第540話
「魔力の徴収。それがここの住民の殆どの人の仕事みたいだね」
「されるがわ、だけどね」
先程の少年ははっきりと今目の前にあるこの壁を指差していた。
紙には“魔力献上”とあったので間違いない。
この壁の奥で、貧民街の住民たちは魔力を徴収されている。
「でも、このアメだまはなんなんだろうな」
「それは………」
「ひろったんだ。アメだまはみんなもってたから、ぬすむのもまずいかなっておもってじめんにおちてたやつをとったんだけど………なんなんだろう?」
あまり良いものの気はしないが、それでも持っておくに越した事はない。
「さて………問題は………」
リンフィアが壁の方を見ると、外側の防壁とは比べ物にならないほどの警備が張り巡らされていた。
貧民街の警備はここに収束されているらしい。
「あれじゃ入れない………」
「うーん………あ、そうだ!!」
ラビは、何を思ったのかスラ左衛門を呼び出した。
「スラざえもん、かべのなかにしんにゅうできるか?」
「確かに………スライムの液状化した体なら、壁の奥に侵入できるかもしれない………!」
リンフィア達は、スラ左衛門に期待の目を向けた。
しかし、
「………ラビ様、リンフィア殿、申し訳ございませぬ」
スラ左衛門は申し訳ない様子でラビ達に謝ったのだ。
「何か問題が見つかったんですか?」
「はい。この先の壁には、何やら異様な気配を感じまする。おそらく、内部に侵入した途端に弾き出されるかと………」
「いようなけはい………あのかむいってやつか!」
「恐らくは」
スラ左衛門の言った通り、壁には魔力以外に神威が入り混じっていた。
運のないことに、敵すら意図しない場所で阻まれる羽目になってしまったらしい。
「周囲の警備兵くらいなら話を聞けると思いまするが………」
「とりあえず、それをたのむ」
「はい、承りました」
スラ左衛門はそう言って警備兵のところに向かって行った。
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「兵士がおしゃべりなら良いのでございまするが………」
スラ左衛門は石床の隙間に入り込んで、兵士の足元まで移動した。
余程の達人でもない限り、バレる事はおそらくないだろう。
「では………」
耳を澄ませ、会話を聞く。
すると、
「今日来た奴隷、傑作だったよなぁ。もうそろそろ処分どきなんじゃねぇの?」
「ばっかお前………奴隷どもはそうそう処分にならねっつーの。飴玉欲しさにギリギリまでここに来るさ。ま、死んだら死んだで貴族様がどうにかしてくださるよ」
お、と思ったスラ左衛門。
しかし、
「それもそうだ。んでさ、お前ン家の近所にどえらい美人がいたよな? それがまた………」
話が逸れてしまった。
これ以上長居しても有益な情報は得られそうに無かったので、少し離れる事に。
だが、思ったよりおしゃべりなようだった。
敵も現れない環境で気が抜けているのだろう。
確かにこの環境ならば万が一敵が現れても結界の侵入の段階でバレるか、固有スキルの餌食になるかだ。
案外楽に情報自体は収集できるかもしれない。
様子を確認して、次は近くにいた3人組の足元に滑り込んだ。
「うひぃー、やっぱり勿体ねぇよなぁ? 奴隷にするくらいなら俺にくれって話だ」
「おいおい、手は出すなよ? 一応貴族様の奴隷なんだし」
「そうそう。何されるかわっかんねーからな」
「でもよ、お前も見たろ? あんな子滅多にいないって」
ここでもどうでも良い話をしていた。
余程暇なのだろうか。
再び場所を変えるスラ左衛門。
しかし、
「奴隷の女が………」
こいつもダメ。
「昨日さ………」
こいつも、
「実は実家で………」
こいつも、
「ぎゃははは! いやぁ、実はな………」
こいつも、あいつもダメ。
どいつもこいつも役に立つ情報を流している様子はない。
スラ左衛門はイライラのあまりプルプルと液体ボディを震わせていた。
