第529話
「心配かけてごめんなさい!」
ウルクはケンたちが説得に向かった翌日の朝、全員で朝食を取っているとそう言った。
みんな色々とまくし立てるようなことはせず、出てきた事にホッとしたような表情をしていた。
「謝る必要なんてないですよ、ウルクちゃん」
「そうだ。前に進もうとする意思があるのはすごい事だと思うぞ」
そんな風に声をかけるリンフィアとニール。
大丈夫なのか、とは聞かない。
きっと多少の無理はしているだろうと、みんなわかっていた。
すると、ウルクは首を横に振ってこう言った。
「ううん。私のわがままを聞いてもらってるんだから、何があっても止まっちゃダメだったと思う。きっとレトもそう言うだろうし」
「姫………」
ホッとしているような、そして少し心配するような表情で、バルドは呟いた。
「ともあれ、話せるようになって何よりです、ウルク」
「うむ、会長の仰る通りだ」
「うん!」
ミレアとレイに笑顔を見せたウルク。
すると、ある事に気がついた。
「あれ………何人かいないよねー?」
数人の姿が見当たらない。
クウコとセラフィナは、ここで寝泊りしていない。
それを考えても、三人ほど欠けていたのだ。
「ししょうとせんせいとルイはでかけてるぞ」
「出かけてる?」
質問に答えたラビはコクリと頷いた。
「散歩………………って感じじゃなさそうだねー。何かあったの?」
「………」
少し微妙な顔で黙り込んでいる流には気づかないウルク。
そのまま続いてラビが答えた。
「ふしんしがあったらしい」
「不審死?」
「うん。なんか、きぞくがなんにんかころされたんだって」
はてと首を傾げるウルク。
「でもそれって、奴隷だった人達が復讐したとかじゃないの?」
「ううん。ししょうがいってた。そうならないようにかくしべやにゆうへいしてたんだって。それと、そのころされたひとたち………」
言いにくそうにモジモジするラビ。
なんだろうと思ったウルクだが、なんとなく雰囲気で察した。
「まさか………レトとなにか関係がある………?」
「それはわからない。でも、せなかからしんぞうをひとつきだって—————————」
———————————————————————————
「ダメだな。全員やられちまってる。10人か………こいつは派手に殺ってまわったな」
俺は最後の一人をチェックして、そう言った。
ここに幽閉したのは、特に奴隷の扱いが酷かった上級貴族だ。
セラフィナの要望で、これ以上負の連鎖を起こさないためにという事で、ここで保護していたのだが、ものの見事に全滅。
「何か証拠は残ってなかったか?」
「全くない。髪の毛一本、魔力痕すら残されてねェ。これが現代だったらなぁ………」
こういう時、警察って結構スゲェなと思い知る。
向こうにいた頃は知り合いのにーちゃんを除いて大半は鬱陶しいポリ公だと煙たがっていたが、考えを改めねば。
まぁ今更だが。
「ルイの方も多分ダメだろう。クソっ、してやられたぜ………」
「全員だからな。余程うらみがあるか………」
「余程の殺し好きか、だな」
背中から心臓を一突き。
まさかとは思うが………
「いや………まだ確定じゃない。とりあえず様子見って事にしておこう」
「引き上げるかイ?」
「ああ。これ以上はなにも収穫はなさそうだ」
俺たちは、その場を後にした。
———————————————————————————
待ち合わせ場所に向かうと、ルイは先に到着していたらしく、こちらに手を振っていた。
「終わったようだな。そちらはどうだった?」
「やっぱし全滅してた。そっちはどうだ?」
「こちらもだ」
お互いに報告が終わると、思わずため息をついていた。
まさかこんなことになるとは。
まぁ、死んだことに関しては別にどうでもいいが。
「俺としちゃ、クズ共が死ぬ分には万々歳だが、流石に気になっちまうんだよな。これじゃあ予定もどうなるか………」
「確か昼にはもう出発するんだったな。私も少しばかり急いで買い溜めておかねば………」
と、ルイが言った。
一体なにを買い溜めるのだろうか。
「む、気になるか? ケン」
「いや、別に知らなくていい………というかお前の私生活は知らない方がいい気がする」
「フフフ………仕方ないな。そこまで言うのであれば私のッ、ッ!?」
ゲンコツを喰らうルイ。
「バカタレ。お前のおかしな趣味に人を巻き込むんじゃない」
「む、しかし先生。私の趣味は至って健全」
「知ってるか? 自分で健全って言うやつ大体危ねぇ」
そりゃ間違いない。
「街に繰り出しては女装で男を誘い、ギリギリのところで男とバラすという………」
「変態じゃねェかッッ!!」
思わずツッコんでしまった。
こいつ、歩くわいせつ物だったのか。
レイが気の毒に思える。
「こいつは純粋無垢な者も一瞬で歪ませるが故、走るわいせつ物と言われてな」
もはや走ってるのか。
………いやもうよくわからん。
「しかし、あまりに優秀で人望は厚いので、第二の副生徒会長に学院長がねじ込んじまったんだよ。しかも主な理由が面白いからだ」
「そんな横暴をゆるしていいのか」
恐ろしい学校だな。
「まぁ、役には立つから安心してくれ」
「ああ、それはよくわかってる」
ルイの戦いっぷりは素晴らしいものだった。
純粋な武術ならばレイの方が上だが、こいつは戦い方が上手い。
というよりは人を手玉に取るのがうまいのだろう。
流石は未来ある若者を喰い物にしているだけのことはある。
「さて、とりあえず戻るか。買い物があるんなら急いで戻ってこいよ」
昼には出発だ。
行き先とルートは決まっているので、さっさと済ませてしまおう。
「そうか。急がねばな」
「え? お前マジで行くのか?」
——————
この時、まだ誰も気がついていなかった。
今朝起きた貴族たちの不審死。
それが、全ての始まりであり、それが俺たちの運命を大きく左右するという事を。
——————は迫っている。
いくつもの闇を隠蓑にして、ゆっくりと。
そしてそれは、直ぐ近くにいたのだった。




