第558話
アーメリア。
静かな湖畔の街。
小国の城と見紛う程の巨大な屋敷が一軒そびえ立ち、それを囲うように民家がポツポツと建っている。
住民は100人足らずで、大半は屋敷で暮していた。
屋敷と言っても、一般開放されており、一定の階層までは出入りが自由だ。
中には飲食店や図書館、武器・防具などを取り扱った店も存在する。
また、商人ギルドの窓口を行なっており、規模は然程大きくないが、日々商談をしに商人達がやって来ていた。
そんなアーメリアだが、現在違法な奴隷商人達に雇われた盗賊から襲われているのだった。
日頃ここを開けている本当の主人がいない今、屋敷を守れるのはここの従業員のみ。
しかし彼らは今、窮地に立たされていた。
「くそッ………盗賊どもめ………!」
敵はあまりにも数が多い。
亜人奴隷を使って屋敷を囲い、警備の薄いところからどんどん中を制圧していった。
従業員は既に数人犠牲となり、女子供はたちまち連れて行かれた。
残るは数名。
もう後がない。
残った従業員達は、狭い部屋で盗賊達を迎え撃とうとしていた。
「残るはお前らだけだ………ヒャハハハ!! 安心しろ、お仲間は運が良けりゃ善良な貴族サマに飼ってもらえるだろうよ。ま、数人は俺達がいただくがな。ギャハハハハハハ!!」
「このッ………下郎共がッ………………ッッ!!」
殺意はある。
体力もまだある。
しかし、どうしても足が動かない。
元より彼らは戦士ではない。
戦いに身を投じた事はもちろん、武器を手にしたことすら一度もなかった。
だが、目の前にいる敵は違う。
幾度となく血を目にし、蹂躙し、奪い尽くしてきた。
その手にある武器にこびり付く血には、戦士のものも当然ある。
彼らが戦意を喪失して当然するのは自明の理であったのだ。
しかし————————————
「その下郎どもにお前らは嬲り殺されるのさ!! さァさっさとかかって—————————
!!よい来—————————」
奇跡というものは、起こり得る。
飛んだ盗賊の首を誰しもが目で追っていた。
飛びながら喋り続ける生首が、状況の不可解さをよく表していた。
「???」
呆けた顔。
それは一瞬にして白目を剥き、口から滝のように血を流す死に終えた顔へと変わっていった。
重い音を発しながら地面に落ちる盗賊の首。
気がつくと、落ちた場所には狐が座っていた。
何故? と誰もが思う中、狐は無関心にその肉塊を貪っていたのだった。
「おいおい、そんな汚ねぇ肉喰うもんじゃねェよ」
「「「!?」」」
突如聞こえた女の声を聞いて、視線はそちらにむかう。
生きて彼女を見ている盗賊はきっと目にしただろう。
彼女に付き従う小さな獣達が、同胞達をゴミのように屠っていく様子を。
「え………は?」
「ほいっ、と」
目で追えない何かが放たれた瞬間肉塊に。
それは一つ、また一つと増えていった。
「え、ちょっ、おま………………え?」
「邪魔だ。死んでろ」
屠る。
屠る。
屠る。
只人には脅威となる敵も、彼女が相手では脅威になり得ない。
四死王の名は伊達ではないのだ。
「生き残りか?」
クウコは残った職員にそう尋ねると、少し怯えながらもコクコクと首を振って答えた。
数名は顔を見てハッとした表情を見せているので、どうやら顔は知っているらしい。
「何故、貴女のような方が………」
「話は後だ。この階に湧いてるハエどもは既に駆除している。さっさと出て人質になってる女とガキ共を救出するぞ」
「はっ、はい!!」
わけがわからないまま、職員達はクウコについていく。
惚けた顔をしている。
彼らはまだ、白昼夢を見ているかのように頭が回っていなかった。
いろんなことが急に起こりすぎて、処理できていない。
それ故に、廊下で横たわっている盗賊たちの死体を見ても、反応できていないのだ。
と、特に頭も回らないまま廊下を進んでいると、
「止まれ」
と、クウコの出した手に顔をぶつけてようやく我に帰った。
