第528話
領主とストウルの公開処刑。
普通、抗議なんかが起こると思ったが、そうでもなかった。
然程好かれている様子でもなかったようだし、むしろある程度の階級以下の者たちから嫌われてすらいた。
処刑しても、特にこれといって市民達に影響はない。
あるのは奴隷達だ。
「「「………………」」」
これまで数々行われた非道な行為の末路がこれだ。
全て己が撒いた種。
例え奴隷に対する仕打ちが、国由来の空気から生まれたものだとしても、裁かれるべき者は裁かれるべきである。
罪の所在は、明らかなのだから。
処刑方法は斬首。
一族郎党全員斬首………とまではする必要はないと、セラフィナは言っていた。
恨むべきは人ではなく、この世界の在り方。
処刑するのは報復ではなく、裁かれるべき悪人であるが故だ。
奴らは度が過ぎたのだ。
「最後に、何か我々に対する弁明はございますか?」
セラフィナからの問い。
腰に下げているのは処刑用の鉈である。
ストウルは既に壊れており、ぶつぶつと何かを呟くだけで、おとなしいものだった。
こちらは処刑する気はない。
四肢を刻んだ後、そういう奴隷を売買している商人に売り飛ばすつもりだ。
クズが奴隷になることに関しては一切俺も抵抗はない。
好きなだけ使ってやって欲しい。
ま、今後のウルクの選択次第で奴隷制が無くなれば売られることもないだろうが。
しかし、問題は領主だ。
反省などするかと言わんばかりに騒ぎ、罵詈雑言を元奴隷たちにぶつけていた。
どうやらまだ自覚していないらしい。
自分がこれから裁かれるということを。
領主は物凄い形相でセラフィナを睨みつけながらこういった。
「この………ッ、穢らわしいゴミどもめ! 弁明だと? 私に罪などあるものかッッ!! ゴミをゴミだといって何が悪い!? まさか貴様らに怒る権利があるとでも思ったか!? ここは人間の国だ!! 金もないゴミも、そもそも人族ではない獣どもに権利などあるはずないだろう!!」
「………………そうですか」
セラフィナは少し視線を横に移し、俺を見据えた。
ほら、言った通りだ。
処刑前、万が一反省している場合はどうにか殺さず改心させたいと言っていたが、やはり予想どおり。
プライドの高い馬鹿は本当にわかりやすい。
反省などするわけが無い。
正しい者は常に自分であると考えているのだから。
「ならば、仕方ありませんね—————————」
パクッと、切れ込みが入る。
「え………………………」
それは、領主ではなく、それを見ていた奴隷から放たれた声だった。
斬られたのは、領主を縛っていた縄だった。
やはり逃す気だろうかと一瞬思ったが、その眼を見てすぐに察した。
ああ、そうか。
あれはもう、見限ったのだ、と。
縄が切れた領主は当然逃げる。
戸惑いながらも、この場から全力で離れた。
「皆さん」
セラフィナは、剣を仕舞いながら振り返ってこう言った。
「あとはどうぞ………………ご自由に」
この一言でハッとする。
数名の奴隷が立ち上がって何処かへ行く様子だったが、その後何をしたのかは知らない。
もちろん、あの領主の事も。
俺はその場を後にする。
暫くして、彼らの雄叫びが聞こえて来る頃には、とっくにここを離れていたのだった。
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一通りの作業を終え、俺たちは仮拠点に集まる事にした。
全員時間通りに作業を終え、広間に揃っていた。
………ウルクを除いて。
当然明るい雰囲気というわけにはいかないし、欠けてしまった者もいるが、目的の遂行のため、あまり時間は浪費するべきで無いだろう。
「今後の方針だが、助けた連中は全員残留」
あまり大所帯になっても動き辛い。
それに、方々に散って入ればそれだけ動きやすいので、これでいいだろう。
「セラフィナはこの作戦の要だから、付いてきて貰う。一応聞いておくが、それでいいか?」
「はい。私はこの先も、奴隷解放の為に剣を振いましょう」
問題はなさそうだった。
さて、次の話題だ。
