第536話
貧民街のとある洞穴。
俺は今、そこに幾つかの罠と展開術式による結界を張っている。
そこから、おそらくは宿で缶詰になっているであろうウルクに持たせた通信魔法具に連絡を入れた。
「もしもし、ウルクか?」
『あ、やっとかけてきた。どこ行ってたのー?』
「貧民街だ」
『え!? まだ戻ってきてないの?』
「そうなんだよ。んで、これまた早速で悪いんだが、俺のゴーレムを置いといてくれないか?」
『それは、いいけど………』
向こうでガサガサと動いている音がする。
よし、これで準備は整った。
ウルクが、『取り出したよー』 と返事をした直後に、俺は魔力を介してゴーレムの様子を確認した。
動作に異常なし。
このままパスを繋げよう。
『わっ』
起動すると、向こうから急に動き出したゴーレムに驚いたのか、ウルクが声を上げていた。
俺はそのまま通信魔法具を切って、向こうのゴーレムから会話を始めた。
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「これでよし、と」
初めてゴーレムを作った時と比べ、俺もゴーレム作りが上手くなったのか、音割れしているような声ではなくなった。
もう肉声と遜色ないと言っていいだろう。
それはさておき、俺はゴーレムで【アイテムボックス】を発動させ、残りのゴーレムを6体ほど取り出した。
鳥型飛行用ゴーレムだ。
これくらいあれば十分だろう。
すると、それを不思議そうに見ていたウルクが俺に尋ねてきた。
「それどうするのー?」
「これを貴族の屋敷に飛ばしてー………まぁ多分半日くらい張り付いて観察する………ん? そういえばファルグ達は?」
「隣だよー。セラフちゃんはお風呂だけど」
なるほど。
一応男女で分ける配慮はされてるのか。
なら風呂から出る前にさっさと出た方が良さそうだ。
それにしても、
「お前本当年上相手でもテキトーだよな。そんなんじゃ将来困るぞ」
「ん? 聞き違いかなー? 今とんでもなく巨大なブーメランを投げつけられた気がしたんだけどー」
「はっはっは。ちょっとなに言ってんのかわからんな」
「なにそのゴーレム、顔がすっごいムカつく」
俺は自在に動く太郎くん1号の顔でウルクを煽りながら準備を済ませた。
「それじゃあ、太郎くん持ってくから、連絡する時は魔法具越しで頼む。盗聴されてたら逆探知して裏に距離と方角が浮き出るから必ず報告するように」
「え? 戻ってこないの?」
「ああ。ちょっとしばらくは戻れねーかもだ。1週間以内には済ませる。その頃には終わってるかもな?」
「終わってるって………」
いまいち状況が掴めていないらしい。
とりあえず、簡単な説明だけでいいか。
「いいか。今から俺は、貴族達をまとめて内部から潰す」
「うーわ、また派手な事を………」
「こっちの方が早いしな。まぁ見てろ。今仲良しな貴族達がいがみ合ってすごい事になっから」
「そもそも仲良しってことも知らないんだけど………期待していいの?」
ウルクはそう言いつつ、どこか余裕な表情でそう尋ねてきた。
こう言っちゃ悪いが、まさに愚問である。
俺は、ニッと笑ってこう返したのだった。
「安心しろ。今回ばっかはちょいと頭をつかう。そうしねぇと………」
俺はキュッと表情を引き締め、先ほどの光景を思い出した。
そうだ。
あれは一刻も早くどうにかせねば。
そう、一刻も早く。
「?」
「ま、要するに………………心配すんなってことだ」
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「特に………問題なく入れましたね?」
壁の内側に進入したリンフィア達。
見張りは特におらず拍子抜けするほどあっさり進入出来た。
あまりの呆気なさにリンフィアは首を傾げる程だった。
ニールやレイが気配を探知しても、戦えそうな奴の気配どころか見張りすらいないらしい。
「流石に警備が手薄すぎる………こんなことがあるのですか?」
「確かに………こんな壁まで作っておいてそれは考えにくいですね」
見る限り警備や警護のための防壁なのに、その役割を果たしている様子はない。
これは一体何なのだろうか。
考えても考えてもさっぱりだった。
1人を除いて。
「………………」
黙って考え込むラビ。
何やらしきりに壁の表面を睨みつけている様子だった。
「ラビちゃん、どうしたの?」
「このまち………いや、このかべきもちわるい………まりょくにまざって………なにか………まりょくみたいなまりょくじゃないやつが………」
「「「!!」」」
ラビにそう言われて、全員意識して地面の奥を探った。
すると、
「これは………神威とやらか?」
「魔獣演武祭の時にあった謎の力………ラビ、何故気づいた?」
レイにそう尋ねられ、ラビは首を傾げてこう言った。
「え? ふつうにわかるぞ? そこらじゅうにあるんだし」
「そう………なのか?」
レイはミレアやリンフィア、ついでにニールと流にも振ったが、返事は同じだった。
誰もほとんどなにも感じないなか、ラビだけが気付いていたのだ。
「だったらなにが起こるかわからないな。すぐにでも警戒を………………っ、誰だッッ!!」
レイの声と同時に、全員身構えた。
物陰から何かが動く気配がする。
どうやら話している最中に近づいて来たらしい。
すると、
「?」
ボロ服を着たノームの子供がひょっこり顔を出した。
パチパチと瞬きをして少し驚いている様子だ。
しかし、これと言って何かをするつもりもないらしい。
「おねーちゃんたち、だぁれ?」
笑顔でそう尋ねてくるノームの子供。
向こうがあまりに無警戒だったため、こちらも一瞬で警戒が緩んだ。
だが、リンフィアは何かモヤモヤとした違和感を感じていた。
「旅人ですよ。あなたはノームですか?」
「!」
ミレアが近づいていく。
リンフィアは『あ』と、思わず止めさせようとした。
しかし、理由がわからない。
止めようにも何といえばいいのかわからなかったのだ。
そして、そうこうしている間に、ミレアは子供の前でしゃがみ込んでいた。
「うん! ここで働いてるの。今はお使い中なんだ!」
「お使い………ですか」
「お水汲みだよ! 重たいから頑張らなくっちゃいけないの! ほら、まめ!」
ノームの子供は、泥だらけの分厚いマメのできた手のひらをこちらに向けてきた。
「大きなマメ………ふふ、ちゃんとお手伝いできて偉いですね————————————」
ボドッという音すらならなかった。
触れようとした手は、触れる前に崩れ落ち、朽ち果て、砂のようになって消えた。
あまりに唐突な出来事に言葉を失うミレア。
妖精族は、己が持つ性質に回帰する。
ウンディーネは死の間際に水になるし、サラマンダーは火となって消える。
この子供も、その例に漏れることはない。
ミレアが気がついて顔を上げた頃には、その子供は土塊に変わっていた。
「………………え?」
目を見開き、その光景を眺めていたリンフィア。
何かを言おうとしても言葉が出てこない。
さっきまでの笑顔が嘘みたいに感じる。
今起きた唐突な死が嘘みたいに感じる。
その瞬間、リンフィアは違和感の正体が分かった気がした。
死にそうなのに、生き生きとした笑顔。
直感的にその矛盾感を読み取ったが故の違和感。
そしてここで漸く、リンフィアは気がついたのだった。
ああ、そうか。
この街は—————————狂っているんだ。




