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第530話


 「それじゃあ、準備出来たな」



 あっという間に午後になり、もう直ぐ出発というところだ。

 少し天気は悪く、あたりは薄暗い。

 憂鬱な出来事続きで、せめて晴れ晴れとした天気で出たかったが、これは仕方ない。

 ちなみに、さっきルイが何を買ったかは聞いていない。

 レイが頭を抱えていたので、きっとろくなものではないだろう。

 あいつはあいつで憂鬱そうだ。


 さて、憂鬱なのはとりあえず忘れて、出発といこう。



 「えーっと、次の目的地はメルキアってところだ。なんでも相当治安が悪いらしい」


 

 数名の貴族による一方的な独裁。

 奴隷はもちろん、平民すら重い税や労働を課せられているとのこと。

 まぁ、その方が俺としては都合がいい。

 大勢が虐げられる側ならば、いくらか支持を受けやすいだろう。

 この街は貴族が多かったので、しばらくは揉めそうだ。

 その辺は、しばらくはこの街に残ると言っているクウコと連絡を取り合って徐々に処理していくつもりだ。



 「メルキア………」



 セラフィナが眉を潜めてそう言った。



 「何かあるのか?」


 「はい。奴隷になる以前、一度だけ行ったことがあります。確かに印象としては治安が悪いのですが………少しおかしいんです」


 「おかしい?」


 「はい。治安が悪いというのは、平民たちが勝手気ままに振る舞っているからなんですが、皆さん笑顔が絶えないんです。話によれば、ここ数年でこうなったって」


 「ほぉー………」



 笑顔が絶えない、ときたか。

 何か娯楽が発展しているのだろうか?

 笑顔が絶えないといえば、昨日クウコに説明を受けている時もこんなことを言っていた。


 “あの街は、笑顔の絶えない最悪の街だ” と。



 「俺もメルキアには行ったことないから検討もつかないな。ウルクはどう?」


 「うーん、私も治安が悪いことしかしらないなー」



 思わずうわーっという顔をしてしまった。

 流やウルクまでこれなら、きっと外には知られていない面倒な事情を抱えていることだろう。

 もしくは、そうだと認識されているか、だ。



 「あいつもいけばわかるって言ってたし、とりあえず向かってみるか」



 俺たちは馬車に乗って、メルキアに向かった。














———————————————————————————















 「ごぽッッ………………!」




 腹の奥から迫り上がる血を、地面に向かって吐き出した。

 致死量、そう言って差し支えない量の血液が、地面に撒き散らされていた。

 吐き気を催す鉄臭い匂いも、血の生暖かさも、どんどん感じられなくなっている。



 「つ、う信………まほ………うぐ、……………あはは、はっ、こりゃァ………ご丁寧、に………こわ、されてる、な………………いやァ、………あっはっはっは………まいった、まいった………」



 壊れた魔法具を手から落とす。

 丸い魔法具はゆっくりと転がってゆき、その塊にぶつかって、止まった。



 それは、まさに地獄だった。

 


 決して比喩ではなく、夥しい死がここらそこらに転がりまわっている。

 真っ赤な死の世界。

 生者はただ一人だけだった。

 しかし、その唯一の生存者である彼女、クウコもまた、その世界に足を踏み入れようとしていた。

 引き返すことの出来ない、果ての世界へ。



 「ま、さか………()()()なんてな………オレ、とも、あろう者………が………油断、しちま、った………ねェ、ッッ!? ッ、ごフッ、あ、ァ、ぁ………」



 今ので一気に視界が暗くなった。

 もうそろそろだ、と自分の終わりを悟り始める。



 「気ィ、つけ、な………ケン………信じ、ても、いいやつは………見極、め………ろ………………絶対………誤る、ンじゃ………ねェー………ぞ」



 聞こえるわけねェか、と弱々しく笑って、また吐血。



 その時だ。

 カツ、カツ………と、足音が聞こえた気がした。

 いよいよ幻聴まで聞こえてきたか、と止まりかかった頭で考えていた。



 「よォ………………しにが、み………さん、かィ?」




 目の前の影は、クウコの前に立ち止まる。

 何をしているのかも、どんなやつかすらも、もはや分からないほどに、クウコの意識はすでに沈んでいた。


 そして、




 「———————————————」




 微かな声だけ、そのカケラを拾った。

 だが、もう聞こえなかった。




 「………へへっ、何………言って、ンの………か、全然、わっかン、ねェ、や………………」












———————————————————————————











 「………ん?」



 ふと俺は、町の方角に振り返った。

 起きていたリンフィアがキョトンとした目で俺を見ている。



 「どうしたんですか?」


 「いや………気のせいか………?」



 あまりに一瞬だったので、気のせいかもしれないと考え、放置した。

 流石に俺も疲れているのだろうか。

 無理をしようと思えばいくらでも出来る体質というか性格なので、その辺は曖昧な俺だが、確かに疲れているかもしれない。

 俺は小さく息を吐いて再び眠ろうとした。

 すると、



 「あ! 見えてき、まし、た………?」



 リンフィアが街のある方角を指してそう言った。

 何故かどんどん語尾に行くにつれて濁している。

 俺は少し体を動かして目を覚ました後に、馬車から身を乗り出した。

 そして、



 「………うわぁ」



 思わず俺はそう言った。

 その街は、おそらく領主が住んでいるであろう背の高い屋敷を中心に、おそらく貴族のものであろう数軒の屋敷、平民の街、貧民街という順番で外に広がっていく分かりやすい構図が目に見えて分かるような街だった。

 


 「これがメルキアか………」



 おそらく数人、同じ感想を浮かべるであろうことを予想しつつ、俺たちはメルキアに向かうのだった。

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