第580話
——————場面は変わり、現在へ。
「てな感じで、俺たちは地下に入って行ったわけだ」
「なるほど」
俺はうんうんと頷いた。
天人。
呼び方は別として、こいつらがハイブリットだという事は知っていたが、そんな非人道的な実験の元に生まれたのだとは知らなかった。
おそらく、文献で見たものを、人間で考えられるレベルまで落として行ったのだろう。
全く以って愚かしい。
しかし、思ったよりレイとルイは話の中で出てこなかった。
まだ何でそこまでいうのを躊躇っているのかはわからない。
と、考えていると、出てこなかった理由はすんなり出てきた。
「レイ、ルイ」
ファルグは改めて2人の方を見る。
「直前で話を中断させたが、本当に話してもいいんだな」
どうやらファルグが意図的に話を避けさせていたらしい。
そこまでのトラウマなのだろう。
「はい」
「覚悟はしていますよ」
ファルグはゆっくりと目を瞑り、『そうか』 と言った。
「じゃあ、場面は変わって王城だ」
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「兄ちゃん!」
らしくない呼び方。
レイは大声でルイを呼んだ。
「姉さんと呼べって言ってるだろ。で、どしたんだ、レイ」
「ラクレー様が全然帰ってこない!」
「お前は父さんの話聞いてなかったのか? ラクレー王女はファルグさんとリーゼベルデンに視察に行ったって言ってただろ」
リーゼベルデンとは、スーランの隣の大都市だ。
今ちょうどやっている行事………と言っても年がら年中騒いでいる都市なのだが、それを口実に出かけたということになっている。
当然、2人は知らない。
「視察って、何するの?」
「それは………わかんないが、とにかく忙しいんだろう。ほら、早く父さんのところへ向かうぞ」
「わかった兄ちゃん!」
「姉さんと呼べ!!」
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レイ達は、養父のセスバーに呼び出されていた2人は、指示にあった通り、いつも訓練をしている中庭に向かった。
「む………来たか」
セスバーは、庭のベンチで訓練用の剣の手入れをしていた。
「どうしたの、父さん」
「今日はお掃除の日でしょ?」
指示、と言ったが、ルイとレイはそれ以外で何も聞かされていなかった。
「ああ、そうだ。だが、掃除どころでは無くなったのだ。2人とも、あの薬は持っているな」
「うん、持ってるよ」
「ほら!」
ルイが頷くと、レイはそれを証明するためにポケットから赤い粉を取り出した。
「うむ。お前達にその薬を渡している理由は知っているな?」
「うん。父さんが拾ってくれた時からずっと罹ってる病気のせいでしょ」
「そうだルイ。そして、ついにその病気が完全に治る方法が分かった」
「「!!」」
セスバーは驚く2人を他所目に、懐から小さな袋を2枚渡した。
「これは?」
「新しい薬だ。これを後3日飲むと、病は治る」
「本当!?」
「ああ。本当だとも」
何の病気かは聞いていない2人。
だが、危険な病気だということは聞いていた。
——————それが、嘘だということは疑いもせず。
「これで治るんだ!」
「ああ」
レイは嬉しそうに二つの袋に入った薬を飲んだ。
だが、
「………」
ルイが一向に飲む気配がない。
どこか躊躇っている様な感じだ。
というより、疑っている様子だった。
「どうした、ルイ?」
「………父さん。私たちは一体何の病気なんですか?」
「言っただろう? 危険な病気だと」
ルイは、年相応とは言い難いほどしっかりしていた。
人の機微を感じ取り、空気を読み、騙されているか否かを判断するくらいの知恵はあった。
「なんでそんな曖昧なんで」
「ルイ」
「っ………」
だが、所詮は5歳児。
この年齢の子供にとって大人というのは絶対的だった。
例え疑ったとしても、強制されれば逆らえない。
まして父ならば尚更だった。
「………信じてるよ。父さん」
「当然だとも」
ルイはグッと目を瞑って、薬を飲み込んだ。
「………………」
ゆっくり目を開ける。
しかし、なんともない。
なんだ、杞憂だったか、と一瞬でもそう考えた事を、後悔した。
ドサリ、と。
レイが突然倒れた。
「レイ………!?」
ハッとするルイ。
よく考えれば、レイは先に薬を飲んでいた。
だから、先に効果が出たのだ。
「父さん………………!!」
「………」
父は何も言わなかった。
ただ冷たい視線を向け、ひたすらに黙っていたのだ。
「なん………で………………………」
ルイはそのまま気を失ってしまった。
ルイの警戒は正しかった。
薬の効果は、睡眠だった。
「………賢しい娘だ」
そう呟くと、セスバーは意識がない事を確認した。
そして、
「………………すまないな、娘達」
と言って2人を抱えて、目の前に来ていた男へ引き渡した。
「陛下。どうぞこれを」
「おお! ご苦労さん!!」
王族とは思えないほど、鍛え上げられた肉体と、熊と見紛うその巨躯。
国王はいつもどおりの爽やかで豪快な笑顔をセスバーに向けた。
「なるほど、魔法具か」
「ええ。丁度いい輩を街で見かけまして、取引を行った次第でございます」
「これで予定どおりだな! さて、では可愛い娘を迎えにスーランに向かうかな」
国王は娘を迎えにいくと言いつつ、フル装備で殺気立てていた。
そうだ。
ラクレーの一連の行動は、全て筒抜けだった。
だから、今ラクレーがどの辺りにいるかは完璧に把握していた。
「それじゃあ、処理を頼むぞ、セスバー」
「はっ」
国王は、そのまま中庭を出て、スーランへと向かった。
国王は悪人ではない………それは真っ赤な嘘だった。
国民も、使用人も、娘も、全てが騙されていた。
この国王は、そういう男だったのだ。
レイとルイも、まんまとしてやられたのだ。
だがこの時、ルイは一矢報いていた。
足元の地面。
そこをよく見ると、先程の袋が落ちている。
しかし、片方には、まだ薬が一つ分残っていた。
そう。
ルイは咄嗟に、薬を半分だけのみ、もう半分を飲まずに捨てていた。
子供の浅知恵にしてはよくやった。
そう、よくやったのだ。
でも、結局は浅知恵だった。
「………」
こんな見るからに怪しい袋の残骸を残すはずがない。
粉を飲まなかったのも、見つかってしまった。
「………………ルイめ………」
国王はとっくに出発していた。
ならば、どうするか。
それは—————————




