第577話
その夜、ラクレーは城内の図書館で、天人やファリス達が向かうというスーランの事を調べていた。
スーランの場所自体は知っているが、どんな所なのかは知らないラクレーは、まずスーランがどんな場所なのかを探った。
ただ、探せば探すほど、変わったところは見当たらなかった。
これと言って特別な産業があるわけでも、大きな事件があったわけでもない。
まして、天人の事などどこにもなかった。
念のためにスーラン周囲も調べたが、大きな街がある事以外特にこれと言って特徴もなく、その街も普通の街だったため、完全に手詰まりとなった。
のどかで綺麗な自然の広がる小さな村。
それがスーランだった。
しかし、レイの言うものと同じかはわからないが、確かに湖があった。
今のところ手がかりはこれくらい。
他に見当たるようなものはない。
「はぁ………」
「ベラクレール様、紅茶を持って参りました」
部屋に入って来たのは、紅茶を運んできたルイだった。
「ありがとう、そこに置いておいてくれる?」
「はい」
ルイは忙しそうなラクレーを見ると、紅茶を置いてそのまま帰ろうとした。
この年でも一応ちゃんと気遣いは出来るのだ。
レイよりもその辺はしっかり教育されている。
まぁ、女装なのだが。
それはさておき、ルイが立ち去ろうとすると、ラクレーが突然ルイに話しかけた。
「ルイは………」
「はい?」
「ルイは、小さい頃の事とか覚えてる? 本当に記憶があいまいなくらい前の話」
「小さい頃、ですか? そうですね………」
こんなふうに悩んでいると、やはりレイとルイはそっくりだな、とラクレーが思った。
すると、
「窓の無い大きな部屋………でしょうか。そんなのを思い出します。まぁ、見たことないですし、きっと小さい頃よく似ていた絵本とか夢とかかもしれないですけど」
「………!………そっか。ありがとう、参考になった」
「?」
ルイは頭にハテナを浮かべたまま、部屋を後にした。
あの様子じゃ、やはり殆ど覚えてはいないらしい。
そして、これで確実だ。
スーランには、何かがある。
だが、どうするか。
ラクレーはこれでも王女だ。
そう簡単に外には出られないし、そもそもスーランに行くと言っても怪しまれるだろう。
ただ、スーランに行く理由なら、怪しまれないようにする方法がある。
問題は、そもそも外に出かけられないと言うことだ。
王子と違い、王女はあまり行動範囲が広くない。
外出するにしても、おそらく王の命令が最優先となるだろう。
万事休す。
そう思ったところで、こんこんとノックする音が聞こえた。
「はぁ………どうぞ」
「失礼しますよ、っと」
上位の騎士が持つバッジを胸につけた男。
しかし、上位の騎士とは思えないだらけた格好に、緩い敬語。
それは、この男とラクレーの信頼関係ゆえのものであった。
——————まぁ、男がわがままで自由な性格というのもあるが。
「まーだ根を詰めてるんですか、ラクレー王女」
「うるさい。それが見えてるならお菓子持ってくるなり黙っとくなりしててよ」
「はっはっは、嫌なこった」
「チッ………くそが」
「なんて言葉遣いだお嬢ちゃん」
王女直属の衛兵。
ラクレーにとってこの男は、ウルクにとってのバルド、リンフィアにとってのニールの様なものだった。
そして、それが鍵となった。
「そういえば、なんで………………」
そうだ。
この男なら、護衛としても十分。
何より信用できる。
「…………いける」
「はい?」
「お前は、あたしの部下」
「今更どうした?」
「じゃあ、王とあたしならどっちを選ぶ?」
危険な質問だ。
反乱を起こそうとしているとも取られかねない。
「………それは、やばいんじゃないですかね?」
「いいから」
だが、この男はそう言わずに、純粋に質問に答えたのだった。
「そりゃあ、王女だよ」
ラクレーはニヤリと笑った。
これで決まりだ。
「安心して。反乱なんて起こさないから」
「そうかイ。そいつァ安心しましたよ」
「ただ、手伝ってもらう」
ラクレーがそう言うと、男は面倒くさそうに頭をかいた。
そして、いつもの事かと納得するのだった。
「やっぱ何か企んでたか………で、何をすりゃいいんですか?」
「ちょっと行きたい場所がある。明日には向かうからついて来て、ファルグ」
そう、騎士の名はファルグ。
いい加減なあの男は、王族相手にも十分いい加減な男だったのだ。
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「………来たか」
ギルファルドはそう呟いて立ち上がった。
翌日。
前日の昼と同じ時間に、ラクレーは広場に向かうと、なんと2人が待っていたのだ。
「何か見つけたようだね? お嬢さん」
「うん。役立つかはわからないけど」
「構わんさ。情報が増えるのも、協力者が増えるのも良い事だよ。特に、王女や手練の戦士が加わるのなら、心強い事この上ない」
ギルファルドは改めてお辞儀をしつつ、こう言った。
「改めて、ご協力感謝致します。ベラクレール王女」
ギルファルドはチラッとファリスに視線を遣った。
ファリスは小さく嘆息すると、同じく頭を下げる、と思いきや、ラクレーに手を差し出してこう言った。
「やるなら対等だ」
「うん。それでいいよ」
2人は強く握手をした。
これを見届けるファルグは、これが後にミラトニアで三帝と呼ばれる3人が手を結んだ瞬間だと言う事を、この時はまだ知らなかったのであった。




