第525話
「ふ…………………ぁああああああ………」
戦場と化している屋敷で、場違いな程ゆったりと過ごし、大きな欠伸をする男。
退屈、というわけではないが、よくもまぁドンパチやってるもんだ、と無関心故に出たあくびだった。
男は、この街の存続に興味がなかった。
街が占拠されたところで、特にこれと言って困る様な事はない。
強いていうのであれば、最近よく行く行きつけのバーに行けなくなる事くらいだろうか。
男は、奴隷に興味がなかった。
人を使役しようなんて思わないし、第一管理が面倒くさい。
国の看板となる男なのだから、少しは威厳を見せろとよく言われるが、奴隷を侍らせる事が威厳だというのならその連中は勘違いも甚だしいなと鼻で笑い飛ばしている。
欲するはただ一つ。
圧倒的な力を持った怪物が如き強大さを持った敵。
敗北を知らぬが故に、男はそんなものを願っていた。
天崎 命に敗れるまでは。
絶対の勝者としての格は剥がれ落ち、敗北という結果のみが残った。
怪物、などという枠には収まらない異形が、敗北をもたらしたのだ。
そして彼女の手によって、自慢の軍は誰一人死ぬ事なく敗北した。
これ以上の屈辱はない。
正直、鬣という肩書も下ろしてしまいたいが、敗北し、傘下に降った以上そういうわけにはいかない。
獅子の象徴たる鬣。
その名を冠した、この国の戦の象徴たる軍師。
「っ………………!!」
リンフィアは、この男が率いる敵集団に苦戦を強いられていた。
今までは個での戦いばかりをしていたが、統率された集団との戦闘は初めてだったのだ。
ましてや多対一の経験なんぞ皆無。
加えて実力者揃いときた。
「さぁ、小娘。周囲は敵しかおらんぞ。大人しくするのなら骨の数本で済ませてやる」
四方八方を敵が囲う。
拳銃二丁でどれほど凌げるか。
しかし、打つ手ならある。
「頼みます………!!」
素早く銃を地面に向ける。
敵兵は未だに全貌を理解できない武器を前に警戒心を強めていった。
次の瞬間、リロードした魔法弾を地面に撃ち込む。
放たれた弾丸は地面に着地すると同時に弾け飛び、防御と隠密の魔法が展開する。
「!! この後に及………………っ、下がれ!!」
「!?」
突然の掛け声。
全員がリンフィアの方へ向おうとした時、頭上から小さな影が降ってくる事に一人が気がついたのだ。
それになんとか反応して飛び退く敵兵。
しかし、
「ぐッッ………!!」
「ぎッッ………た………!」
どこから現れたかすらわからない矢が、深々と突き刺さる。
中心近くにいた敵の数名は、その矢をまともに受けることになったのだ。
リンフィアは隙を見て離脱。
矢を放ったセラフィナと合流した。
「セラフィナさん!」
「良かった………無事なのですね」
どうやら流が能力を発動させた状態で抱えていたらしい。
矢は敵から拾った物だと推測される。
「すごい………矢も扱えるんですか?」
「一応武器の扱いは一通り。ふふふ。戦う事でしか人を救えない無骨な女ですので」
「2人とも、集中したほうがいい。少しでも気を抜いたらまずそう—————————」
突然の閃光。
流は思わず反応が遅れてしまう。
向かってきた魔法はセラフィナが弾くが、間髪入れずに頭上から矢と魔法の雨が降る。
「出来るだけ離れないでください!!」
セラフィナは大声でそう叫ぶが、魔法を回避した先に、まるで予め準備をしていた様に敵が潜んでいた。
「これは………!!」
行く手先々に罠の様に潜んでいる伏兵。
これはマズイ。
いとも簡単に引き剥がされた。
拳銃を握り込む力が強まるリンフィア。
焦ってはいけないと思いつつも、敵の手の上で転がされる様な感覚がどうの落ち着かない。
「なにさ、女子供ばかりじゃないの」
「「「!?」」」
リンフィア達三人は周囲の警戒をそのままに、その声へ耳を傾けた。
屋敷の屋上からだ。
「やれやれ、最近は女の子が強い風潮でもあるわけかね?」
ぼやーっとした目でリンフィア達を見下ろしながら、男はそう言った。
誰なのか分からずに首を傾げるリンフィア。
しかし、他2人は違ったらしい。
「!! あいつは………」
「そん、な………なんて運の悪い………!!」
流は微かに震えながら、男をギッと睨みつけてその名を叫んだ。
「アルデミオ・カサック………………!!」
「!?」
その名前を聞き、すぐに身構えるリンフィア。
その名前は事前にケン達から聞いていた。
クウコと同じ、ミラトニアの三帝に匹敵するこの国最強の戦士達。
四死王・鬣
軍師 アルデミオ・カサック—————————
「はいはい、アルデミオですよっと………ん? あー………あ? お前ぇ………………」
「っ………!」
流の額から小さく汗が滴り落ちる。
マズイかもしれない。
現在流はケンの魔法で認識阻害の状態にある。
だが、万が一何かの拍子で気づかれでもしたら?
そう考えて、ゾッとする流。
しかし、
「肩にゴミ乗ってんぞ」
と、突拍子もないことを言われたので、思わずポカンとした。
ゾワッ、と。
何か嫌な予感が頭に過ぎり、動き出したセラフィナ。
偶然周囲に目がいったリンフィアとセラフィナはハッとさせられた。
何せ、陣形が、一瞬にしてガラッと変えられていたのだから。
「ッ、集中ッッ!!」
「はっ………!」
セラフィナの声を聞き、周囲を見回して一斉に狙われていることに気づくも、すでにそれは命の瀬戸際だった。
「気の抜けてる “素人” 。みーつけ………たッッ!」
アルデミオの号令は、確実に流の命を刈り取ろうとしていた。




