第550話
「影………!?」
言っている事がわからない。
つまりはどういうことなんだろうか。
「あれ? わかりにくいかな? うーん、まぁわかりにくいか。別にいいけどね。でもねぇ、君らは殺すつもり無いんだよね。何にもされてないし」
「私だってあなたを殺す気なんて無いです。ただ、逃すつもりはありません」
「おや、気づいてたっぽいね。困ったなぁ、僕としては戦う意志がないし、逃してほしいんだけど」
ヘラヘラと喋りながら、それでも一切隙を見せない、“ナガレ”。
やはりいつもの流とは別人なのだろうかと悩むが、それでもなお、少しわからなくなる。
銃口の先が微かに震え、動揺していることが自分でもよくわかった。
あれはどう見てもクスノキ・ナガレ本人だ。
でも、決定的な何かが違っている。
それこそ、彼のいう影というべきか。
流でありながら、奥底に沈んでいた別の人格が浮かび上がったような————————と。
ここでリンフィアはハッとなにかに気がついた。
そしてそれを尋ねようとしたその時、
「………………まさか、別人格——————」
突然 “ナガレ” が視界から消え、気がつくと、
「ボサッとするでないぞ、お嬢ッッ!!」
後ろでリルが “ナガレ” の攻撃を何とか受け止めていた。
「へぇ、やるねェ。流石はリルちゃん。伊達にフェンリルの名を負ってないね。リンフィアちゃんを主人に立ててそこまで動けるのは驚きだよ」
「ハッ、我の主人を舐めるでないわ小僧。貴様ごとき小童、この程度の力で十分よ」
そう言っているが、リルは全身から滝の様な汗を流しながら、ありとあらゆる感覚を開いて “ナガレ” を見逃さないようにしていた。
「ははは、可愛いね。全盛期ならともかく、今の君には少しキツイはずだろうに………安心してよ。逃す気がないなら殺すなんて野蛮な真似はしない。僕にも一応美学というものがある」
「ほぅ? 野蛮で闇討ちするしか能のない殺し屋風情に美学なんぞあるのか?」
「辛辣だなぁ。そりゃアあるよ。た・と・え・ば」
その時、背後から縛っておいた敵の一人が、ものすごい形相で飛びかかって来た。
血塗れの鎧の袖を振り乱しながら歯を食い縛り、ただひたすら “ナガレ” だけを睨みつけていた。
どうやら腕を引きちぎって、残る僅かな力で捨て身の特攻に及んだらしい。
「どうせ殺されるなら、兵長の敵をとってやる!! 死ねッッ!!」
魔力を一気に放ち、自爆するつもりらしい。
確かにこれなら、“ナガレ” といえどタダではすまない。
だが、
「————————ごぽぽっ??」
“ナガレ” は背中に回り込んで、やはり心臓を刺した。
そして、心臓を伝って魔力を制御、捨て身の一撃をあっさり消してしまった。
ボコボコと口から大量の血を流す男。
なにが起こったのかわからないまま血を流し、そのまま息絶えてしまった。
「ね、殺し方の美学だ」
抜いたダガーを引き抜き、それを振って血を地面に落とす。
手慣れている。
やはりこの男は、これまで幾度となく人を殺して来たのだろう。
「この………っ」
リンフィアは “ナガレ” に向かって今にも飛び出してしまいそうだった。
「怒るのかい? 何故?」
「そんな簡単に人を殺していい訳ないでしょ!?」
「それは場合によるよ。知ってるでしょ?」
「っ………………それは………っ」
リンフィアは思わず言葉が詰まった。
人殺しはダメだ。
そうは思っている。
だが、死ぬべき者もいる事も理解しているし、それを間違いだとは思わない。
「でもっ………!」
「やっぱり優しいね。それに、善悪の判断も出来ない偽善者でもない。君みたいなタイプは気負いしやすいだろうね。頭では殺しは嫌だと思いながらも、ちゃんと “罰” というものを理解してる。難儀な事だよ。流も君みたいな面倒な性格だから………………………本当にイライラする」
「ッッ………………………!?」
ほんの一瞬、リンフィアは見えた。今まで見えなかった “ナガレ” の輪郭が見えた気がした。
これはきっと、彼の本心からの言葉と怒りだ。
ハァ、とため息を吐きながらこの身体の持ち主の名を呼ぶ “ナガレ”。
そこには見通せない真っ暗な闇が見えていたきがした。
「馬鹿な男だ。いつまで姉が人殺しだって勘違いしてるんだか。こんなものまで落として気づかせてやろうと思ったのに」
ボロボロの布の切れ端を握りしめ、“ナガレ” はそう呟いていた。
「さて、リンフィアちゃん」
フッと、表情が元に戻る。
しかし、リンフィアに向いた攻撃の意思は依然消えないままであった。
「今から君を殺さずに倒して目的地に向かうつもりだけど、どうする? ちなみに、ラビちゃんも動かない方がいいと思うよ」
「!?」
背後からコソッと動いていたラビは、急に名前を呼ばれて固まってしまった。
「そっちでどんな戦い方をしてたのかは知らないけど、少なくともラビちゃんは無茶できなくなってるよね。ただ懸念があるとするのなら」
“ナガレ” はゆっくりと銃に視線を移した。
図星だと言わんばかりに銃を見せないとするリンフィアに、思わず吹き出す “ナガレ”。
「あはは、子供みたいなことするなぁ。でもまぁ、それを引く前に僕は君の意識を刈り取るけどね」
「そう簡単には………………!!」
「行かせる気はない」
「癪に触るが同感だ」
「「!?」」
聞き覚えのある声に驚くリンフィアと “ナガレ”。
まさか、と思わざるを得なかった。
何故なら、
「おいおいおいおい………動けないんじゃなかったっけ?…」
「ニール、レイくん!!」
逆側からもう一人。
「私もいるぞ」
「ルイにい!」
「こらこら“ルイねえ”と呼びなさい」
腕輪をつけ、完全に正気になった三人は武器を構えて “ナガレ” に立ちはだかった。
そして、
「そう、あなたは思わされていたのですよ。ナガレ君」
ミレアはいつもの鉄球ではなく、見慣れない黒い輪っかを体に纏ってその場に立っていた。
「全て、ケンくんの掌の上というわけです」




