第581話
「………………」
ラクレーは薄暗い部屋の奥でゆっくりと目を覚ました。
視界がぼやける。
音も心なしか遠く聞こえ、頭も回らない。
まるで寝起きのような、はっきりしない意識の波をゆったりと流されているような感じだった。
それにしても、あまりにもぼーっとし過ぎているようにラクレーは感じていた。
すると、
「ィッ、ぎッッ!?………………ぁア………」
突然、軋む様な激しい痛みが、全身に流れた。
あまりの激痛で、これまではっきりしなかった意識が完全に覚めた。
「こ、こ………は………………?」
誰もいない。
完全に孤立しているらしい。
「う………これ、は………………まずい………」
体力がかなり削られている。
武器も奪われ、拘束もされていた。
だが、焦ってはいけない。
冷静に、ゆっくり思い出せ、とラクレーは自分に言い聞かせた。
「………………」
あたしは、ベラクレール・ルーテンブルク。
レイと街を散策していると、ミラトニアから来たと言う2人組、ファリスとギルファルドと出会う。
そこで天人計画のことを知り、2人と付き人のファルグとで、計画の中心地であるスーランに向かった。
到着後、地下にある実験施設を探そうとすると、ファルグが天人だと知る。
かつてこの地で実験台にされていたファルグの案内の元、あたし達は地下の実験場へ向かった。
「………よし」
ここまではとりあえず順調だ。
重要なのはここからだ。
地下に降りると、そこは薄暗い小部屋だった。
扉があったので、そこを開くと一本道になっていて、そこを歩いて行った。
「!!」
そしてラクレーは、重要な事を思い出した。
突然電気が落ち、ファルグ、ファリス、ギルファルドが消えた。
何より問題なのは、3人以外の気配がなかった事だ。
敵は相当の使い手か、そう言った能力持ちか。
どちらにしろ厄介だった。
その後、3人が消えた方へ向かうと罠があり、それを掻い潜ったところで………
「ッッ……………」
傷が軋む。
そう。
この傷は、その時にやられた傷だ。
敵は仮面の男だった。
一瞬でまずいと悟ったラクレーは構えるも、攻撃をする間もなく気を失わせられた。
おそらく、何十発も打撃を食らったのだろう。
だが、痛みはどうでもよかった。
ラクレーはただただ悔しかったのだ。
ファルグ達を取り返すことが出来ず、無様に負けてしまったことが。
思い出して思わず拳に力が入る。
手も足も出なかったことが何より許せなかったのだ。
今ラクレーは、箱入りの王女とは思えない戦士としての思想で頭がいっぱいになっていた。
「…………駄目。落ち着かないと………………」
昂る精神を一度落ち着かせた。
取りあえず、今の状況を理解したラクレーは、次の行動を計画した。
まず行うべきなのは、ここを抜け出して装備を取り戻し、3人を救出することだ。
ラクレーより劣るギルファルドはもちろん、同等の戦闘能力を保持していると考えられるファルグとファリスも捕まっている事を、ラクレーは確信していた。
ならば、早速外に出るが吉だ。
どうせ道なんてわからない。
だったら、早く外に出て撹乱しながら動いた方がマシだろう。
ラクレーは拘束具を確認する。
どういうつもりなのか、これは簡単に外せそうだった。
数分。
走り回り、最低限の動きができるまで待つ
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———
そして、
「………………!!」
ラクレーは磔のように壁に引っ付けられていた腕を前に思いっきり振り、呪印を起動させる。
呪印が光り、全身に力が漲るのを感じる。
徒手の訓練も積んでいるがやはり手元が寂しい。
見張りの兵が居れば、容赦なく奪って装備しよう。
最初の目標が決まったところで、いよいよ外に出ることにした。
拳に力を蓄え、扉を突き破る準備をする。
そして、いざ外へ。
「じゃあ、始め—————————」
と、その時、
「————————!」
巨大な塊が、壁に突き刺さった。
そっと頬に手を当てると、指先が僅かに赤くなっていた。
ふと気がつくと、目の前にあったのは扉ではなく、忌々しくも記憶に残っている仮面の男の姿だった。
この扉を吹き飛ばしたのは、おそらく警告だろう。
絶体絶命の危機。
この状況にラクレーに残された選択肢は、
「う、ああ、あああああアアアアアァッッッ!!」
正面突破のみだった。
しかし、
「あ———————————————」
男はまたしてもラクレーとは比べ物にならない速さで動き、一瞬で背後に回り、腕を掴んだ。
「そ、んな………………」
絶望的な力の差。
あの時は一瞬で気絶させられたから印象は薄らいでいるが、今はっきりとわかった。
この男には、勝てない。
でも、諦めるわけにはいかなかった。
幸い、殺すつもりはないらしい。
どうにか隙を作るべく、ラクレーは足掻いた。
「………どうするつもり?」
「………」
男は何も言わない。
それどころか、顔を向けさえしない。
流石に、会話くらいすると思ったのでこれは誤算だった。
これでは隙を作ることも叶わない。
そう思っていると、
「行け」
と、言う声が聞こえた。
仮面の男のものではない。
それとは別のフードの男が、扉の位置に立っていた。
「!!」
探していた2人と共に。
「がッ………………!!」
「………………」
2人は無事なものの、やはりかなりの負傷をしていた。
しかも、2人はルーテンブルク人ではない。
自然治癒力はないに等しいため、もう虫の息だ。
「2人とも………………………あ、れ………」
ラクレーは辺りを見回した。
一緒にいると思っていた人物を探して。
「なんで………いないの………………?」
ここには、ファルグは連れてこられていないのだ。
特別扱いする理由は、まぁ思いつく。
元々ここを出身とするファルグだけ別の場所にいる可能性があることは、考えればすぐにわかった。
だが、この絶望的な状況。
加えて、唯一ここにいないのが、最も信頼しているファルグだったことなど、様々な条件が重なり、ラクレーは冷静を欠いていた。
「ファルグを、どこにやった………………」
しかし、男たちは何も言わない。
そして、
「おいッ!! どこにやったんだと聞いている!!」
男の手を振り解き、ラクレーは即刻攻撃に転じた。
結論から言うと、当たらなかった。
それは、男が避けたからでは断じてない。
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「今頃、ラクレーは地下牢で幽閉されているんだろうな………」
国王は、レイ達を抱え、馬車に乗っていた。
全てを見通しているこの男は、悠々とした表情で、外を眺めている。
娘のいるスーランの景色を。
「いやぁ、悪い事をしたものだ。騙したくはなかったが、そうやって安心させた方が後が楽しそうだし、油断もしそうだしな………やっぱり、俺が関わっていないと言わせておいてよかった! ふははははは!!」
そう。
これは嘘だった。
しかし、知らなくてついた嘘ではない。
発言した者は、これを知って、ラクレーに伝えたのだ。
「見たかったな、仮面をとる瞬間を。今ラクレーはどんな顔で過ごしているんだ? なァ………」
国王は、仮面の男の名を呼んだ。
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そう、ラクレーも知るその男の名を。
それ故に、ラクレーは止まったのだ。
その者を助けるための一撃が、あろう事かその者自身に向いているなんて、思っても見なかったから。
「残念だったな、ラクレー。ここまでだ」
嘘をついた男は、仮面を剥いだ男の名は、ファルグ。
ラクレーの忠臣は、王の手先だったのだ。




