第526話
まずい。
これは避けられない。
これまでの経験でなんとなく理解した。
死ぬ。
これは死ぬ。
確実に死ぬ。
不自然な程に時間が引き延ばされていく。
走馬灯………みたいな物だろうかと、頭の片隅で呑気に考える流。
いや、ダメだ。
思考を放棄するな。
諦めた瞬間に、俺は首が飛んで死ぬ。
嫌だ。
まだ死にたくない。
俺は誓ったんだ。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
しかし、祈りとは裏腹に死は確実に流の喉笛を引き裂き、心の臓を貫こうとし
て
い
「———————————————」
「………………え?」
それは、誰から漏れた声だったか。
誰の声だったとしても仕方なかったと、ここにいる全員は思ったことだろう。
圧巻。
まさにそう表す他ないといえよう。
その流麗な技に、味方であるリンフィア達ですら呆気にとられていた。
手に握られた一対の短剣。
その一つはまるで彫刻を掘るかの様に丁寧に魔法を撫で、もう一つは降りかかる矢が粉々になる程に荒々しく振り回された。
魔法と魔法がぶつかり、飛び散った矢の破片が地面に落ちる。
「………キシッ」
「「「ッッ………………………!?」」」
ニィっと口の端を吊り上げる。
それと共に放たれた殺気が、周囲の敵を一瞬硬直させた。
「………ナガレくん?」
リンフィアはまるで人が変わったかのように動く流を訝しげな顔で見ていた。
しかし、次の瞬間、
「!」
敵より早く我に帰ったリンフィアとセラフィナは急いで包囲網から離脱した。
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「おんやまー。逃しちゃったかー。にしても………ん?」
アルデミオは右方で騒ぎが起こっていることに気がついた。
大きな爆発音と悲鳴が聞こえる。
「増援………………しかも、ありゃ騎士団長クラスじゃないの。それが2人とか………つか片方ヤバイな」
厄介だなー、とそう思ってなさそうな様子で呟くアルデミオ。
右方で暴れていたのは、少し遅れて到着したミレアとレイだった。
アルデミオは知らないが、ミレアとレイは長年の付き合いでかなり息は合っている。
一筋縄ではいかないことは目に見えて明らかだった。
「ちょっと面倒………………じゃ済まない、か」
眉間に曲げた人差し指を当てる。
計算。
戦況と敵味方の戦力から、ここから先の展開を読む。
あらゆる戦略を試す。
………不確定要素が多い。
途中介入とはいえ、街全体の様子は大体理解している。
何かがある。
奴隷達をここまで意のままに動かしているのもそうだが、計算力が今まで戦ってきたどの敵よりも凄まじい。
「有能な駒に有能な将。んー、こりゃ潮時かね」
正直、遊びの様なものだ。
ここでの勝ちはどうだっていい。
そもそも兵の質が悪い。
が、言い訳がましいので素直に敵を認めよう。
この戦は負けだ、と。
「さて、最後の指示を出そうか。とびっきりタチの悪い策をプレゼントしてあげようじゃないの」
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ひとまず、戦いは終わった。
この国に来て初めての戦闘だったが、色々なことがあり過ぎた。
奴隷達の現状、リンフィア達のいう流の豹変、序盤からの四死王の介入、そしてレトの死。
色々と手を回さなければいけない問題はあるが、ひとまずは被害の確認だ。
街全体を見て回った俺は、とりあえず仮拠点での奴隷達の解放と状況整理をすることにした。
仮拠点にいるのは、奴隷達のケアを務めるリンフィアと休んでいるウルク、それと休憩に入った流と今俺のところにいるクウコで全員だ。
今俺は、元奴隷達の被害状況をクウコと共にまとめている。
「………だいぶ性格が悪いな」
俺は敵将の策を読んでそう呟いた。
かなり出来る敵なのだろう。
最後の最後で一番こちらの被害が大きい方法をぶつけてきた。
なるべく被害は出したくなかったが、勝ちをかなぐり捨てて兵を削る戦法を取られてしまえば、いかに俺といえど多少の被害は出してしまう。
俺も万能ではないのだ。
「アルデミオの野郎の仕業だな。チッ、ンの怠けモンこんなとこに居やがったか………」
吐き捨てる様にそう言ったクウコ。
そう、クウコはそのアルデミオとやらと同じ四死王の一角。
当然面識はあるのだろう。
「“鬣” ………将だから象徴ってわけか」
鬣・顎門・爪・尻尾。
これが四死王につけられた個別の異名だ。
ラクレーの剣天みたいなものだろう。
「よくよく考えたらお前も四死王だったな。確かお前は………」
「オレァ “尾” だ。オレ達四死王を支える支柱なんだと。情報屋としての能力も、分身を使った支援能力も、そういう名称を付ける上でちょうど良かったんだろ」
で、俺たちは見事尻尾を切り取った訳だ。
死にはしないが、バランスは崩れる………というわけにもいかなさそうだ。
三帝と同じく、ワンマンプレーが目立つらしい。
「で、どうするよ。一応はオレ達の勝利だぜ? 何か考えてはねェのかイ?」
そう尋ねるクウコ。
もちろん考えている。
「とりあえず、この街を拠点として、各地の奴隷たちが刺激を受けすぎない程度に噂を流す。好き勝手暴れられても奴隷を解放できるのは俺だけだから、それを知らないで暴れて死なれても困るしな。と、その前に………」
俺は改めて向き合って尋ねた。
「あン?」
「四死王について教えてくれるか? 名前と外見以外の情報をまともに持ってねーンだわ。しかも “爪” に至っては名前すらわかっていないアサシンだ。俺は直接戦っても大丈夫だが、他の連中の頭に入れられる程度の情報は欲しい」
「あー………なるほど。別に教えるのは構わねェンだけどよォ」
すると、急にやりにくそうな顔で頭をかくクウコ。
一体どうしたというのだろうか。
「これ認めるのすっげェヤなんだけどよ」
クウコは、情けないといった様子で、こう言うのであった。
「オレ、“爪” の情報に関しては一切持ってないンだわ」




