第563話
「あな………たは………」
“あなた” なんて呼び方は、普段の琴葉なら絶対に子供には使わない。
しかし、その子供が発した聞き覚えのある声と、その圧倒的な存在感でこの子供が知恵の神である事を理解したのだ。
「知恵の神さ。久しぶりだね、琴葉ちゃん」
「え………でもその姿………」
「それは今は置いておこうよ。先にするべき話があるでしょ?」
トモは柔らかい笑みを浮かべていた。
そうだ。
トモはこう言ったのだ。
強くなりたいのか、と。
「そう、それだ」
トモはまるで心を読むかのようにそう言った。
すると、
「で、君はどうして強さを求めるの?」
トモは唐突にそう問いかけた。
しかし、琴葉は即座にこう答える。
「………それが、どうしても必要だから」
と。
「へぇ………でも、君自身気づいているでしょ? このまま数年間訓練を続けたら国内ではかなりの実力者になれるって。そこから訓練すればさらに上に行ける」
「ううん。それじゃダメ。私は今強くならなくちゃいけないの。不安定な状況である今、私が弱いままだと守りきれないから」
「ふぅん。君は背負いたいわけかい?」
「………いや、違う!」
琴葉は胸を張ってそう言った。
「へ?」
「それは多分無理! 私は結構バカなので、よっぽど強くならないとうまくいかないだろうし、それは多分出来ないでしょ? だからお願いなんだけど………」
琴葉はもじもじしながらトモをチラチラ見ていた。
「やってくれるんならあと5人くらいお願いしたいんだけどぉ………ダメ………かなぁ?」
慣れないおねだりをする琴葉。
しかし、慣れないだけで、この女結構ずうずうしかった。
「………」
「………」
「ふっ………あははははははっ! いやはや流石だよ、ふふふ………もうそれ交渉ですらないよね? ましてや神相手にくくく………」
トモは心底愉快そうに笑った。
ついキョトンとする琴葉。
「………」
「ん? どうしたんだい?」
「や、神様も人間みたいに笑ったりするんだなって」
一瞬首を傾げたトモ。
するとすぐなるほどと相槌を打つと、
「そりゃそうだよ。だって—————————」
衝撃の事実を、琴葉に明かした。
「僕らはもともとヒトだったんだから」
「………え!?」
まさかの発言に、驚きを隠せない琴葉。
そのまましばらく固まっていた。
「まぁ、その辺りの事情も置いておこうか。で、5人別で強くして欲しいんだっけ?」
「………あ! うん!」
「それなら丁度いい。僕も迷ってたんだ。誰に別途で力を与えるのか」
トモはフワッと浮いて、琴葉の側に寄った。
「実は、とある神が重大な反則行為に及ぼうとしていてね。君と蓮くんは確定で、他に数名力を与える事にしたんだ。バランスを保つために」
「バランス………?」
トモはコクリと無言で頷いた。
少しぼかされている気もしたが、ともあれこれで望みは叶う。
そう思っていると、
「でもいいのかい?」
と、尋ねられた。
何が? と思っていると、トモはこう言ったのだ。
「指名した6人は否応なく戦うことになる。即ち、君は戦う事を強制することになるんだよ?」
そうだ。
この事は当然まだ誰も知らない。
もしかしたら拒否する者も現れるかも知れない。
しかし、琴葉は豪語する。
「嫌われる覚悟ぐらいはあるよ。まぁ、絶対大丈夫だろうけどね」
にひひ、と自信満々で笑う琴葉。
そこには一切疑っている様子は無かった。
「そっか。ともあれ喜びなよ。君の望みは叶う。でも、そこから先は君たち次第だ」
グッと気を引き締める。
そう、何でもかんでも神様が叶えてくれるわけではない。
これはきっかけに過ぎないのだから。
そう覚悟を決めていた琴葉。
その時だった。
「………死なないようにね」
「——————」
得体の知れない神から、ほんの一瞬だけ、心が見えた気がした。
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思い返しても、何を考えているのかは分からない。
だが、この神ならば確実に琴葉達を強くしてくれる。
「そんで、これから何すんのさ?」
七海が琴葉にそう尋ねたが、琴葉は首を横にぶんぶん振りながらこう言った。
「いや、私もわかんない」
「マジ?」
「マジ」
すると、七海はチラッとトモに視線を送った。
気がついたトモはニッコリと微笑みながらこう言った。
「耐えてもらうよ」
「耐える?」
「成長痛って知ってるかい?」
「なんだそれ」
当然のように知らない七海。
小柄な七海には縁のないことかも知れないが、無知にも程があるだろう。
「………まぁ、成長期の子供が膝等の下肢に感じる痛みなんだけど、これから感じるのはそれの強化版さ」
スッと手を前に出すトモ。
「身体が急激に変化する痛みはかなりのものだ。1時間、きっちり耐えてもらうよ」
「「「!」」」
突然体に感じた違和感にみんな驚いて手足を確認する。
だが、これといった変化はない。
少し体がむず痒いくらいだ。
しかし、それはすぐやってきた。
ドクン
「………………!」
はっきりと聞こえた心臓の鼓動。
音が強く聞こえた。
否、そうではない。
心臓の音が
(なんだろう………身体が………熱い………!?)
鼓動が早まる音が聞こえる。
それにつれて全身が燃えるように熱くなり、息が荒くなった。
「………はァ………ハァ………ハァッ………!!」
熱い。
耐えられないほどじゃないが、かなりきつい。
「耐えるんだ。この痛みは、君たちを強くしてくれる。なにせあのケンくんがまがりなりにも使った方法なんだからね」
「「「!!」」」
とたんに顔色を変える勇者達。
それならば、と己に喝を入れ、この熱さと向き合うのだった。
「………ふふ、ここで目覚めるといいな。嫉妬の罪。君は傲慢の罪に続けるかな」