正直、このタイミングか?と思われるかもしれないが、俺としてはなるべく早く聞いておきたいのである。
「他にも色々と話し合う内容はあると思うが、次はレトの話からでいいか?」
みんな、それぞれ反応を見せる
俺はバルドに視線をやった。
「………ああ。それでいい」
「それじゃあ………あいつの遺体だが………」
「!」
バルドの周りの空気が明らかに変わった。
神経質になるのもわかる。
だが、これは何よりも先に決めておくべきだと思うのだ。
「ちゃんと落ち着ける場所を見つけてそこに埋めてやろう。こんなゴタゴタした場所で適当にしちゃ、あいつも浮かばれねーよ」
「………そう、だな。ああ、そうしてやってくれ」
「遺体は凍結させて俺が保管しておく。それじゃあ………」
ふと、何か言いたげなバルドの視線に気がついた。
何か言い損ねたことでもあるのだろうか。
「なんだ?」
バルドは、何かを頼もうとしていたらしい。
しかし、頼むべきか否かで迷っている。
だが、決心がついて、少し躊躇いがちにこう言った。
「なぁ、ひとつ頼めるか?」
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「おーい、ウルク。起きてるか? 起きてるな」
会議後、俺と流でウルクが篭っている部屋に向かった。
ウルクを部屋から出して欲しいとのことだ。
俺は、流ならともかく、俺よりはバルドの方が適任だろうと言ったのだが、どうも事情があるらしい。
「お前に頼むのもあれだよな。スマン」
「いや………俺も多少なら整理がついた。まだ少し時間は欲しいけど、これくらいの事なら手伝いたい」
「そうか」
ウルクからの返事はない。
だが、俺たちの声は聞こえているはずだ。
それでも出てこない理由は………こういう言い方はしたくないが、現実逃避なのだろう。
俺も別段心のケアが得意なわけではない。
それでも、声をかけて背中を押さねばならないのだ。
きっと大丈夫。
あいつは決して弱くない。
長い付き合いでもないが、ここ数ヶ月はずっと同じところで暮らしていたのだ。
それくらいはわかる。
「聞け、ウルク」
「………」
「逃げたい気持ちも、目を背けたい気持ちも理解できる。でも、同じ痛みは共有できない。それはお前の痛みだ。お前が乗り越えるべきモンだ」
返事はない。
しかし続ける。
「止まるなとは言わねぇ。立ち止まらない人間なんていないんだしな。でも、立ち止まり続ける奴はいないし、何より………レトは絶対に望んじゃいない」
「………!」
「多分、お前にレトの何がわかるんだって気持ちは多少あるだろう。そりゃそうだ。お前の方が付き合いは長ぇンだ。けどよ、それが本当にあいつの意思だってことは、誰よりもお前がわかってんじゃねーの?」
「っ………………」
微かに、絞り出す様な声が聞こえた。
後一押し。
ならば、
「行け」
「フン………」
流が俺と変わって扉の前に立つ。
「ウルク。俺はね、レトさんのことはよく知らない。でも、彼がウルクの為に命を張って君の願いを叶えようとしているのはよくわかった」
普段は少し軽いレト。
しかし、そんなレトも常に心の片隅には絶対においていたものがある。
それがウルクだ。
あいつは、本当にウルクの事を大切にしていたのだ。
「ここで止まれば、残るのは死だけだ。そんなの、悲しいだろ? お前は、彼が生きてきた事を、意味のあるものにする為に、前に進むべきだ。大丈夫。俺も手伝うし、何よりあの聖もいる。きっともう大丈夫だ。彼が安心して眠れる国を作るためにも、どうか………もう一度立ち上がってくれ」
喪失というものは、言うまでもなく悲しいものだ。
しかし、それを悲しいだけものにするか、それを意味のあったものにするかは、託された者たちの選択次第。
誰かの生きた理由は、きっと他の誰かの生きる理由になれる。
意思というものは、そうやって紡がれる。
決して絶やすな。
本当に大切なのであるならば、俺たちはその意思を繋げる義務があるのだから。
そしてしばらくして、この部屋の扉は開いた。
再び立ち上がったウルクを、レトが見守っている事を切に願う。