予想では、なるべく私語はせず、どうしても気になる事、つまり噂などをポロッと漏らしてそこに重要な情報が少なからずあるだろうと思っていたのだ。
しかし、おそらく平和すぎるあまりどうでも良い話ばかりするようになったのだ。
そう思った途端にやる気が失せてきた。
だが、これも主人のため。
そう思って続けるのだが、
「………………こんな………」
やっぱりどうでも良い話ばかりだった。
いっそ全員の日常会話全て聞いてやってしまおうなんて考え始める頃。
ここでようやくそれらしい会話が聞こえてきた。
「そういえば俺、この間小耳に挟んだんだけどよ、また四領主様が奴隷を連れてきたんだってよ」
「!!」
最初から2番目に話をしていた連中だ。
「かーっ、凄まじいな。数年前から急激に増えてきてるよな。何万人連れ去ってきた?」
「さァな。ダメになった街からも収集してるし、しかもその金もここで生成される魔力を売っ払ってひっくり返せるしな」
「お陰で俺たちの生活も楽なもんだよ。ここについて良かったわ。冒険者時代とは比べもんにならねーわ」
「よく言うぜ。お前はSランク一歩手前だった癖に」
「お互い様だろうがよ」
「!!」
スラ左衛門は、それを聞いて微かに驚いていた。
よくよく観察してみれば、ここにいる警備員は格好がバラバラ。
統一されたものではないので恐らくは自前だ。
だが、それらは全て一級品で、それなりに使った形跡が見受けられる。
この男のものとそんなに遜色がない辺り、全員元々腕の立つ冒険者か何かだったのだろう。
「まぁ自由っつっても、この妙な腕輪必須だけどな」
(………………あれは)
スラ左衛門はじーっとその腕輪を眺めた。
先ほど感じた妙な気配、ラビが神威と呼んでいたそれを微かに感じた。
(………これはかなり有力かもしれないでございまする………ならば、もう少し情報を頂きましょう)
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リンフィア達は、少し離れた場所で待機していた。
折角スラ左衛門が行っているのだから、あまり遠すぎない程度に安全な場所にいようと考えてのことだった。
「スラ左衛門さん、大丈夫だと良いけど………」
「リンフィアねえ、しんぱいするな。スラざえもんはぶじだ。あぶなくなったらわかるし、そうなったらパスをつうじてしゅうしゅうすればだいじょうぶだ」
「うん………」
空を見るともう暗い。
宿に戻る気はやはりあまりない。
リンフィアは、流達のいる仮拠点でしばらく過ごそうと思っていたのだ。
「すっかりくらいな」
「うん。そうだね」
野宿はいつぶりだろうか。
少なくとも最近は馬車くらいはあったが、今回は久々に野外だ。
リンフィアは少し前までの冒険者としての生活を思い出していた。
「野宿かぁ。ケンくん言ってたよね。夜は暗いからいつもより気を張り巡らせて………………あれ………?」
と、言いながら、少しばかり気が抜けていたことに気がついてしっかり周囲に注意を向けると、凄まじい殺気を纏ったボロ服の男がこちらを睨んでいた。
「あれは、ここの住民」
「まってリンフィアねえ。ようすがへんだ」
男は、よだれを垂らして目の血走った様な、ほぼ自我のない様子で漏らす様に殺気を放っていた。
「………め………………こ、せ」
「何を………」
何を言っているのか尋ねたいがわからない。
それに、もう間に合わない。
およそ数秒後、飛び出すのは防げないと判断した。
「っ………来るよ、ラビちゃん」
「めェ………アめェぇ………ぁァア、メぇぇぇえ、アアアアァァメえぇ寄ォオ越せぇぇぇえェェェェェ!!!!!」
男は一気に飛び出し、ラビの懐に。
そして身体を捻って、まるでバネの様に弾けてその拳をラビに放った
(はやい、でもぼうぎょは—————————)
と、防ごうとした瞬間、野性的な勘か、ラビはガードを解いてギリギリで攻撃を交わした。
そして、
グゥオォオオッッッ!!
と、凄まじい音と共に、眼前の敵は破壊力を知らしめたのだった。




