第552話
「う………………頭いてぇ………………」
むくりと起き上がる流。
頭を抱えたまま呻き声を上げていた。
まだ少し意識がぼやけているのだろう。
「気がつきましたか!?」
「戻ったか!?」
ルイとリンフィアが詰め寄る。
流が訳のわかってない様子で目をパチクリしていた。
「えーっと………どうしたの?」
「「………!」」
一先ず、いつもの流のようだった。
「??」
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「は!? 6日も経ってる!?」
「うん。その間に眠らなかった私とラビちゃんとエルちゃんが5人の腕輪を確保したの」
流は何も覚えてなかった。
1回目に気を失って以降の日のことは全て忘れていたのだ。
おそらく、記憶はもう片方が管理しているのだろう。
だから、一先ずは伏せておこうという事になった。
人を殺した記憶などない方がいいと、リンフィアが言ったのだ。
「よくわからないけど、助かったよ。ありがとう、リンフィアちゃん、ラビちゃん、エルちゃん」
「いえいえ、一緒に旅をしてる仲間ですから。助けるのは当然です。それに………」
あの玉を使わずに、新しい技が増えたのは喜ばしい事だった。
虹属性、完全ではないが使える。
これが使えるのならば、あの玉を完璧に使いこなせるかもしれない。
「あ、そうだ。聖は?」
「そういえば、ケンくんは何をしてるんでしょうか?」
ケンの状況に関してはリンフィアも知らなかった。
よくよく考えれば、今日まで何をしていたのかもわかっていない。
「ご主人様は、あそこです」
エルが飛んできてそう言った。
いつも通り頭を探し、とりあえずリンフィアの頭に着地する。
「壁………貴族街ですか?」
「はいなのです。それと、そろそろやってくる頃かなと思うです」
「??」
「あ、ほら!」
エルが今度は別の方角を指差す。
すると、ヒレの先には、
「おーい!!」
こちらを見て手を振っている女がいた。
見覚えのない顔だ。
だが、肩に乗ってる小人には見覚えがあった。
「ウルクちゃん!?」
認識阻害で、姿を変えているウルクが走ってきていた。
「ということは、あれは先生とセラフィナとバルド殿か」
レイの言う通り、後ろからついてきているのはその3人だろう。
まさかここまで入ってきたと言うのだろうか。
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「そっかー………こっちではそんなことがねー………」
ウルク達に今の状況を説明した。
所々で驚いていたところを見ると、ケンから聞いてることと聞いていないことがあるらしい。
まぁ、聞いてないことの方が多そうだが。
「とりあえず、貧民街の方達は無事だと言う事でよろしいですか?」
そう真っ先に尋ねたのはセラフィナだった。
やはりそこが気になっていたのだろう。
話している最中も少しソワソワしていた。
「はい。今のところ特に問題はないと思います。たださっき言った飴玉の影響がまだどんなのかわからないので、すぐに解放してあげることは難しいと思います」
先日、奴隷が変身して大暴れした現場を見たリンフィアは、そこを懸念していた。
それに、腕輪を奪った兵士達の変身も。
まだこの街にはわからないことばかりだ。
「そうですか………よかった。それなら心配する必要はなさそうですね」
「え?」
いや、ちょっと待て。
と、リンフィアは思った。
まだ安心するのはちょっと早いのではないだろうか、と。
先程戦ったせいで、おそらく他の警備兵達が勘付いたのは間違いない。
まずはその兵達の対処と、貴族街の方から送られるであろう増援に対する策を考えなければならないはずだ。
しかし、ここである事に気がつく。
「………そういえば、一切兵士たちが私達を探しにくる気配がないですね………一体どうして」
「もう来ないと思います」
セラフィナはそう断言した。
「なにか言い切れる根拠が?」
レイがそう尋ねると、突然セラフィナがよくわからない事を言い始めた。
「雇われ冒険者が働くのは………」
「?」
「そう命令されるから。では、もし連絡を取ろうとして、その命令する側が何らかの事情でいなくなったのだとすれば、意味のない仕事を彼らがするでしょうか?」
「それはどういう………」
「彼らにはここを探す必要性がないという事です」
