第566話
俺たちは一度拠点に戻って、誰にも聞かれないように話をしていた。
「………………スパイ、か………チッ、最悪だ。俺はこれだけはあって欲しくなかったんだがな………」
俺は容疑者を考えてみた。
あまり疑いたくない。
あいつらの中に裏切り者なんていないと、そう思いたい。
だが、そうもいかない。
このせいで、俺が奥底まで沈めていた最悪のシナリオを一気に一番上に浮かび上がらせてしまったのだ。
「セラフィナ。あいつらには黙ってろ」
「は、はい………」
セラフィナは少しまごついた様子で返事をした。
なるほど、いや、わからなくもない。
「安心しろ。お前は容疑者から外れてる」
「え?」
「裏切り者がいるとすれば、きっとあの件も絡んでいる。もしそうだとすれば、そいつはおそらく————————」
俺は、そいつの名前をセラフィナに告げた。
「………………やはり」
「しばらく伏せておくつもりだ。どうにか悟られないようにしてくれ。怪しまれると困る」
「………はい」
セラフィナは固く目を閉じ、悔しそうな表情を浮かべた。
この数ヶ月で馴染んだが故に、ショックもあるのだろう。
そして、
「………………」
背後で聞いている、——————の気配に気づくこともなくその場を後にした。
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「うぃー、やっと終わったわー………」
俺はフラフラと歩いてソファに座った。
「おかえりなさい、ケンくん」
「ん、ただいま」
リンフィアはニコッと微笑んで出迎えてくれた。
何というか………うん、和む。
少し俺も気が立っていたので、安心できた気がする。
安寧とはこういうものなのだろう。
「そうだ、スープを作ったんですけど、」
「いや、ちょっと今は全世界のデブが震え上がるくらい水っ腹だ。うん、ごめん。ありがとォう」
スッと手を前に出して俺はそう言った。
目に見えてシュンとしたので心が痛い。
しかしリフィよ。
俺はまだ死にたくないのだ。うん。
と、心の中で思ったのだった。
さて、リンフィアが料理を作ったとなると、
——————
「くッ………遅かったか………!」
俺はギリギリの接戦で味方が討たれた直後にたどり着いた増援のような気分でそう言った。
まぁ、何が言いたいのかというと、ダークマターは解き放たれていたようだ。
俺は被害者に近づき、安否を確認する。
「おーい。無事か、ニール」
「ぅぐゥゥゥ………………た、大変美味しゅう御座いましたよぉぉ………」
第一の被害者は毎度お馴染みニールさんです。
今まで幾度となくダークマターを摂取したこいつですらこのダメージなのだ。
こっちはひとたまりもないだろう。
「お前はどうだ? 無事か? レイ」
「ぐおおお………………無事の意味を調べて出直してこいィィ………………!」
お、スゲぇ。
意識がある。
俺はとてつもない生命力に感心しつつ、くわばらくわばらとその場を一度離れて後ろに隠れている連中に目を向けた。
「お前らは無事に逃げ切ったみたいだな」
物陰に隠れているのは、ラビとバルドとルイだった。
「もうあれはぜったいくわんときめてるのだ」
子供状態に戻っているラビはそう言った。
そういえばこいつも一度痛い目にあっているんだった。
「何だあれは………死人が出るぞ………」
「食ってみるか?」
「はっはっは、せっかく死者を抑えるべく戦ったのにこんなところで死者を出す気か?」
確かに。
冗談抜きでショック死しかける驚異的な不味さ………いや、もはや不味さというのもあやしい。
「ふっふっふ………Mの私でもあれは全力で遠慮したいな。見ろ、膝が笑っている」
「ついにリフィ飯はそこまで来たか………」
流石はダークマター。
「あ、そういや他の連中は?」
「流はあそこで会長にノックダウンされている」
「おお、やっちゃったか………………んで、ファルグとミレアは?」
「2人は買い出しだ。ただ、ミレアの体質もあるから、それぞれ分かれて買い物をしているがな」
「ふーん………………」
なるほど。
何となく全員の動向は把握した。
ミレアとファルグだけはハッキリしないが、とりあえずそれは後回しだ。
「さてと………飯作り直すか。ニール、レイお前ら寝るなら寝室行け。デケェからじゃまだ」
「「殺す………………!」」
「ふはははは! やってみそ」
平和なやりとりだ。
まぁ、この2人は今平和じゃないが。
これが俺たちの日常だ。
壊したくはない。
これを守るために戦っているのだから。
でも、俺はこれを壊さなければならない。
日常を守るために、日常を壊さねばならないのだ。
これは、俺にとっては最悪の矛盾だ。
最低の因果だ。
それでも………俺は守る。
例え、この矛盾に足を踏み入れようとも。
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月は空高くに上がっている。
幾億もの星々を傍らに、まるで王であるかの如く月は佇んでいた。
道ゆく人々は、つい立ち止まり、一度は目を奪われるような光景だ。
ああ。
そぐわない。
相応しくない。
静寂な夜に響く、重く騒々しい鎧の音。
血のこびりついた黒くて紅い刃。
そして、殺気立った2人の男。
「………こういうのは、野郎と見るような景色じゃないと思うんだけど」
「そうか? 俺はよく見ていたさ。今は亡き俺の友とな」
鞘から抜かれた剣を月明かりが照らし、鈍く輝かせた。
薄汚れた光だ。
そう、武器とは所詮そうだ。
これに情緒などありはしない。
ただ血生臭い戦いの跡と、これからへばりつく血生臭い未来のみだ。
「その友に手向ける為………仇を討たせてもらうぞ—————————クスノキ・ナガレ」
「………どうやら言葉が通用しないっぽいな。バルドさん?」




