第541話
「ラビちゃん!!」
あまりの威力に戦慄するリンフィア。
これはマズイ。
動きでわかるが、おそらく敵は戦闘経験のある者。
しかし、技術自体はそうでもない。
にも関わらずこの威力。
「………リンフィアねえ、にげたほうがいいかも」
ラビの姿が変わる。
憑依召喚で、ヘビ右衛門と同化した。
目は爬虫類特有のギョロっとした目になり、肌には鱗が浮かんでいた。
「やっぱり勝てそうもない、ですか?」
「いや、そうじゃない」
ラビは周囲に視線を向けた。
周りには徐々に野次馬が集まってきている。暗闇で顔はバレないだろうが、警備兵が集まってくれば厄介だ。
しかし、ラビがいっているのはそこでは無かった。
「これは………!」
「これじゃあまきこみかねない………すぐにでもたいせいをととのえて………!!」
ラビはそう言いかけてピタッと動きを止めた。
リンフィアは、ラビの視線の先にいた男に目を向けた。
すると、
「ウウ、ゥゥゥ、グ………………ぁァア………」
「何がどうなって………あっ………!」
男はそのままバタリと倒れ込んで動かなくなった。
あまりに急な展開に呆気に取られるリンフィアとラビ。
そんなリンフィア達を横目に、住民たちはこう言った。
「おぉ、今回はよく暴れたなぁ。ははは」
「警備兵さんたちが来るから、みんな下がってようね」
「あ! あれってお向かいのおじさんだよね?」
やはり、人々の様子はおかしいままだった。
とりあえず、警備兵が来るとの事だったので、この場から離れることにした。
———————————————————————————
何故かはわからないが、追ってこないのは不幸中の幸いだった。
不可解だが都合はいい。
というわけで、リンフィア達はこのまま見つかることもないと思って近くで様子を伺っていた。
騒ぎの後、男はテキパキと警備兵に運ばれていった。
えらく慣れた様子だったので、おそらく何度もこんなことがあったのだろう。
一先ずは助かったと言える。
「なんだったんだろう………」
「ふつうじゃなかった。まりょくもないのにあんないりょく………」
「やっぱり、神威っていうのが関わってるのかもしれないね」
「かみさまのちからっていってたもんな。でも、あんじなんだよね? ここにかかっているのは」
「ってなって来ると………あの飴に何が秘密があるのかな?」
住民全員に共通していて特別なことといえば、それくらいだろう。
「! それはいまからきけるかもしれないぞ」
ラビがそう言うと、地面の石の隙間からスラ左衛門が顔をだした。
「スラザエモンさん! 大丈夫でしたか!?」
「はい。私は大丈夫でございまする。ご心配をおかけしました」
「無事なら良かったです。それで、何かわかったことはありますか?」
「はい………かなり重要な事がわかりました」
「?」
そういうスラ左衛門の声が少し暗かった。
表情も、心なしか重苦しいものになっている。
「色々と伝えておきたいことはあるのでございまするが、やはりこれを一番にお伝えするべきですしょう」
「たのむ、スラざえもん」
スラ左衛門はコクリと頷いた。
そして、この街の秘密について語ったのであった。
「この街は、この貧民街の住民を使って実験をしているのです」
「「実験………!?」」
「はい。まずここの住民の笑顔が絶えない理由ですが、それはお二人の言う通り、固有スキルとやらのせいだと存じ上げまする。警備兵は、それに影響されない為か、神威の込められた腕輪を所持している様子でした」
「そっか………そんな風に身内の影響を妨げていたんだ。だったらそれが手に入れば」
ニール達が正気に戻るかもしれない。
リンフィアとラビは顔を見合わせて笑みを浮かべた。
スラ左衛門は続ける。
「そしてあの飴玉。あの飴玉には強い中毒性があって、どうやらあの飴玉の実験をしていたらしいのでございまする」
「あの飴がですか?」
「はい。実験自体の詳細は不明ですが、ここの住民は働くことによって、あの飴を入手できるようなのでございまする。しかし、魔力収集のやりすぎや肉体労働での怪我で働けなくなったらあの飴が入手出来なくなり、暴走するらしいです」
「ってことは………みんなあんなにつよくなるってことなのか?」
「それが特殊なケースでなければ恐らくは」
「警備兵たちの様子じゃ、いつも通りみたいだね」
つまり、ここの住民すべてがあのレベルの化け物になり得るって事らしい。
「後は?」
「魔力収集は、ここの領主が商売のために集めているらしいです。王都や地方の貴族たちへ売って、そのお金で贅沢をしているとの事でございまする………その魔力収集のせいで亡くなった奴隷の方々も多いと言っておりました。そのため、定期的に先程申し上げたお金で、地方の貧乏な貴族から奴隷を収集したり、貴族自体をさらってここの住民にしているようでございまする」
