第531話
「壁、だな」
「かべだ」
ラビは俺の懐から窓の外へ身を乗り出してそう言った。
かなり強力な物理・魔法の防壁の貼られた円形の城塞都市。
それがこのメルキアだ。
入国方法はただ一つ。
一本だけ外へと繋がっている壁に囲まれた長い道路を通って、貴族たちの住む中央都市から入らなければならない。
「ここは入国出国共に条件が厳しいことで有名な都市なんだー。この前言った通り、この街の事はあんましわかんないや」
「ま、そらしゃーねーよ。俺たちにはクウコっつー最強の情報源があるんだ。いざとなれば通信魔法具で聞けばいい。さて、とりあえず町に入る前に認識阻害………と言いたいとこだが、これまたチェックされそうだな」
リンフィアたちは必要ないかもしれないが、俺やウルクは指名手配中だ。
「確かに見つかったら大騒ぎですもんね。一部の事情を知ってる元奴隷の人たちも、認識阻害解いた瞬間すっごく騒いでましたもん」
「そうだったな」
顔を晒したら、一部から手配書の男だ! と大声で言われた。
が、好意的に接された。
奴ら王族に反発してるせいか、はっきり賊軍とされている俺に親しみを持ってくれたらしい。
まぁそれはさておき、認識阻害は使わないわけにはいかないだろう。
という事で、
「よし、俺とウルクはゴーレムで身代わりを作って入国だ」
「ゴーレム? 別にいいけどバレない?」
「ゴーレムの操作はスキルだからな。スキルは魔力と違って痕跡を辿ったり動作確認する方法が知られてない。多分誤魔化せる」
俺はアイテムボックスから3体の人型ゴーレムの頭を引っ張り出した。
突然飛び出した頭にギョッとするウルク達。
以前作った偵察用ゴーレム、太郎くん1号・2号と花子ちゃん1号だ。
「おー。なんかこう………無個性な顔だねー」
「わざとだ。こいつは本来偵察用だし、あんまし印象に残らない地味な顔にした方がいいだろ。とりあえず3体分。俺とお前と流の分だ。俺はさっさと抜けて………ん?」
ふと耳を澄ますと、人の声が聞こえてきた。
門の前はすぐに街なのだろう。
活気はあるらしい。
と、そんな事を考えている暇はない。
ゴーレム操作中は動きを制限されるので、避難しなければならないのだ。
俺は急いで迷彩効果のある光魔法をかけた。
「やっべ………そんじゃ俺は適当に侵入すっから、ウルクは流の能力で姿を隠しとけよ!」
アイテムボックスからゴーレムを取り出してすぐに俺は馬車から飛び降りた。
なるべく音を立てないように着地して、日の当たらない壁ぎわまで寄ってしゃがみ込んだ。
ここから門まで大体200mといったところか。
念のために少し離れておこう。
そう思って俺は壁に手を当てて立ち上がった。
すると、
「………ん?」
何か、妙な感じがした。
特殊素材でできた頑丈な壁。
表面に微かな魔力を感じる。
随分手間と金をかけている様子だ。
しかし、違和感の正体はきっとそんなものではない。
今はあいまいだが、もっと感覚的にわかるようなものだった。
しかし、あまり時間もないので、俺はそれを頭の片隅に置いてゴーレム操作に取り掛かった。
少し辺りを見回す。
あたりに人の気配はない。
俺はゆっくりと目を瞑り、そのスキルを発動した。
【精神体憑依】
神直々に貰い受けたこのスキルで、ゴーレムを操作する。
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「はァ………やっと入れた………」
重ためのため息をついた。
あまり事を荒立てたく無いので、一番結界の脆い場所を弄って侵入する事にしたのだが、それがまた逆側だったので、探して移動して結界を弄って入るのに1時間ほど掛かってしまった。
めちゃくちゃめんどくさかった。
「とりあえず後で合流できるだろうし、俺は先にこっちを回ってこうかな」
と、観光気分でのんびりとした気分で俺はそう言った。
だが、ここが観光なんてするような場所では無いことなど百も承知だ。
ここはこの都市一番端。
つまり、ここは最も身分の低い者が住む区画の一つということである。
「んー、こいつはなかなかヒデェな。人の住む街じゃねェ」
なるほど。
治安が悪くなるわけだ。
建物なんてものは基本存在しない。
尋常では無い量の瓦礫とゴミだけが散乱しており、それを如何にかこうにか家のようにしているような雰囲気だ。
腐臭も凄まじい。
建物………といっていいのかわからないが、その残骸ならばいくつか残っている。
廃墟となっているが、それでも外の雑な家よりは雨風が凌げているだろう。
だが、一つ。
圧倒的に気になることがあった。
誰もいないのだ。
「どうなってンだ?」
生活感はあるので、人がいないなんて事はないだろう。
となると集団でどこかに向かっているのだろう。
門まで向かっている時にスラム側からほとんど声がしなかったので、これで間違い無い筈だ。
治安が悪い街がここまで空っぽになって静かになるとは。
一体何があるのだろうか。
念のため少し歩き回ってみるが、それでも近くにはいない。
やはりどこかに行っているようだ。
そんな風に、歩き回っていると、
「どうなってんだ………………っ!?」
道で横たわっている子供を見つけた。
俺は急いで駆け寄る。
顔は伏せているので表情は見えない。
だが、明らかに弱っている。
少し体をびくびくと動かしながら、小さく声を出している。
こんなところでほったらかされているあたり、やはり治安は悪いらしい。
そんな呑気な事を考えていたのは、この時までだった。
「おい! しっかり、し………………ろ………?」
体を返して、俺は子供の顔を見た。
もはやどんな者でもわかる異常を、俺は目にしたのだ。
「———————————————」
絶句。
明らかに異常なものを見た。
弱っている。
ああ弱っているとも。
体を痙攣させているし、もう少し処置が遅れるようならなば命に関わるというところまで来ていた。
………来ていたはずなのに。
例え子供でも、それは誰よりも自分が一番わかっているはずなのに、
「何、だよ………これ………………!」
俺の目の前にあったのは、狂ったようにケタケタと笑う、道化のような顔だったのだ。




