第546話
【二色】
人格を変えることで、人柄はもちろん能力値や、人によっては容姿まで変わるという能力。
記憶を共有している者もいれば、どちらかが両方の記憶を持つが片方は持たない者もいる。
この体質に関しては、それこそ個人差というものがぴったりと当てはまるだろう。
「お前がはっきりいうまでは確定しないが、時々出るという流の狂気的な一面はそれだろうとほぼ確信してる。あいつが死の危機に瀕した時に、突然強くなるのは恐らくもう片方の人格が肉体を守るべく浮かんでいるんだと思うぜ」
ヤーフェルにいた時、リンフィアに聞いた話だ。
敵からの集中攻撃を受け、それを防ぎ切った時に見た流の表情はまるで別人だったという。
「で、答えは?」
「多分、その通りだよ」
暗い表情だが、ついに留華が認めた。
「その様子じゃあいつは記憶を保持してないみたいだな」
「うん。もう片方の人格が主導権を握ってるよ。でも、どういうわけかなーちゃんを主人格にしたまま滅多に出てこないんだ………殺しの時を除いて」
「お前も完全にはわかってないのか?」
「わかってたら苦労しないよ。あいつが何者なのかも何が目的なのかも、るーはよくわかんない。会話すらしたことがないしね」
目的は掴めず、か。
だが、それが聞けて安心だ。
「二重人格ってわかっただけでも収穫だ。これなら上手くいく」
「?」
「や、こっちの話だ。で、お前はこれからどうする?」
俺がそう尋ねると、留華は戯けた様子でふっと笑いながらこう言った。
「どの道帰すつもりはないよね? るーは偶然こっちに寄ったお陰というかせいというか、それでケンくんがこの国にいる事を知れたけど、王都にはケンくんに関する報告はないからね。ここでるーを帰して情報を入れられると面倒でしょ?」
「ああ。だからお前には虚偽の報告を入れて貰う」
「!!」
これも、ルナラージャ攻略に必要な手順だった。
作戦をおさらいすると、当初、俺は俺がこの国にいることを知らせるつもりはなかった。
もし知られたら、恐らく余計に奴隷たちの血が流れることになるだろうと考えたからだ。
となると、頭をつぶせばいいとも思えるが、今俺がゴリ押ししないのは、天の柩を得た命の能力が未知数というのと、手を組んでいるルーテンブルクの特異点が完全に未知という理由が大きい。
安全に行くのならば、ルーテンブルクで俺が暴れて、そっちに特異点達が気を取られている隙に、俺以外のパーティ連中と解放した奴隷達でルナラージャを制圧するということにしようと思っていたのだ。
「とはいえ、嘘を付いて万が一探知系スキル所持者にバレるとマズイから、俺が上手く嘘抜きで俺らの事を伝えずに報告出来るようにする。一応聞くが、居るか?」
「うん。完全な情報の統制と、反逆を防ぐ為に報告の時には“看破”を持ってる人が立ち会うようになってるよ」
看破。
フェルナンキアにいるメイが持っていた “現像” と同じく希少なスキルだ。
簡単に言うと、嘘発見器みたいな能力だ。
発言者に嘘があればそれを感知できるようになっている。
「今までそのスキルで何人が処刑されたか………」
「天崎がその場で殺したのか?」
「いや、この国は裏切り者には厳しいからね。拷問にかけられて理性が残ったら奴隷行き、残らなかったら最期まで拷問、って感じだね」
身分制度といい、奴隷達の扱いといい、今の話といい、やはり容赦の無い国だ。
一体何故そこまで厳しい国になったのだろうか。
「そういえば、ケンくんのお仲間さんとかなーちゃんは?」
「あいつらは、俺が頼んだ仕事をしてる。魔力供給の拠点を1カ所ずつ潰して貰おうと思ってんだよ」
「え? ちょっ、本気? 下手をすれば死んじゃうよ? あそこにいるのは一流の元冒険者達。例えステータスで劣っている人でも、多分経験は格段に上だと思うけど」
留華の言う通りだ。
確かに、連中は確実にリンフィア達よりずっと経験を積んだ戦士。
下手をしなくてもやられるリスクはある。
だが、
「これは必要な経験だ。あいつらにはお前ら転移者を相手どれる実力を付けて貰う必要があるしな」
「本当に生き残れるかなぁ………」
そこまで深く思ってもいない事をしみじみと呟く留華。
そうそう簡単に死なれてたまるものか。
俺が直々に教えてやったんだ。
Aクラスそこらのやつなんぞにやられるわけがないという事を、ここいらで証明してほしい。
「さァ、頑張れよ。リフィ、ラビ」
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「ぐッ………」
リンフィアは銃で剣を受け止め、間一髪で致命傷を避けた。
右方から来る第2撃を1発弾いて防ぎ、敵がその反動を利用して放った左から回し蹴りを、膝でなんとか防いだ。
「クソッ………厄介な武器だな」
「やっぱり決定打に欠ける………」
一番最初の敵が弾丸を切って、中から漏れた爆風で大ダメージを負って以降、敵は弾丸を弾いて躱すようになっていた。
やはりこの程度なら軽く対処できるらしい。
「でも、これならッッ!!」
地面に弾丸を撃ち込み、即座に後ろに下がるリンフィア。
すると次の瞬間、地面から超広範囲の火柱が噴き出した。
だが流石はAランク。
咄嗟に地面に剣を撃ち込み、自分の周囲の炎を取り去った。
そして、自分を見失ってる間に攻撃しようとしたが、背後から迫った攻撃に気が付き、身を返しながら接近し、ゼロ距離から氷魔法を放った。
なんとか1人撃破したが、このペースだと確実にジリ貧になる事はわかっていた。
すると次の瞬間、
「ハァ………ハァ………ここまま、ッ!? ナガレくん!!」
リンフィアは、声を荒げて流に向かって叫んだ。
あれはマズイ。
流の背後に迫っていたのは、確実に流よりも格上の達人だ。
リンフィアは歯を食いしばって、そちらに飛んでいこうとするが、間に合うわけがない。
どんどん歪んでいく表情。
銃を握る力が強まり、どうすればいいのか全力で模索する。
だが、どう考えても間に合わない。
—————————そう、あの時のように
「………………?」
焦りでいっぱいいっぱいになる中、ふと、謎の既視感に襲われた。
あの時………そうだ。
似た様な状況がついこの前にあった事を思い出した。
「そうだ確か………!!」
迫る刃。
肉を切り、骨を断つべく振るわれた一撃は確実に流を捉えていた。
だが、ピタッ………と。
刃は流の身体に触れる前に止まってしまった。
「………………キヒッ」
ニィっと流が口の端を吊り上げた瞬間、血を口から吐き出しながら、敵が前に倒れた。
リンフィアは確信した。
まただ。
また変わっている、と。
「………?」
だが、何かがおかしい。
本来は、力が増すのは一瞬のはずだ。
それなのに、消えていないものがあった。
それは、あの時感じたものと同じ、言い表しようのない様な寒気だった。




