いの中ではトップだと言われてるんだぞ。この程度造作もない」
ギルファルドはやれやれとかぶりを振った。
「戦闘が君達と比べてザルな私は、荷物持ちに徹する事にするよ」
「君達、か」
ファリスは傍で気を失っているラクレーを見てそう言った。
「………残酷な事をする」
「仕方のない事だ」
「こいつはまた近しい者を失うかもしれないんだぞ!?」
ギルファルドは珍しく鋭い目でファリスを睨んだ。
そして、消え入りそうな声でこう言った。
「………………………我々が弱かったのだ」
「っ———————」
何も言えない。
それをいうにも、ファリス達はあまりに弱かった。
「行くぞ。この子らを逃すのは、我々ができるせめてもの仕事だ」
「………ああ、わかってるよ………くそッ」
ギルファルドは身体強化をし、重たい籠を背負った。
急いで出なければならない。
敵の手は、すぐそこまで来ているのだ。
「ルアナ、案内を頼む」
『承。コチラダ』
ただでさえ静かな地下の通路なのだが、子供達が騒いでいない今はもっと静かで物寂しい。
ここは曲がりなりにも家だった。
そして、もうすぐなくなる家だ。
ファリスたちは、誰もいない薄暗い通路を駆け抜けていくのだった。
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「うーん、若干拍子抜け、って感じだな」
ファルグは後ろを振り向かずに背後から迫る3人の戦士の首を斬り落としつつそう言った。
平原に横たわる同じ鎧を着た死屍累々が、この戦場の異様さを物語っている。
もうかれこれ500人は斬っていた。
「こんな………これ程までに………!!」
「勝てる訳がない………」
既に半数が死に絶え、残った兵士は7割方戦意を喪失している。
「国王。もう降参した方がいいと思うぞ。この様子じゃあいつらを連れてさっさと帰れそうだ」
いかんせんこれほどまで敵が多い多対一の経験がなかったファルグは、流石にここまで圧倒的だとは思わなかったのだ。
だが、ここまで戦って確信した。
心配そのものが杞憂だったと。
要らぬ心配だったと。
「さて………あとは一気に片付けようかね」
ギリっと奥歯を噛み締める国王。
ここに来て苛立ちを思い切り表に出していた。
「チィッ………………ファルグめ………」
だが、それはこの状況への苛立ちではない。
「まさか、ルナタージャに借りを作る羽目になるとはな………!!」
チリッ、と肌が焼ける感覚を感じ取った。
ほんの小さな感覚だ。
とるに足らない筈。
なのに、
「………!!」
嫌な予感がしたファルグは咄嗟に身体を倒した。
その瞬間、
「ッッ………………!!」
さっきまでいた場所が小さく爆ぜたのだった。
「はいやー、失敗失敗………よし、それじゃあ………[ドカン]」
「っ………くそッッ!!」
何者かの掛け声とともにその場に爆発が起こる。
未知の力が、ファルグを襲い続けた。
それを見た国王はようやく余裕のある表情を取り戻し、再び踏ん反り返って眺めていた。
「くくく………癪だが使えるじゃないか………ソメヤマ・オウジョウ」
その後ファリスが立ち上げる魔法学院で、仲間を化け物に変えた冷血漢の圧倒的な戦いぶりを。