「馬鹿げてる………」
「とんだクソヤローがりょうしゅみたいだな」
リンフィアは、遠くに見える領主の屋敷を睨みつけた。
諸悪の根源はあそこにいるのに、下手に手は出せない。
四貴族。
きっと一流の戦士たちを下につけているのだろう。
このままバカ正直に挑んでも負けるだけだ。
色々と策を練らなければならない。
リンフィアがそう考えていると、
「お二方。どうか慎重に行動してくださいませ。金があると言う事は力があると言うこと。一度しくじると、この街ではどうなるかわかりませぬ。特に、ケン殿のいない今は。一度拠点に戻られてはどうでしょうか?」
「確かに………その方が良さそうですね。ありがとう、スラザエモンさん。少し頭が冷えました」
「いえいえ。お役に立ったのなら何よりでございまする。それでは」
スラ左衛門はダンジョンの中へ帰っていった。
「じゃあ、いっかいもどろう」
「うん。そうした方が良さそうだね」
———————————————————————————
そうして、リンフィアたちは流達の待つ仮拠点に帰ってきた。
「戻りました。ナガレくん、3人の様子はどうですか?」
「どうもこうも。ホントに何も無いよ。こんな事態に陥っているのに」
3人は呑気に話をしていた。
やはり一見普通だが、レイとニールには少し違和感があった。
「はははは、なるほど。それは楽しそうだ」
「だろう? 会長は本当に多彩で素晴らしいお方だ。恒例行事に取り入れる事が決定した時は歓声が沸いたものだ」
あの犬猿ペアが喧嘩をしていないのだ。
「こっ、これは………」
「おぉ………せかいってほろびるんだっけ」
「物凄い言いようだねラビちゃん………でも言いたい事はわかる」
苦笑する3人。
今までのことを考えると無理もない話だ。
「そういえば、ここにすんでるひとはいなかったのか?」
「いたにはいたけど、快く貸してくれたよ。引っ越せそうだし、向こうのほうが快適みたいだからって」
という事は、懸念していた住居者の問題は解決したわけだ。
やはり、目下の問題点はこの3人という事だろう。
身体的に問題ないに越した事はないが、やはりこのままというわけにもいかない。
「やっぱり、腕輪を手に入れた方が良いのかも………でも失敗すれば………」
「腕輪?」
「それに関係あるかわからないけど、さっき聖から通信が入ったよ。リンフィアちゃんとラビちゃんにって」
「え?」
ナガレは手を開いて5を示してこう言った。
「伝言はこう。『5日後、指定する時間にそのポイントに行って、タイマンで戦って腕輪を奪え。どうせラビと流だけが無事なんだろ? リフィもたぶん無事だとおもう。お前らには神威耐性があるからな。そのポイントは住居者がいないから好きなだけ暴れて良い。だが、なるべく短期決戦で行きたいから、魔力を練っておけ。一撃で仕留めろ。ちなみにラビ、隠してる能力はとっとけよ。言っとくが、どうせ成功する。気楽に行け。あ、クソガキ、テメーは後で説教だ』だってさ。俺は心配してないって事かねぇ?」
「………流石です、ケンくん」
「ゲッ………………ししょうおこってるじゃん」
「というか、巡回の人がいたんだね」
「あぶなかったな。たぶんみんながむこうにあつまったりまちにでむいたりでまちがもぬけのからだからすうにんしかじゅんかいしてなかったっんだな」
危ない危ないといいつつ、余裕そうな2人。
思わず笑みが溢れていた。
やはり、ヒジリケンはとんでもない男だ。
そして、これ以上ないほどに心強い。
心に十分な余裕は生まれた。
5日後、さっさと成功させてやろうと、リンフィアとラビは意気込んでいた。
「それともう一つ。これは腕輪の収集が完了した後の話なんだけど」
「「?」」
———————————————————————————
「ご主人様、大丈夫なのです?」
「おう。俺は不眠不休で働ける究極社畜ボディだからな。5日間フルで働いてきっちり終わらせてやる」
洞窟の中で、各地に飛ばした偽装用ゴーレムを操りながらそう言った。
「なんで5日ってわかるんですか?」
「観察したからな。幸い人間関係もいい感じにグチャグチャだし、ここは思ったより早く噂が回りそうだ。こっちは大丈夫。それより、お前こそ頼んだぞ。残る腕輪の一つはお前がとりにいくんだからな」
「はいなのです!」
まぁ、エルは大丈夫だろう。
ターゲットはS〜Aランクの冒険者。
一番強いSランクをこいつとぶつけるつもりだが、こいつの実力はSSからSSSクラス。
問題ない。
所詮は“オマケ”だ。
問題はこっちの作業後。
俺の作業は、全てこのための餌だ。
さて、あとは本命が引っかかるかを、楽しみにしておこう。