「おいおい、お前さん何をぼーっとしてる」
「す、すみません」
「まァいい。ここで少し待ってろ。誰かがこっちに向かってる」
「えっ………………」
クウコは手短に一言だけ言うと、そのまま走り去っていった。
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「さて………こいつは厄介そうだ」
勘だが、かなりやばそうなのが1人。
こいつ程ではないが、かなりの実力者が1人。
後者が今こちらに向かっている。
「まさかこんなバケモンと対峙するたァな………まァ10数年前のあの頃から世界はおかしくなっちまってるのかもな。下手するともっと前かも………」
10数年前とは、クウコ達四死王が事実上最強の座から引き摺り下ろされた頃だ。
つまり、転移者が初めて現れた時のことだった。
その頃から、クウコは頭の片隅で思っていたのだ。
世界は、一体どうなるのか。
今首を突っ込んでいる件も、まさにその転移者絡み。
それに、今人間界を揺るがしかねない事件を起こした3人が絡んだものだ。
この事実が世界中に知れ渡れば、大変なことになるだろう。
「ま、オレがオレのやりたいようにやるだけサ」
壁側に寄りかかり、尻尾から狐達を召喚。
目を閉じ、集中力を高めながら魔力を送り込む。
まだ対象とはかなりの距離がある。
相手が人間なら、この間合いがベストだ。
亜人と人間では、確認できる空間の広さがまるで違う。
今ならば、完全な不意打ちが出来る。
「どんな奴かは知らねェが、喰わせてもらう」
ゆっくり目を開く。
この廊下を曲がり、そこからおよそ10m先を歩いて来ている。
タイミングは今から7秒後。
喉元に一直線に向かって首をカッ裂く。
「………………3、2、1………0」
三匹の狐が飛び出し、そいつの目の前に出た。
「………!」
剣を構えていた少年はハッとした表情で狐達を視認する。
が、その表情から奇襲が成功したことを、クウコは確信した。
狐達の勢いは止まらない。
そして狐達は少年の首元に迫る—————————
だが、
「ふゥ………………」
「!?」
ひらひらと、まるで布のように三匹を躱しつつ、剣の間合いから外れないように移動する。
動いているのに、動いていない。
そう思わせるほどに余計な動きがなく、構えに戻るまでがあまりに滑らかだった。
「おいおいおいおい………」
その足捌きは、今までクウコも見たことがないような洗練されたい見事なものだ。
故に、少年に興味が湧いた。
クウコは狐を引っ込め、自身を強化する。
「!?」
少年は急に消えた狐と、凄まじい圧を纏ったクウコに驚きつつも剣を構えた。
「ズァアアアアアアアアッッッ!!」
強化され、剣のように硬く、鋭くなった爪を少年に向けて突き刺した。
凄まじいスピードで迫る爪は少年の頬を擦るも、紙一重で躱された。
ここで確信した。
身体能力はクウコの方が上。
しかし、技では負けている。
ならば、
「ガァアアアアアアアアッッッ!!」
「くッ………………!」
ゴリ押しで、徹底的に攻め続ける。
少年は確実に押されていた。
攻撃ができないまま、攻撃を受け、躱し続ける。
だが、
(なんだこいつ………何で………………なんで当たらない!?)
防戦一方。
それは間違いない。
しかし、当たる気配も一切ない。
すると、急な魔力の高まりを感じ取った。
「!? チッ………少しばかり本気出すか!!」
青白く光る剣。
属性は、なんと聖属性。
ここで、ふとあることに気がついた。
だが、お互いにもう止まらない。
剣はクウコの心臓へ。
爪は少年の喉元へ。
わずかに爪が早い。
よし、勝った、と思っていると、
「待ってッッ!!」
「「!?」」
2人は見知った声を聞いて、すんでのところで攻撃を止めた。
そして、
「ハル!?」
「先生!?」
と、声の主の名前を叫んだ。
「「………………………ん?」」