その言葉で、徐々に状況を掴み始めたリンフィア達。
探す必要がないということはつまり、
「まさか、貴族側に何かあったんですか…………?」
「何かなんてものじゃありません」
そしてセラフィナは、淡々とその事実を語り始めたのだった。
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時はおよそ半日前。
セラフィナ達は宿でケン達の帰りを待っていた。
「もう一週間近いよねー。ケンくん達」
ウルクはこの数日を完全に持て余していた。
下手に出られないうえ、これと言った娯楽もない。
「あの………ウルクリーナ様。そろそろよろしいでしょうか?」
「いーや。セラフィナ言ったじゃん。一日のうちの数時間はこれに付き合ってくれるって」
ウルクの手にはケンに貰った化粧道具、足元には大量の服が散らばっていた。
セラフィナを見てみると、何やらいつもとは違う格好をしているようだった。
「うーん、結構似合うけど………」
「あの………このような服はしばらく着てないので恥ずかしいというか………」
「やっぱり足りないなー………胸が」
ぐさり。
何かがセラフィナの急所に刺さった。
「うぅ………………気にしてるのに………」
パーティ内でラビを除けば一番ささやかなセラフィナ。
やっぱり気にしてるらしい。
「エルフなのにねー」
「うぅっ………………」
ウルクは実にご満悦だった。
なんて奴だろう。
下には下がいることを喜んでいるのだ。
「ま、奴隷だったと聞き出来なかった事を今のうちに楽しみながら旅をしよーよ」
「………はい」
セラフィナは、結構心が強い。
奴隷の身分から解放されてすぐだというのに、気丈に振る舞っており、無理をしている様子もない。
まぁ、それでも最初の数日は若干の陰りはあったが、今はほとんどそれもないと思われる。
「さて、続き続き………………!!」
「!!」
ぴたっと動きを止め、意識を切り替える。
微かに感じる魔力反応。
どこかで大きめの魔法が使われたようだ。
「ウルクリーナ様、一時中止と言う事でよろしいですか?」
「そうだね」
コンコンとノックする音が聞こえた。
バルド達だろうか。
「いいよー」
「失礼します。姫、気がつきましたか?」
バルドが武装して部屋に入ってきた。
いつでも出られるとの様子だ。
「気がついたよー。あれ? 先生は?」
「それが、ファルグ殿は先程から見かけてませ………ん? セラフィナ殿、その格好は………」
「へ!? あ! いや、これはその」
慌てふためくセラフィナ。
すると、
「大変な事になったぞ、王女サマ」
遅れてファルグが部屋に入ってきた。
「何してたの先生?」
「外に散歩しに出てたんだよ。そんな事より外だ」
4人はファルグに言われるがままにベランダに出た。
一見何も変わりない。
しかし、街の中央へと視線を向けると、そこには信じられな光景が広がっていた。
「屋敷が………燃えてる………!!」
「一刻も早く街を離れるぞ。巻き込まれる」
「巻き込まれるって………………っ!?」
突然、爆風と共に、向かいの建造物から火が上がった。
激しい爆風に目を細めつつ、何があったか確かめると、そこには数名の護衛と思われる者達と共に暴れ回る貴族がいた。
悲鳴とともに聞こえるのは、複数人による罵声。
そしてそれは、建物から燃え移っている火のように、どんどん町中から聞こえ始めてきた。
「ここは幸い貧民街との壁の間近だ。ケンの話によると、兵舎からくすねたこの腕輪があれば向こうでも無事だ」
バルドの手には、通信魔法具と人数分の腕輪があった。
「ちょっ、ちょっ、ちょっとタンマ! 何が起きてるの!?」
「“崩壊”だよ」
ファルグはそう言った。
「大貴族サマの内部決裂だ。もうまもなく四貴族は没落する」
「没落って………まさか………!!」
「そうだよ。あのガキやっぱりとんでもねぇ………あの野郎、この5日でこれを起こしちまったんだよ」
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「え? じゃあその騒ぎって………」
リンフィアがそう言うと、セラフィナは未だに信じられない様子でコクリと頷いてこう言った。
「そうです。ケン殿はたった5日間で、一切戦う事なく大貴族もろともこの街を壊滅させたのです」




