第551話
「みんな………どうして………」
ケンの話を聞く限りでは、腕輪をつけた後すぐに動ける様にはならないはずだった。
だから、3人は戦力には数えずにリンフィア、ラビ、流の3人で攻略に及ぼうとしていたのだ。
「なるほど、リンフィアちゃんやラビちゃんごと僕を騙したわけだね。クジラちゃん」
フワフワと飛んで、ラビの頭の上に乗ったエルに向かって、“ナガレ” はそう言った。
「電話ではご主人様が、その後口頭でエルが3人に嘘を言って、行動を限定させる作戦だったのです」
「もしリンフィアちゃんたちに言ったらバレる可能性があったから黙っといたわけだ」
エルは胸を張ってフンと鼻息を立てた。
「エルは話すとしても一瞬なので、バレる事ないのです。今のナガレお兄ちゃんはちょっと鋭いだろうからってご主人様が言ってたのです」
「僕がスキルで逃げるとは思わなかったの?」
「それはないです。ずっとあそこで見てたので」
エルは “ナガレ” が戦っていた場所の瓦礫にヒレを指した。
つまり、エルは初めから他所で戦ってはいなかったのだ。
「本気のエルなら、逃げようとしたお兄ちゃんにしがみついて、ご主人様を呼ぶまで耐えれたと思うのです。しがみついてたら使えないって聞いてたですから。その固有スキル」
得意げに話すラビ。
流石の “ナガレ” も少しばかりやられたという顔をしていた。
さらに、
「まぁ、万が一逃げられたら、中央の屋敷に先回りするだけだって言ってたですけど」
「っ………………おいおいおい………まるで予知だなッッ………!!」
「!?」
“ナガレ” のその反応を見て、やはり驚いてしまったリンフィア。
今まで凄いところは何度も見て来たが、やはり慣れないものだ。
そして改めて思う。
そう、これがヒジリケンだ。
「一応他にも行くところはあったけど、何かしているんだろうね………目的も、行手も全部読まれてるってわけだ。流石は知恵の神の特異点化け物じみてる。だが—————————」
「「「ッッ………………………!」」」
身体中を何かが這うような怖気。
いやでも注目させられるその殺気。
ケンを化け物だと “ナガレ”は いったが、人のことをいえるのかと言いたくなるほど伝わってくるその力に、リンフィアたちはひたすらに驚愕した。
「本気で僕が君らから逃げきれないとおもったのか? 言っておくけど、僕にはその辺のプライドはまるでないからね。少しでも距離をとってスキルを使えば問題ない。簡単に撒いてみせるし、この街から意地でも出てやる」
さしものケンも、街から出て適当な場所に逃げられでもしたら追いかけられない。
そこはリンフィアも確信している。
なんとしても逃すわけにはいかない。
いかないが………
これを本当に捕まえられるのか?
どうしてもそう思ってしまう。
間違いなく、今の流の実力はニール達以上。
ダメだと思ってもネガティブな思考がリンフィアの頭をよぎる。
そう言った後ろ向きな思考が即隙になってしまう。
だから考えてはいけない。
集中するんだ。
そう思っていると、次の瞬間、
「おいナガレ」
ニールが特に焦った様子もなく、名前を呼んだ。
ナガレは特に表情を変えることなく返事をする。
「なんだい、ニールちゃん」
「ケンからの伝言だ」
次に発したケンからの伝言。
訳がわかっていないリンフィア、ラビ、“ナガレ” の3人は、確かにそこにケンの姿を見たのだった。
「“随分と、身体が重そうじゃァねーか。ナガレくんよ”」
「!!」
ケケケ、と小馬鹿にするような顔と余裕綽々なケンの姿が映った気がした。
一瞬、驚愕した顔をした “ナガレ” はフッと笑う。
それは余裕の笑みではなく、
「あーあ、驚いた一瞬の隙に距離とって逃げれると思ったのに………………見えてない………いや、起こってもないハッタリを読むのは反則なんてもんじゃないでしょ」
諦めの笑み。
それは確かにそうだった。
レイ、ニール、が飛び出して、ルイが逃げ道を塞ぐように立ち、ミレアの持っていた黒い塊が突然形を棒のように変わって “ナガレ” に突っ込む。
ダガーをしまった “ナガレ” は特に抵抗することなく、捕縛されたのであった。
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とりあえず、捕縛した流の様子見と、戦闘後の治療のため、近くの廃墟に移動したリンフィアたち。
「ねてるのか?」
「そうだってご主人様が言ってたのです。腕輪をつけると気を失うけど、寝てるようなもんだって」
ラビとエルは流の顔を木で突きながらそう言った。
まるで見たことないものを突く子供である。
「ほらほら、二人ともいたずらはいけませんよ」
「「はーい」」
ミレアがそう諭していた。
「でもちょっとくらいならい—————————」
「やめなさい」
「はい」
杖がこっちを向いたので手をあげるルイ。
だが、ちょっとやそっとじゃめげないのがオカマ根性である。
「しかしだなミレア。こんなイケメンの体を好き勝手できる機会はそうそう」
「この砂鉄で頭にネジを作って差し上げましょうか?」
「いや待ってマジでシャレにならんぞ」
病み上がり? でも絶好調のルイ。
流石である。
「うーん」
治療を終えたリンフィアは、難しい顔で唸っていた。
「どうしたのですか、リンフィア様」
「ナガレくん、なんで逃げなかったんでしょうか」
「あ、それはケンが言っていたらしいです」
リンフィアの質問にそう答えるニール。
パッと顔を上げたリンフィアは聞きたいとニールの顔を見つめた。
「確か、元のナガレの人格が、どこかで抵抗していて、思ったように動けていないんじゃないのかって。ただ無意識だろうけど、っていうのがあいつの見解です。あんな殺気を放った割には動きが悪かったでしょう?」
「あー………」
どの道リンフィアからすればかなりの強さだが、確かにその割には、という感じもした。
「エルをあんな近くにいるように指示したのは、それを調べるためだったらしいのです」
「そうなの?」
「はいなのです。もし本来の実力だった場合は、多分あの距離のエルに気がついて逃げるだろうから、その後に向かう可能性のある場所にご主人様が自ら向かう事にするって言ってたのです」
「そこまで計算してたんだ………」
と、ケンの凄さをしみじみと感じていたリンフィア。
例え自分たちがどうしようもないと思うような事態でも、あっさりと解決してくれる。
「ナガレくんの事情だってきっと………あ」
戦闘から1時間後。
ようやく流は目を覚ましたのであった。




