第582話
仮面を剥いだファルグは、それを砕いて床に棄てた。
仮面は王の指令。
なんでも、こうした方が面白いからとのことだ。
我が主君の事ながらひどい話だと、ファルグは思っていた。
そして、こうとも思っている。
まぁ、もう関係のない事だが、と。
「お2人さん。悪いけど、ここは俺がいる限り手出しできないよ」
ファルグは2人を見下ろしてながら、全く悪いとは思っていない様子でそう言った。
「チッ………油断した………………くそッ!!」
ファリスは枷をカチャカチャと鳴らしながら忌々しげにファルグを睨み付ける。
「油断………? はは、油断していなければ抵抗できたとでも?」
「っ………………ンの………」
ファリスの怒りはどんどん膨れ上がるが、弾けることはないだろう。
言い返していないところがその証拠だ。
ファリスも、ファルグの言う通り抵抗できたとは思っていないのだ。
「安心しろ。まだ殺さないさ。アンタらがここを調べていた訳と、調べる様に指示をした奴を吐くまではな」
淡々と喋るをラクレーは茫然と見ていた。
話が入ってこない。
裏切られたと言う実感が持てないのだ。
どうなってるのなんでどうしてこれは現実じゃない本当は何か別の意図があってこんな事をしているんだ裏切られてなんかいないこいつはファルグじゃないこんな筈がない………………………
「………………………」
ラクレーは、ファルグが話し終えるまで一切動かなかった。
「………王女」
ラクレーはゆっくりと顔を上げる。
そして、告げられたのは、
「レイもルイも捕縛済みだ。陛下がこれから数日後にこちらへ向かうだろう………もう、何もかも終わってるのさ」
「———————」
容赦のない、現実だった。
まるで鈍器で殴られたような衝撃が走る。
口下手で、城に出られる機会も少なく、兄弟とロクな関わりのないラクレーがもつ数少ない繋がりが、どんどん断ち切られていく。
項垂れ、小さくなったラクレー。
目も当てられない悲惨な光景だ。
自己というものを、強く感じた事はない。
自由な性格に見えるのは、自分がぶれているから。
あたしは、きっと足りていない。
それでも、護りたいものはある。
心はある。
そして、それは初めて崩れそうになっていた。
崩落する何かを眺めながら、あたしはただただ立ち尽くしている。
あれはなんなのだろう。
何が壊れているんだろう。
わからないまま、それは殆ど消え失せた。
そして、最後の欠けらを砕くべく、振りかざされた最後の一撃。
『もう、何もかも終わってるのさ』
………………………終わる?
いいや、違う。
終わらせてなどなるものか。
壊れた? 崩れた?
それがどうした。
まだ、あたしは生きている。
だったら、たとえ何があろうと、あたしは取り戻して見せる—————————絶対に………………!!
———————
床に這いつくばらされているファリス達。
打つ手はない。
武器も魔法具も、全て奪われた。
この拘束具は、魔法を使う際の術式構築を阻害する効果があるようだ。
詠唱でなければ使えないだろうし、使おうとすれば確実にバレる。
これでお終いか………………………いや、ひとつだけある。
ファリスは手に握った小さな髪留めに意識をやった。
そう、この髪留めだけはバレていない
髪に隠れていたお陰で見つかっていなかったようだ。
使い捨てだが、一度だけ扱える。
強化三級魔法・トリオブーストが。
だが、こんなものでどうするのかと正直なところ思っていた。
おそらく、敵は一級魔法で強化したファリスよりも強い。
こんな小細工があったところで。
そう思っていると、
「!!」
項垂れたラクレーから一瞬目が見えた。
さっきまでのが嘘だったかのようにギラついた目だ。
いや、さっきまでどころではない。
今までとは決定的に何かが違う。
会って間もないファリスでも、はっきりと感じ取れた。
「ギル………見たか?」
「うむ………………もう、これしかなさそうだな」
「ああ。賭けよう」
何とかして、ラクレーのところまで髪留めを飛ばす。
失敗すれば、確実に終わりだ。
慎重に、かつ大胆に………
ファルグは、一瞬視線を逸らした。
ここだ。
ここしかない。
ファリスは髪留めをラクレーのところまで弾いた。
届け。
どうか頼む………どうか!!
しかし、
「まだ諦めてなかったか」
ファルグはそれを見透かし、髪留めを握りしめたままファリスの真正面に立った。
届かなかった。
ラクレーの手元にある筈の髪留めは、ファルグの手によって阻まれた。
「………………!!」
「全く………しつこい連中だねぇ………」
今度こそ終わりだ………………と、なる筈だ。
誰が見ても絶望的なこの状況。
まさか抵抗するとは誰も思うまい。
そう思わせる事が、唯一の方法だった。
「サンキュー……………ギル」
「なっ………………!?」
ギルファルドの手によって、時間差で放たれた本物の髪留めは、ラクレーの手にあった。
——————
髪留め。
に見える何かというわけでもなく、本当に髪留めだ。
だが、何か不思議な力を感じる。
つい最近知った力だ。
そうだ。
魔力だ。
本来なら、あたしたちが持ち得ない力だ。
なのに、わかる。
これをどうするのか。
どう扱うのか。
さっき見た要領でいこう。
うん、きっと魔力というのは………………こうやって使うんだ———————————
呪印の紋章が強く光る。
赤ではない。
そして、漲る力の大きさはいつもとは段違いだ。
それは、内側から産声を上げるように、激しく、荒々しく、眩い黄金の光と共にラクレーに宿った。
(ああ、そうか)
附に落ちた。
元々、戦う素質はあったと自覚はあった。
だが、何かが人と違うと思っていたのだ。
両親をはるかに超え、騎士団長にも迫る強さだったラクレー。
その強さの理由を、ラクレーはようやく自覚した。
あたしも、天人だったんだ———————




